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3.舞踏会とチャラ男

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 ついにこの日がきてしまった。
 あれから5日、王室主催の舞踏会の当日であり、リオと攻略対象たちが出会う日になってしまったのだ。

「お兄様、準備はまだできませんの?レディを待たせるなんて紳士失格ですよ」

 ギリギリまで自室で頭を抱えていたレオンのもとには、妹のソフィアが痺れを切らして乗り込んできていた。
「すまない、すぐに行くよ」
 5日前のあの日、舞踏会へパートナーとしていくはずだった男に『君とはやはり行けない、俺は真実の愛を見つけたんだ』だなんて失礼千万な上に夢見がちなことを言われたソフィアは男を殴ったうえで泣きながら帰ってきた。
 泣きながら経緯を説明するソフィアをレオンは慰め、その無礼極まりない男の名をしっかりと聞きだしたうえで、一緒に舞踏会へ行く約束をしたのだ。おそらくはゲームのレオンと同様に。

「お兄様はいつもマイペースなんです。そんなだから婚約者の一人もできないんですよ」
 憎まれ口を叩く元気があるのは良いことだ。あの日目にしたソフィアの姿は"パートナーのいない者同士丁度いい"と思えるような状態ではなかった。
 気の強いソフィアが泣き喚くのは幼い日に見たのが最後であり、その記録を更新したるに至った原因をつくった男にはそれ相応の報いを受けてもらうつもりだ。レオンのそんな思惑に気づいているのかいないのか、ソフィアはレオンと舞踏会へ行く約束を結ぶとすぐに泣き止み元気を見せた。以来、この調子でレオンの痛いところを突き続けているのでレオンとしては複雑だ。
「婚約者がいないのは僕のせいではないよ。縁談がまとまりそうになるたび相手の家に問題が起こるんだから仕方ないじゃないか」

 20歳になったレオンだが、依然として婚約者はいない。
 幼少期から数えて8回。婚約に至ると思った縁談の数だ。手を変え品を変え、彼らは問題を起こし縁談はすべて白紙に戻った。レオンが弄んだ令嬢の呪いだという人間もいたがそんなのは言いがかりだ。最初の縁談が破談になった当時、レオンは7歳であったし、そもそもレオンは令嬢を弄んではいない。美しい人に声をかけて一時、お茶やショッピングを楽しむだけだ。肉体関係がないどころか、挨拶以外では手すら握らない。婚約者のいる人間に手を出したこともなく、恨まれる覚えなど皆無だ。
 これまで婚約者ができないのは運が悪いだけだと思っていたわけだが、これがゲーム補正なのではないかと思ったのは落馬して目覚めてからだ。ゲームのレオンに婚約者がいなかったせいでいくら縁談を結ぼうと無に帰る。そう考えると辻褄があった。
「お兄様が世間でなんと呼ばれているかご存じですか!?世紀のチャラ男と呼ばれているんですよ!このままではストレリチアの名が泣きます!」
 そう叫ぶ妹には悪いが今日から、俺はチャラ男なのだ。いや、前からか。
「チャラ男も辛いものだぞ、妹よ」
 死地に赴くかのような形相でそう返したレオンにソフィアは不審なものを見る目でレオンを見やる。
「お兄様、やはりお加減が悪いのでは?あれからどこかおかしいですよ」

 落馬事故から目覚めてからというもの、自室にこもったり出てきたと思えば上の空であったレオンは家族から不審がられていた。お加減が悪いというのは、頭の打ちどころが悪かったのではと疑われているのだ。

「そんなことないよ、ソフィア。私の妹はいつも美しいが今日はいつにもまして綺麗だね」

 レオンはチャラ男モードを発動し、そう言ってみせた。妹で予行練習といったところだ。最低である。しかし、妹を可愛いと思っているのは本当のことだ。
「……そのようですね。いつも通りのお兄様で安心しました」

 ソフィアは冷ややかな目でそう言うとさっさと部屋を出ていってしまう。
 チャラ男で安心される兄ってなんだろう……。レオンはそう思いながらも、舞踏会へ行くためにソフィアの後を追うのだった。







