上 下
4 / 32

男神ゼウス

しおりを挟む
「そんな……エスメラルダがあんなことをしたなんて……」
ケルセウスとキスしているエスメラルダを見たへリックはショックを受ける。
「くそぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」
血の涙を流しながら、へリックは逃げ出していく。気がついたら、馬小屋に逃げ込んでいた。
「ヒン?」
馬小屋に飛び込んだへリックは、ペガサスに迎えられる。
「聞いてくれよペガサス……エスメラルダが取られちゃったよ……」
へリックは、延々と今まであったことをペガサスに話す。ペガサスはヒンヒンと鳴きながら、へリックの愚痴に付き合ってくれた。
「ペガサス……悔しいけど、魔法が使えない俺は、男としてあいつらにはかなわない。ただの平民で厩番の俺は、もうエスメラルダと一緒にいられないのかな」
「ヒヒン」
ペガサスは、長い顔を摺り寄せて慰めてくれる。
「そういえば、お前もメス馬と交尾できなかったんだよな。はは……俺たちは二人とも、ふられ野郎ってことか」
「ヒヒ―ン」
ペガサスの鳴き声が、もの悲しく馬小屋に響いた。
「くそっ……くそっ……」
負け犬一人と一匹は、抱き合って慰め合う。いつしか疲れ果て、眠りに落ちていった。

へリックの夢に、神々しい白い服をきた若い男が現れる。
「やあ。君がへリックかい?なるほど。幸薄そうな顔をしているねぇ。『当て馬』に選ばれたのも納得だよ」
その男は、気安くへリックに話しかけてきた。
「あんたは……」
「僕はこの世界の創造神の一人、ゼウス。よろしく」
ゼウスと名乗った神は、そういってウインクする。当て馬呼ばわりされて、へリックはㇺッとした。
「俺が『当て馬』ってどういうことだ?」
当て馬とは馬の繁殖の際に使われる言葉で、種付けの成功率を上げるために、本命の代わりに使われたオス馬のことである。いきなり本命のオス馬と引き合わせると、うまくいかないケースがあるため、恋愛の経験値をあげるためだけに引き当てにされる存在であった。
「言葉どおりの意味さ。君は攻略対象-ノーブルⅤと主人公が恋愛をするための、練習台だったんだ」
ゼウスの顔には、へリックに対する憐れみが浮かんでいた。

