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17 小野灯さん

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「ぽめ太、オーナーの部屋に来い」

 ある寒い日の午後。ハザナさんが俺の部屋に来た。
 俺を呼び出すのに慣れてるはずの、ハザナさんの声を潜める感じに嫌な予感がする。
 俺、怒られるようなことしたっけ?

 心持ち慌てて向かったオーナーの部屋には、灯さんがいた。

「ぽめ太くん、僕」

 灯さんが崩れるように泣き出したので、慌てて灯さんの手を取った。
 手当途中らしい手首には痛々しい傷がある。見ると足首にも血が滲んでいた。

「どうしたの! これ」

 拘束されたときの擦過傷っぽい。

「逃げてきたそうだ」

 灯さんがお世話になっていた豪商は、どうやら灯さんに折檻していたらしい。
 この街では高藤商会に並ぶ豪商って聞いてたのに。

「ここで働かせて貰えませんか、何でもします」

 灯さんはオーナーを見上げた。
 こんなときだけど、涙に濡れた長い睫毛と瞳が綺麗だなって、俺は横顔を見ていた。

「まずは傷の手当が先だな。それから、下働きでもしてみるか?」

 呼ばれてきたのは、下働きを束ねてるエルキドさんていうおじさんだ。
 温和で、なにより小柄なとこがいい。

「あとは、エルキドに聞いてくれ」

 オーナーに一礼した灯さんが、エルキドさんと一緒に部屋を出ていく。

「なんだ、行かないのか」

 部屋に残った俺を、オーナーが不思議そうに見下ろしてきた。

「お前が怒ってもどうしようもないだろ」

 そうか、俺は怒ってるんだ。
 だって、手首だけじゃない。灯さんの着物の下に見えた胸元やうなじにだって、鞭で打たれたような酷い傷あとがあったんだ。

 俺の眉間のしわを、オーナーの指が解すように何度も擦る。
 無意識にしかめっ面してたみたいだ。


 軽く、ショックだった。

 俺は、暴力とは無縁に育ってきた。
 小さい頃から暮らしてた祖母ちゃん家は、すごく田舎にあってのんびりしたところだった。
 娯楽もないし、年の近いやつも少なかったけど、穏やかに過ごす暮らしが性に合っていた。

 この世界に来て。
 オーナーやハザナさん、この店の人達からはお仕置きやお小言があっても、あんなひどい暴力を振われたことがなかった。
 なんだかんだで、元の世界でもここでも俺は恵まれてたんだと思う。


「どうした?」

 オーナーが身を屈めて俺の顔を覗き込む。

「ありがと、オーナー」
「は?」

 オーナーの顔がキョトンとなる。
 そんな顔をさせたことがちょっと嬉しい。

 いいんだ、分からなくて。
 好きだという欲目のせいかもしれないけど。
 拾ってくれたのがオーナーで良かった。
 俺はそれに感謝したかったんだ。

「灯さんの手当、手伝ってきます」
「仕事時間には間に合わせろよ」

 うん、と頷いて、俺は灯さん達の後を追った。


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