 
 覚悟はもう決まっている。
 チャラ男として生きていく覚悟だ。

 過去にプレイしていたゲームとはいえ、主人公ルカと恋愛するつもりもなければ国外追放になるつもりもない。しかし、ゲームの展開を大幅に変えるのは恐ろしいのだから結局のところレオンはチャラ男として生きていく運命なのだ。それをレオンはこの5日のうちに受け入れた。
 斯くなるうえは、ルカをエルヴィス皇太子ルートから徹底的に遠ざけるしかない。他の攻略対象なら少なくともレオンの身の安全は保証されるはずだ。
 『魔法の国の恋』の攻略対象はレオンとエルヴィス皇太子、そして参謀の息子、騎士団長の4人。ルカには悪いが、参謀の息子か騎士団長と幸せになってもらうしかない。そのためには、これから起こるであろうエルヴィスとのイベントを悉く邪魔するしかない。できるだけエルヴィスとルカが互いに興味を持たないようにするしかないのだ。とはいえ、出会うこと自体を変えられるはずもない。
 そもそも、今日起こるであろうエルヴィスとの出会いのイベントは、エルヴィスがダンスホールに入来するシーンが全てだ。伯爵家の息子であるルカは彼の入来を羨望をもって迎える。エルヴィスの姿を他の貴族に混ざって見る、そんな出会いであるからして、これ自体をなくすことはできない。そして、エルヴィスルートに入ってからわかることだが、エルヴィスもこのシーンでルカの姿を初めて認めることになる。
 不可避の出会いの中で、彼らを引き離すことが本当にできるのだろうか。
 それでも、やるしかない。攻略対象はエルヴィスの他にもいるのだから大丈夫だ、そうレオンは自身に言い聞かせた。
 





 
 
 舞踏会の会場である王宮につくと、レオンはソフィアをエスコートしながら周りの貴族たちに挨拶をしてまわった。
 主にレオンの落馬事故について話題にされるものであまりの恥ずかしさに赤面しそうだった。しかし、令嬢と会うための道中で落馬したと知っている者はそういないはずだ。
 落馬した日、どこに向かっていたのか徹底的に調べ事件性があるかを調べた騎士団の数名と家族たちには直ぐにバレたが、噂が広まった様子もない。
 レオンが目を覚ましたとき既に調べはついていて家族全員に呆れられたものだが、外にバレていなければまだ大丈夫だ。騎士団の連中からバレる線も考えられるが、彼らはレオンの腹心なので呆れただけで言いふらしたりはしないだろう。

 この程度で気疲れしていてはエルヴィスやルカとやりあうことなどできない。そう自身を鼓舞していると、広間に入来を告げる声が響き渡る。
 

「エルヴィス・ディ・ソレイユ皇太子殿下、御入来」

 その声を聞き、皆が一斉に頭を下げる。
 ついに彼らの出会いがやってきたのだ。
 
 エルヴィス・ディ・ソレイユ、ソレイユ王国第一王子であり王位継承権第一位。誰もが認める皇太子である彼とは幾度となく嫌味を言い合った。そして幾度となく冷たい目で見られたものだ。しかしその実、レオンの方は彼を心底嫌っているわけではない。
 彼は強く聡明な王子だ。彼の持つ恐ろしさも騎士であるレオンにも劣らぬ剣術も、類を見ぬ魔法の才能も、その全てが、彼は王たる器であることを表していた。そしてストレリチアはエルヴィスを指示している最もたる貴族。彼が皇太子になるためにレオンの父がした努力は数しれない。
 そんな王子を心の底から嫌いになる程、レオンは愚かではなかった。たとえ、エルヴィスに心底嫌われていても。
 その思いは前世の記憶を取り戻したことでより明確なものとなった。エルヴィスは、国外追放に追い込むほどにレオン・ストレリチアを嫌い、ルカ・ロベリアを愛していた。それが『魔法の国の恋』の常識だ。しかし、彼には真っ当な王になってもらわなくてはいけない。臣下であるレオンを邪魔者と判断し国外追放にするような人間に、彼をさせるわけにはいかないのだ。
 恋は盲目、とは言うけれどそれは彼に起こってはいけないことだ。自分の身のためにも、この国のためにも。

「面を上げよ」
 
 見上げた彼の姿、嫌というほど見てきたはずだ。それなのに、今目の前にいる彼はより一層輝いて見えた。美しい黒髪に宝石のように赤い瞳。しかし、笑顔の一欠けらもみせはしない。

「今日この良き日に皆が集まったことを心から嬉しく思う」

 冷酷にすら見えるその面持ちに、気づくとレオンは見惚れていた。


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