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混沌
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救護院では、俺とマリアが向かい合っていた。
「奴らの魂を吸収しそこねたな。それがお前の力か」
「はい。神から与えられた『闇の力』は、天に帰りたいと思う人間を幸福に死の世界に誘うことができるのです」
マリアはそう答えると、俺にむけてにっこりと笑いかけた。
「お久しぶりですね。ライト」
「……ああ、本当に久しぶりだな」
いかん。俺の冤罪の裏で暗躍していたこいつを目の前にすると、怒りで頭が沸騰しそうになる。
一瞬で殺すのは惜しい。何日も拷問して苦しめてやらないと気が済まない。
そう思って必死に自分を抑えていると、マリアは殊勝な顔をして頭を下げてきた。
「あなたを冤罪に落とし、第二の魔王に仕立て上げたことを、ここに謝罪いたします」
なんだと!!どういうことなんだ!
「……俺を魔王に仕立て上げただと?」
「ええ。すべては愛しき先代魔王、アスタロトお兄様を『魔王』という煉獄から救い出すため」
マリアの顔には、悲しみが浮かんでいた。
「貴様は一体何者なんだ」
「いいでしょう。すべてをお話ししましょう。『起動(アウェイクン)』」
マリアの体を中心に、複雑な魔法陣が浮かんでいく。とっさに身を翻してかわそうとしたが、間に合わずに魔法陣にとらわれてしまう。
次の瞬間、俺の体から魂が抜けだし、天へと昇っていった
俺とマリアの魂は、肉体から抜け出し、上昇を続ける。
やがて、上空に無数の光り輝く計算式のようなものが現れた。
「こ、これは?」
「あなたが存在を否定していた『神(コスモス)』ですわ」
マリアは微笑みをうかべながら告げた。
「『神』だって……だが……」
その姿は教会で描かれているものとも、俺が想像していたものともちがう。光の計算式はただ無機質にうごめいているだけで、何の意思も感じられなかった。
「当然ですわ。神には自主的な意思も、善悪の区別もありません。神はただこの世界の秩序(コスモス)を守るために存在しているだけです」
俺の考えていることが伝わったのか、マリアはそう説明した。
「お前はいったい何者なんだ?」
「そうですね。まずはそこから説明しないといけませんわね」
マリアは一礼すると、下に見える宗教都市エルシドを指さした。
「疑問に思いませんか?『輝きの球』は魔王の闇の力をもつモンスターを光の矢で殲滅する兵器。その有効範囲の中で、なぜ闇の魔力を持つ私は存在できたのでしょうか?」
確かに。モンスター扱いされて攻撃されてもおかしくないはずだ。
「答えは簡単。私は魔王が作り出したモンスターではないからですよ」
真っ黒い闇を身にまといながら、マリアは名乗る。
「私は光の神コスモスの影となる存在。名前が必要なら、混沌(ケイオス)とでもお呼びください」
次の瞬間、マリアから発せられた『闇』が俺の闇と繋がり、意識がシンクロした。
気が付くと、俺たちは平凡な農村にいた。
「ここは……どこだ?」
「400年前、現在のコルタール地方にあった魔族の隠れ里エイビスですわ」
マリアの声が聞こえる。
「よく見ていてください。あなた方人間が何を行ったかを」
俺の目の前では、少年と少女が遊んでいた。
「アスタロトお兄ちゃん。だーいすき」
マリアにそっくりの美少女が、金髪の美少年に抱き着いている。
「やめろよケイオス。俺たちはただの幼馴染で本当の兄弟じゃないんだから、あんまりベタベタするな」
