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:若社長、嘆息する:
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若き社長住良木辰之進は焦っていた。
己の屋敷で、愛する彩葉のそばにピンクスーツの変態がいるというのに己は会議なのである。
しかも会議は、行き詰まっていた。
買収した企業が行っていた老舗の音楽教室事業が赤字のため撤退することがほぼ決まっている。
だが、辰之進は決断できずにいた。それでいいのか? と、疑問が付き纏うのだ。
なんでもスパスパと決める傾向にある辰之進が悩むのは珍しい。
「何が引っかかっているのですか?」
と、専務がそっと尋ねてくる。
確かに、何かが引っかかっているから決断できないのだが何が引っかかるのか――。
「……くそっ……なんだ、何が引っかかる……?」
資料に再度、目を通す。なんだ、どこだ、と呟く辰之進の目がぴたりととまった。
「これだ……」
老舗。この二文字である。同時に彩葉の声が、脳裏によみがえる。
江戸時代から続く老舗をひいおじいさまが現代に合う形にして、おじいさまが盛り立てて、パパが命がけで守ろうとしてる会社だもん。跡取りのあたしも頑張るの
江戸時代からではないにせよ、この音楽教室もはじまったのはかなり古い。多くの人たちが音楽教室を潰さないように努力してきたのだろう。
それを簡単に消してしまっていいのだろうか、という今までにない想いが辰之進の中に浮かんできた。
「あ……まて、ちょっと思いついたことがある」
「社長?」
思い付きで辰之進が発言するなど増々珍しいが、一同、若き社長をじっと見つめる。
「この事業――老舗のご令嬢に立て直しを任せてみたいんだがどうだろうか?」
そう発言した己が一番驚いたが、一度動き出した口は止まらない。
「老舗の良いところも悪いところも、老舗の者なら熟知しているだろう。我々にはない発想があるかもしれない。それでも黒字にならないなら、その時は……」
ほう、と呟いたのは誰だったか。会議室に先ほどとは違う沈黙が下りた。
「その、ダメだろうか」
思わず専務の方を見ると、専務は驚いた顔をしていたがすぐに柔和な笑顔になった。
「これまでの辰之進さんからは絶対に出てこないだろう考え方ですが、それもまた良いかと存じます」
「そ、そうか」
ぐるっと会議室を見回すが、反対意見はないようである。
「となれば、もう少し細部を詰めねばなりません、社長」
「ああ、わかっている。次の会議までには……」
「内容も内容ですが、肝心のご令嬢にきちんと話を通すこともお忘れなきよう」
辰之進が「あ」という顔になった。この専務は、辰之進が誰のことを思い浮かべているのかまで、お見通しであるらしい。
「専務、俺が話をするのか?」
「当然です。そうですね、来週の会議までにご令嬢を口説き落として、来年度から事業が進められるようにしておいてくださいね」
う、と辰之進は唸って椅子に沈み込んだ。
若き社長住良木辰之進は唸っていた。
仕事を終えて屋敷に戻ると、彩葉はいつもどおりにミニスカメイド姿で、他のメイドたちと一緒に出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
ただし、その隣にピンクのスーツが纏わりついている。それはもう、べったりと。
一日中、こうやって最愛の彩葉に纏わりついていたのだと思うと非常に腹立たしいが、その男の頬は腫れてスーツの腹部に足跡のようなものがついているところを見れば、ちょっかいをかけて彩葉の反撃にあったのだろう。
「九条、変わりないか」
「はい、ナカゾノ工業の跡取り殿が花瓶を二つ割りました。彩葉さんに不埒な真似を働いて撃退されること三度。それはもう、見事なプロレス技でございました」
「まて……曲がりなりにも大企業の御曹司にプロレス技をかけたのか!?」
辰之進が慌てて彩葉を見、ピンクスーツの幼馴染を見る。
「身の危険を感じたので。正当防衛です」
しれっと彩葉が言う。問題にならないだろうか、と考えるが、その首筋に赤い痕がついているのをみて、辰之進の理性が吹っ飛んだ。
「彩葉、ちょっと来い。詳しく聞きたい」
「はぁい……」
「辰之進、ぼくは?」
「お前は九条と一緒に書庫の整理だ」
えーっ、と言いながら彩葉の腰に手を回す不埒者を、べりっと引きはがす。
「お前が今朝読みたがっていた論文をメールで取り寄せたから好きに読め」
「わ、ほんとに? 辰之進、そういう投資は惜しまないねぇ」
「俺も気にはなっていたんだ。先に軽く目を通したが、お前の意見も聞きたい」
「了解、じゃあ急いで読んじゃうね」
こうやって真面目な会話をしていれば二人とも美形御曹司なんだけどなぁ、と、彩葉が小さく呟く。
「……じゃあ、あとでね、彩葉ちゃん」
彩葉の体を強引に抱き寄せて、素早くキスをする。
「んん、んーっ!」
ご丁寧に舌まで入れるものだから彩葉がばたばたと藻掻いた。かと思うと、ピンクスーツが急に床に崩れ落ちた。白目を剥いている。
「……お前の武術の師匠は素人相手に技を繰り出してはいけないと教えなかったのかねぇ……」
「ふんっ。所かまわずセクハラ働く御曹司どもをまとめて始末したって言えば、師匠も許してくれるわ」
「セクハラとは失礼な……俺のは愛情表現だぞ?」
辰之進は真顔で言ったのだが、彩葉は「へっ」と鼻先で笑い飛ばしてしまう。
「坊ちゃま……お可哀相に……努力の方向が間違っているから伝わらないのですよ」
「だ、黙れ九条!」
