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22 逃げる算段1

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「聖女って女じゃないの?」
「勇者の対だとか、人なのに魔法が使えるとか言ってたけど、男女は関係ないみたい」

 灯さんはこの街にある神殿支部に連れて行かれて、聖女測定器で調べられたという。
 小さな水晶で、聖女が触れたら眩い光に包まれるんだそうだ。

 勇者って、例の魔王退治に召喚されたっていう勇者? 聖女も召喚されてたってこと?
 聖女を探してるってことは、召喚された場にいなかったから?

 頭の中が疑問でいっぱいになる。
 灯さんも詳しくは知らないから、答えは出ない。

「でも、なんで灯さんまでここに閉じ込めたんだろ?」
「……僕、渡り人コレクターに売られるんだって。もう用済みだって」

 灯さんの声が震えていた。

 あの豪商か! そんなことを灯さんに言ったのか!
 粗チンのくせに! オーナーにも、ふにゃちんのリロイ様にも全然及ばないくせに!

 渡り人が増えた今でも、渡り人コレクターみたい変態がいるのは聞いている。
 俺は自覚が足りないって、渡り人関連の本をオーナーが用意してくれたのはそのせいだ。
 もっとも俺が文字を読めなかったから、絵本ばかりになったんだけど。


 不意に、手元が明るくなる。
 顔をあげると、天井付近の小窓から月が見えていた。あの明るさは満月だ。
 この世界に来た最初、満月を見て部屋でこっそり泣いてしまった。
 だって、月は日本のものと同じように見えて綺麗だったから。懐かしくって、帰れないことに泣いたんだ。

「ここって蔵?」
「うん、粗相した使用人を閉じ込めるのに使ってる。普段は使ってない」

 これで、豪商が俺達渡り人や使用人をどう思ってるかよく分かる。
 人とは思ってないんだ。

 今は撤廃されてるけど、昔、この国には奴隷制度があったらしい。
 でも、未だに身分制度に拘る人達もいて、特に身分の高い人や富裕層に多いんだそうだ。それの最たるものが神殿らしい。

「聖女判定されたら、どうなるの」
「神殿に預けられるって。聖女の務めがあるから二度と出てこれないって、旦那さんが前に言ってた」

 俺が聖女なんて有り得ないけど。
 もし、聖女だったら。

 あんな奴のせいで。

 二度と。
 オーナーに会えない。

 そんなのは絶対に嫌だ。

「灯さん、俺と一緒に逃げよう」
「え、でも、僕は」
「ここにいたら売られるんだよ。それでも、まだあいつが好き?」

 灯さんの顔に動揺が走る。
 震える顔が小さく揺れた。左右に。

 きっと灯さんは分かってる。でも、今もまだ気持ちは揺れてるんだろう。

 多分、DV被害者の依存みたいなものかも知れない。
 豪商から離れて、陰間茶屋で下働きの子達と一緒に過ごしたことがいいきっかけになってくれたらと思う。
 

「でも、逃げるってどうやって」

 そこが問題だ。

 俺は下を覗き込んだ。
 ハシゴは完全に床に置かれてる。
 なんとか下に降りたとしても、重そうな扉はさっき鍵が掛けられた音がしていた。

 こういうとき、なんか役立つ知識はなかったかな。

 扉の死角に隠れていて、誰もいないと思わせて入ってきたやつらを攻撃するとか?
 ロフトから降りなきゃ意味がないし、勝てる気もしない。

 死んだと見せかけて外に運ばせる?
 そのまま埋められそう。 

 だめだ、肝心なときに脱出方法が思いつかない。


 ふと、明かり取りの窓が視界に入った。
 立ち上がったら、明かり取りの小窓に余裕で届く位置だった。覗く限り見張りらしい姿はないし、ギリギリ窓から出られそう。

 うーん。
 リロイ様に、なんとか街の殺人を元に話をしたことを思い出した。
 
 あの事件も、結局、内緒で飼われてたオランウータン型の魔物がこっそり抜け出して、偶然、被害者の2階の部屋に侵入して起こった悲劇だったんだ。

 逆もいけないかな?
 俺達がこの窓から出るっての。

 ホントは救助を待てばいい。
 でも、俺の場合、下手したら昼近くまで気づかれないおそれがある。
 それなら、灯さんの方がいないと気づかれる方が早い。朝からの仕事だから。
 
 従業員出入り口には監視カメラもあるし、足抜けしたってことで探してくれてることを祈りつつ。

「とりあえず、あの窓から下に降りるしかないと思う」

 あの窓は子どもには届かないけど、大人には小さすぎて出られないみたいだ。
 このロフトに踏み台になるものが置いてないのがその証拠だ。

 俺達ならギリギリ届くしギリギリ抜けられる。俺より細い灯さんなら余裕で出られるはずだ。
 
「え?!」

 灯さんの顔が強張った。

「もしかして」
「僕、高所恐怖症……」

 だからかぁ、なんでか真ん中でずっと膝抱えて動かないなって思ったんだよ。


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