「我が妻、創造神ヘラがとある異世界で流行っている『乙女ゲーム』というものにはまっていてね。それをこの世界で再現しようと、人間たちの運命を調整したのさ」
彼によると、創造女神ヘラは自分が天界から眺めてニヤニヤするためだけに、人間の運命を捻じ曲げ、エスメラルダに魔力を与えて主人公の役を押し付けた。そして、その幼なじみであるへリックには、さらに過酷な運命を与えたという。
「エスメラルダがノーブルⅤの攻略に失敗し、もてあそばれて子供を作った末に捨てられた場合、君はその引き取り先として彼女と結婚し、攻略対象との子供も養うことになる。そのために、ずっと平民の過酷な労働を強いられるだろうね」
画像には、死んだような目をしたエスメラルダを子供をおんぶしながら必死に慰めるへリックの姿が浮かんだ。
「ひ、ひでぇ……」
絶句するへリックに、ゼウスはさらに追い打ちをかける。
「何を言う。これはまだ君の運命の中でももっとも幸せなエンディングなんだぞ」
「どこがだよ!」
抗議するへリックに、ゼウスはまた別なエンディングをみせる。
その未来では、エスメラルダに振られて自棄になったへリックは、あるイベントで強大な力を得て、魔王として世界に反逆することになる。
「貴様たち貴族を、この世界ごと滅ぼしてやる」
「ヒヒ―ン!」
翼の生えた黒い馬にのった、邪悪な少年が世界の破滅を宣言する。彼がいる場所は、空中に浮かぶ魔界の奥にある巨大な城だった。
長い旅を終えて、その城にたどり着いた勇者たちが彼に相対する。
「邪悪なる魔王となったへリックよ。君などに世界を蹂躙させたりしない!」
美々しい鎧に身を包んだ、王子が剣を振り上げる。
「そうだ!僕たちの力を合わせれば、きっと邪悪な魔王をたおせるはずだ」
王子をはじめとする、五人の勇者たちもそう叫んだ。
「ええ。勝手な嫉妬心で世界を滅ぼそうとする邪悪な魔王を、これ以上放置しておけないわ。エスメラルダ、一緒に奴を斃しましょう」
以前は悪役令嬢としてエスメラルダをいじめていた少女たちも、魔王の危機に際して改心して親友となり、彼女の手を取った。
「ええ。私も覚悟を決めたわ!かつて幼なじみだった私の手で、へリックを楽にしてあげる」
聖女となったエスメラルダも、へリックに対する憐れみを捨てて、彼へと立ち向かっていった。
長い長い闘いの結果、ついに魔王と化したへリックが倒される。
「くそぉぉぉぉぉぉ!恨んでやる。妬んでやる」
呪の言葉を吐きながら消滅していくへリックを、エスメラルダは負け犬を見る冷たい目で見ていた。
「さあ。邪悪な魔王は倒した、僕たちの幸せな未来はこれから始まるんだ」
「ええ……」
エスメラルダは頬を染めて、好きな攻略対象の手を取る。
そして国に戻った彼らは、英雄として人々に崇められるのだった。
「おいおい……何勝手なこといってやがるんだ」
映像を最後まで見たへリックは、自分にすべての責任を押し付けて彼等だけ幸せになるエンディングに怒りを感じてしまう。
「このように、君は魔王として世界中の人から恨まれ、むなしく死んでいく。私は妻の勝手な思惑で運命を狂わされ、『魔王』の役をおしつけられるキミが哀れでね。こうしてすべてを話させてもらったんだ」
ゼウスはそういうと、ニヤリと笑ってへリックを見つめた。
「さて、すべてを知った上で、キミはどうする?このまま彼女をイケメンたちに奪われるように、大人しく攻略対象たちの当て馬を続けて、最終的には「魔王」になるかね」
ゼウスは、面白そうにへリックを煽る。
「そんなの嫌だ!エスメラルダは俺が守る」
それを聞いて、ゼウスは口角を釣り上げた。
「くくく……いいだろう。君にこの状況をひっくり返すチャンスを与えよう」
そういって、ゼウスはただの平民だったへリックが魔王となるための力を得るイベントの情報を与える。
「あとは君次第だ。いち早く情報と力を得ることで、果たして君が魔王になるのか、はたまたただの農民になるのか、それともまた別の存在になるのか、私は天界でじっくりと眺めさせてもらおう」
ゼウスは笑い声をあげながら、消えていくのだった。

辺境の地  へスぺレウス
へリックは、王国の中心部からはるか離れた辺境の地を訪れていた。
遠くの空に巨大なドーム状の木でできた輪のついた球根のようなものが浮かんでおり、その下部から木の根のようなものが生えてきて球根を支えている。
「あそこに生えている『黄金のリンゴ』を食べれば、魔力が得られるんだよな」
「ヒヒ―ン」
その言葉に、ペガサスが不安そうな鳴き声をあげる。
「俺は必ず『力』を手に入れて見せる」
そうペガサスに話しかけるへリックの顔には、このまま当て馬のままでは終われないという決意が浮かんでいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

とある婚約破棄に首を突っ込んだ姉弟の顛末

ひづき
ファンタジー
親族枠で卒業パーティに出席していたリアーナの前で、殿下が公爵令嬢に婚約破棄を突きつけた。 え、なにこの茶番… 呆れつつ、最前列に進んだリアーナの前で、公爵令嬢が腕を捻り上げられる。 リアーナはこれ以上黙っていられなかった。 ※暴力的な表現を含みますのでご注意願います。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...