上 下
21 / 46

:若社長、決行する:

しおりを挟む
 思案しながらも急足で食堂へと向かった辰之進は、思わず立ち尽くした。
 彩葉はいつものように、メイド服を着てくるくると働いている。
 元気に笑顔を振りまいて嫌な顔一つせず体を動かす、いつもの彩葉がいる。
「相手のことを思って動く、これ、基本でしょ? パパにそう教わったわ」
 と、いつだったかそう言っていた。彩葉のそういうところに、辰之進は惹かれたのだ。
 おそらく、ナカゾノのバカ御曹司も同じだろう。辰之進やナカゾノの変態御曹司の周りにはそんなタイプの女性はいなかった。
「……だからといってアレはないだろう!」

 そう――問題は彩葉ではなく、彩葉の後ろにくっついている物体である。

 黒い光沢のある布地で作られた総スパンコールのスーツに身を包んだ男――ナカゾノの御曹司が彩葉にべったりとくっついているではないか。しかも、だらしない恍惚の表情で。

「九条!」
「おはようございます、社長」
「アレはどういうことだ!?」
 びしっ! と腕を伸ばしてアレを指さす。
「人様を指さすとは何事ですか、お行儀の悪い」
「す、すまない……いや、それも大事だが! アレは!」
「離れようとしないのです。無理に引きはがすと、泣いて喚いてわたくしどもの手に負えません」
 ナニ!? と、辰之進の目が点になった。
「困り果てまして、ナカゾノさまへお電話差し上げましたら、電話口であーだのうーだの唸ったあと絞り出すような声で、息子が満たされるまでそのままでいてくれないか、と懇願されましたのでそのようにいたしました」
「そんな懇願捨て置け!」
「そうも参りません」
「あ、住良木辰之進、おはようございます」
 彩葉がぺこんと頭を下げる。
「彩葉、どういうことだ? なぜこの男が彩華に抱き着いているんだ?」
「それが……面倒なことになりました……」
「どうした?」
「彩葉女王、って呼ぶんです……」
 はぁ!? と辰之進の顎が落ちた。
「それが……あたしに踏まれたり打たれたりしたのが快感だったみたいで……それをご希望なんです」
 そして、彩葉に攻撃してもらうために、彩葉の胸を揉んだりスカートの下に頭を突っ込んだり、一生懸命であるらしい。
 もにゅ、と胸が形を変えて彩葉の表情が歪む。
「やめなさい」
「女王陛下、どうしてこの下僕を蹴ってくれないんですか……もしかして刺激が足らないのかなぁ……」
 振動するオモチャが当たり前のように取り出され、スカートの下に差し込まれる。ぴたりと秘所に当てられて彩葉は己の体が硬直するのを自覚した。
「やめっ、やめなさいっ……はうっ……」
「どうして? 気持ちいいでしょ? 潤って来たよ……いい反応だよ、まったくどれだけ辰之進に調教されたんだろうね」
 彩葉の顔が真っ赤になった。
「調教なんてっ……」
「赤くなって可愛いなぁ。辰之進が溺愛するのも無理ないか」
「変態っ……あっちへ行って……住良木辰之進、見てないでっ……助けなさいよっ……」
 言われるまでもなく、辰之進の血は怒りで沸騰していた。大事な大事な彩葉を、別の男がなれなれしく触っている。しかも彩葉は嫌がっているのに。
 許せない。
「お前、いい加減にしろよ……」
 彩葉を抱き寄せて背後に隠し、汚らわしい男を蹴り飛ばす。男に蹴られても嬉しくない、女王様! と喚くを睨みつける。
「まったく! 彩葉はお前が触っていい相手じゃない。俺の妻になる女性だってことをよく覚えておけ。彩葉、気持ち悪かっただろう?」
「……はい、それは。でも、反撃して喜ばせるのも癪だし……かといって好き放題触らせておくのも気持ちが悪いし不気味だし怖いし……はぁ……」
 はぁぁぁ、と、彩葉があからさまに肩を落とす。

「なんであたしは……普通に愛してくれる人がいないんでしょうねぇ……。体目当てばっかり。ヤることしか考えてないんだから……。御曹司や社長って連中はみんなそんなものなのかしらね」

 雷に打たれたような衝撃、とはこのことだろうか。彩葉に執着している自覚のある二人の男は思わず顔を見合わせてしまう。

「辰之進……いま、とてもヒドい言われようだったような気がするよ、ぼく」
「残念ながら同感だ……」
 そう思われても仕方ないと思いますよ、と、メイド頭の九条さんがしれっと告げて、彩葉には仕事に戻るよう促す。
 呆然とする男二人に頭を下げた彩葉は、素直に仕事へと戻っていく。
「ま、待て、彩葉」
「なんですか? あたし、ここにはお仕事しに来てるんです。勤務時間中ですから、もういいですか?」
 きりっとした表情で当たり前のことを言われ、取り付く島もない。

 やはり辰之進の気持ちは彩葉に全然伝わっていない。
 それどころか、彩葉の体狙いの下衆野郎にランクが下がった気がする。
 反射的に、去ろうとする彩葉の腕を思わず掴んでしまう。ここで彼女を逃がしたら、彩葉は遠くへ行ってしまう、そんな予感がした。
「彩葉――……俺はお前の体や会社が目的なわけじゃない」
 辰之進は、持っていたファイルを彩葉に押し付けた。
「この中に必要な書類が全部入っている。熟読して、サインをして持ってきてくれ」
 はい? と、彩葉の目が丸くなる。
「なんですか、これは……やたら分厚いけど……」
「こんな形で渡す予定じゃなかったんだが……。俺が、未来永劫お前を必要とする証拠だ」
 彩葉はファイルと辰之進の顔を交互に見た。
「坊ちゃま、そういうことでしたら――私室、いえ、ベッドやソファーがない方がいいでしょうから、ガラス張りの薔薇園へ行かれては? 立ち話で済ませる話ではないでしょう」
「九条、彩葉を借りるぞ」
 キョトンとする彩葉の腕をとって、辰之進は食堂を後にした。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...