「はいはい」
しかし、事実、彩葉にちっとも辰之進の気持ちは伝わっていないのである。
己の屋敷で、愛する彩葉のそばにピンクスーツの変態がいるというのに己は会議なのである。
しかも会議は、行き詰まっていた。
買収した企業が行っていた老舗の音楽教室事業が赤字のため撤退することがほぼ決まっている。
だが、辰之進は決断できずにいた。それでいいのか? と、疑問が付き纏うのだ。
なんでもスパスパと決める傾向にある辰之進が悩むのは珍しい。
「何が引っかかっているのですか?」
と、専務がそっと尋ねてくる。
確かに、何かが引っかかっているから決断できないのだが何が引っかかるのか――。
「……くそっ……なんだ、何が引っかかる……?」
資料に再度、目を通す。なんだ、どこだ、と呟く辰之進の目がぴたりととまった。
「これだ……」
老舗。この二文字である。同時に彩葉の声が、脳裏によみがえる。
江戸時代から続く老舗をひいおじいさまが現代に合う形にして、おじいさまが盛り立てて、パパが命がけで守ろうとしてる会社だもん。跡取りのあたしも頑張るの
江戸時代からではないにせよ、この音楽教室もはじまったのはかなり古い。多くの人たちが音楽教室を潰さないように努力してきたのだろう。
それを簡単に消してしまっていいのだろうか、という今までにない想いが辰之進の中に浮かんできた。
「あ……まて、ちょっと思いついたことがある」
「社長?」
思い付きで辰之進が発言するなど増々珍しいが、一同、若き社長をじっと見つめる。
「この事業――老舗のご令嬢に立て直しを任せてみたいんだがどうだろうか?」
そう発言した己が一番驚いたが、一度動き出した口は止まらない。
「老舗の良いところも悪いところも、老舗の者なら熟知しているだろう。我々にはない発想があるかもしれない。それでも黒字にならないなら、その時は……」
ほう、と呟いたのは誰だったか。会議室に先ほどとは違う沈黙が下りた。
「その、ダメだろうか」
思わず専務の方を見ると、専務は驚いた顔をしていたがすぐに柔和な笑顔になった。
「これまでの辰之進さんからは絶対に出てこないだろう考え方ですが、それもまた良いかと存じます」
「そ、そうか」
ぐるっと会議室を見回すが、反対意見はないようである。
「となれば、もう少し細部を詰めねばなりません、社長」
「ああ、わかっている。次の会議までには……」
「内容も内容ですが、肝心のご令嬢にきちんと話を通すこともお忘れなきよう」
辰之進が「あ」という顔になった。この専務は、辰之進が誰のことを思い浮かべているのかまで、お見通しであるらしい。
「専務、俺が話をするのか?」
「当然です。そうですね、来週の会議までにご令嬢を口説き落として、来年度から事業が進められるようにしておいてくださいね」
う、と辰之進は唸って椅子に沈み込んだ。
若き社長住良木辰之進は唸っていた。
仕事を終えて屋敷に戻ると、彩葉はいつもどおりにミニスカメイド姿で、他のメイドたちと一緒に出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
ただし、その隣にピンクのスーツが纏わりついている。それはもう、べったりと。
一日中、こうやって最愛の彩葉に纏わりついていたのだと思うと非常に腹立たしいが、その男の頬は腫れてスーツの腹部に足跡のようなものがついているところを見れば、ちょっかいをかけて彩葉の反撃にあったのだろう。
「九条、変わりないか」
「はい、ナカゾノ工業の跡取り殿が花瓶を二つ割りました。彩葉さんに不埒な真似を働いて撃退されること三度。それはもう、見事なプロレス技でございました」
「まて……曲がりなりにも大企業の御曹司にプロレス技をかけたのか!?」
辰之進が慌てて彩葉を見、ピンクスーツの幼馴染を見る。
「身の危険を感じたので。正当防衛です」
しれっと彩葉が言う。問題にならないだろうか、と考えるが、その首筋に赤い痕がついているのをみて、辰之進の理性が吹っ飛んだ。
「彩葉、ちょっと来い。詳しく聞きたい」
「はぁい……」
「辰之進、ぼくは?」
「お前は九条と一緒に書庫の整理だ」
えーっ、と言いながら彩葉の腰に手を回す不埒者を、べりっと引きはがす。
「お前が今朝読みたがっていた論文をメールで取り寄せたから好きに読め」
「わ、ほんとに? 辰之進、そういう投資は惜しまないねぇ」
「俺も気にはなっていたんだ。先に軽く目を通したが、お前の意見も聞きたい」
「了解、じゃあ急いで読んじゃうね」
こうやって真面目な会話をしていれば二人とも美形御曹司なんだけどなぁ、と、彩葉が小さく呟く。
「……じゃあ、あとでね、彩葉ちゃん」
彩葉の体を強引に抱き寄せて、素早くキスをする。
「んん、んーっ!」
ご丁寧に舌まで入れるものだから彩葉がばたばたと藻掻いた。かと思うと、ピンクスーツが急に床に崩れ落ちた。白目を剥いている。
「……お前の武術の師匠は素人相手に技を繰り出してはいけないと教えなかったのかねぇ……」
「ふんっ。所かまわずセクハラ働く御曹司どもをまとめて始末したって言えば、師匠も許してくれるわ」
「セクハラとは失礼な……俺のは愛情表現だぞ?」
辰之進は真顔で言ったのだが、彩葉は「へっ」と鼻先で笑い飛ばしてしまう。
「坊ちゃま……お可哀相に……努力の方向が間違っているから伝わらないのですよ」
「だ、黙れ九条!」
「はいはい」
しかし、事実、彩葉にちっとも辰之進の気持ちは伝わっていないのである。
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