アスタロトと呼ばれた少年は、真っ赤になってケイオスという少女から離れようとしていた。
奇妙なことに、二人とも頭には鋭い角が生えていた。
「彼らは……」
「そう。今は滅亡した種族……魔族ですわ」
マリアの声からは、深い悲しみが含まれていた
その時、村の大人たちが慌てた様子で駆け込んでくる。
「まずいぞ。人間たちにアスタロトの存在を嗅ぎつけられてしまった」
そういいながら、少年を村の隠し倉庫に連れて行くと、その入り口を隠した。
「いいか。アスタロトは魔族王の血を引く最後の一人だ。彼を守らねばならん。人間たちと戦うぞ!」
大人たちは武器を用意して気勢を上げる。暗い倉庫の中で、少年はただ恐怖に震えていた。
すさまじい戦いの気配が伝わってくる中、ふいに隠し倉庫の入り口が開いて、ケイオスが入ってくる。
「お兄ちゃん。お別れだね」
ケイオスはにっこりと笑うと、村の秘宝『変化のブローチ』を使ってアスタロトの姿になった。
「ケイオス!何をするつもりだ」
「お兄ちゃんはここにいて」
微笑みを残して倉庫の扉に鍵をかけると、ケイオスは外に向かう。
「やめろ!もどってこい!くそっ、なんで開かないんだ!」
アスタロトは力の限り扉を叩くが、どうやっても鍵が開かない。
そのうち、外から人間たちの声が聞こえてきた。
「アスタロトを討ち取ったぞ!」
「これで、世界は俺たち人間のものだ!」
人間たちが喜び合う声が聞こえてくる。アスタロトはただ一人、暗い倉庫の中で涙を流し続けていた。
数時間後、アスタロトはやっと倉庫から出る事ができる。エイビスの里は、死体が転がっていてひどい有様だった。
村は焼きうちにあったのか、畑も家も燃えている。
「ひどい……なんでこんなことに……」
炎に包まれた村を彷徨っていると、自分の家が燃えているのが見えてきた。
「父さん!母さん!」
家の前には、自分を育ててくれた義理の両親の死体が転がっていた。
「……これは……もしかして」
「そうです。アスタロト様もあなたと同様に、人間に両親を殺されてしまいました」
マリアの悲しみに満ちた声が聞こえてくる。
しばらく両親の亡骸に取りすがって泣いていたアスタロトは、立ち上がって彼にとって最後に残された大切な者を探しに行く。
しかし、彼が見たものは、村の中央広場で磔にされた自分の姿をした者だった。
「ケイオス!」
慌てて処刑台から降ろして、「変化のブローチ」を外すと、ケイオスの姿に戻った。
「あはは……お兄ちゃん。無事だったんだ。よかった」
{しっかりしろ!今ポーションをもってくる」
アスタロトが駆けだそうとしたが、ケイオスに止められる。
「もう私はダメみたい。お兄ちゃん……人間に苦しめられている魔族を守って……」
ケイオスはそういうと、静かに息を引き取った。
「ケイオス――――!」
エイビス村にアスタロトの慟哭が響き渡る。こうして村は壊滅するのだった。
「奴らの魂を吸収しそこねたな。それがお前の力か」
「はい。神から与えられた『闇の力』は、天に帰りたいと思う人間を幸福に死の世界に誘うことができるのです」
マリアはそう答えると、俺にむけてにっこりと笑いかけた。
「お久しぶりですね。ライト」
「……ああ、本当に久しぶりだな」
いかん。俺の冤罪の裏で暗躍していたこいつを目の前にすると、怒りで頭が沸騰しそうになる。
一瞬で殺すのは惜しい。何日も拷問して苦しめてやらないと気が済まない。
そう思って必死に自分を抑えていると、マリアは殊勝な顔をして頭を下げてきた。
「あなたを冤罪に落とし、第二の魔王に仕立て上げたことを、ここに謝罪いたします」
なんだと!!どういうことなんだ!
「……俺を魔王に仕立て上げただと?」
「ええ。すべては愛しき先代魔王、アスタロトお兄様を『魔王』という煉獄から救い出すため」
マリアの顔には、悲しみが浮かんでいた。
「貴様は一体何者なんだ」
「いいでしょう。すべてをお話ししましょう。『起動(アウェイクン)』」
マリアの体を中心に、複雑な魔法陣が浮かんでいく。とっさに身を翻してかわそうとしたが、間に合わずに魔法陣にとらわれてしまう。
次の瞬間、俺の体から魂が抜けだし、天へと昇っていった
俺とマリアの魂は、肉体から抜け出し、上昇を続ける。
やがて、上空に無数の光り輝く計算式のようなものが現れた。
「こ、これは?」
「あなたが存在を否定していた『神(コスモス)』ですわ」
マリアは微笑みをうかべながら告げた。
「『神』だって……だが……」
その姿は教会で描かれているものとも、俺が想像していたものともちがう。光の計算式はただ無機質にうごめいているだけで、何の意思も感じられなかった。
「当然ですわ。神には自主的な意思も、善悪の区別もありません。神はただこの世界の秩序(コスモス)を守るために存在しているだけです」
俺の考えていることが伝わったのか、マリアはそう説明した。
「お前はいったい何者なんだ?」
「そうですね。まずはそこから説明しないといけませんわね」
マリアは一礼すると、下に見える宗教都市エルシドを指さした。
「疑問に思いませんか?『輝きの球』は魔王の闇の力をもつモンスターを光の矢で殲滅する兵器。その有効範囲の中で、なぜ闇の魔力を持つ私は存在できたのでしょうか?」
確かに。モンスター扱いされて攻撃されてもおかしくないはずだ。
「答えは簡単。私は魔王が作り出したモンスターではないからですよ」
真っ黒い闇を身にまといながら、マリアは名乗る。
「私は光の神コスモスの影となる存在。名前が必要なら、混沌(ケイオス)とでもお呼びください」
次の瞬間、マリアから発せられた『闇』が俺の闇と繋がり、意識がシンクロした。
気が付くと、俺たちは平凡な農村にいた。
「ここは……どこだ?」
「400年前、現在のコルタール地方にあった魔族の隠れ里エイビスですわ」
マリアの声が聞こえる。
「よく見ていてください。あなた方人間が何を行ったかを」
俺の目の前では、少年と少女が遊んでいた。
「アスタロトお兄ちゃん。だーいすき」
マリアにそっくりの美少女が、金髪の美少年に抱き着いている。
「やめろよケイオス。俺たちはただの幼馴染で本当の兄弟じゃないんだから、あんまりベタベタするな」
アスタロトと呼ばれた少年は、真っ赤になってケイオスという少女から離れようとしていた。
奇妙なことに、二人とも頭には鋭い角が生えていた。
「彼らは……」
「そう。今は滅亡した種族……魔族ですわ」
マリアの声からは、深い悲しみが含まれていた
その時、村の大人たちが慌てた様子で駆け込んでくる。
「まずいぞ。人間たちにアスタロトの存在を嗅ぎつけられてしまった」
そういいながら、少年を村の隠し倉庫に連れて行くと、その入り口を隠した。
「いいか。アスタロトは魔族王の血を引く最後の一人だ。彼を守らねばならん。人間たちと戦うぞ!」
大人たちは武器を用意して気勢を上げる。暗い倉庫の中で、少年はただ恐怖に震えていた。
すさまじい戦いの気配が伝わってくる中、ふいに隠し倉庫の入り口が開いて、ケイオスが入ってくる。
「お兄ちゃん。お別れだね」
ケイオスはにっこりと笑うと、村の秘宝『変化のブローチ』を使ってアスタロトの姿になった。
「ケイオス!何をするつもりだ」
「お兄ちゃんはここにいて」
微笑みを残して倉庫の扉に鍵をかけると、ケイオスは外に向かう。
「やめろ!もどってこい!くそっ、なんで開かないんだ!」
アスタロトは力の限り扉を叩くが、どうやっても鍵が開かない。
そのうち、外から人間たちの声が聞こえてきた。
「アスタロトを討ち取ったぞ!」
「これで、世界は俺たち人間のものだ!」
人間たちが喜び合う声が聞こえてくる。アスタロトはただ一人、暗い倉庫の中で涙を流し続けていた。
数時間後、アスタロトはやっと倉庫から出る事ができる。エイビスの里は、死体が転がっていてひどい有様だった。
村は焼きうちにあったのか、畑も家も燃えている。
「ひどい……なんでこんなことに……」
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「父さん!母さん!」
家の前には、自分を育ててくれた義理の両親の死体が転がっていた。
「……これは……もしかして」
「そうです。アスタロト様もあなたと同様に、人間に両親を殺されてしまいました」
マリアの悲しみに満ちた声が聞こえてくる。
しばらく両親の亡骸に取りすがって泣いていたアスタロトは、立ち上がって彼にとって最後に残された大切な者を探しに行く。
しかし、彼が見たものは、村の中央広場で磔にされた自分の姿をした者だった。
「ケイオス!」
慌てて処刑台から降ろして、「変化のブローチ」を外すと、ケイオスの姿に戻った。
「あはは……お兄ちゃん。無事だったんだ。よかった」
{しっかりしろ!今ポーションをもってくる」
アスタロトが駆けだそうとしたが、ケイオスに止められる。
「もう私はダメみたい。お兄ちゃん……人間に苦しめられている魔族を守って……」
ケイオスはそういうと、静かに息を引き取った。
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