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番外編――その薔薇は……①――

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 その日ローテローゼとマティスは王宮の最深部にある薔薇園にいた。
 薔薇園は薔薇園でも希少種の薔薇のみが大切に大切に育てられている特別な薔薇園で、許可を得た者しか入れない。
「マティス、どうかしら。植えてみて」
「ああ……ローテローゼさま、もう少し穴を深く掘ってください。思いのほか根が張っています」
「はい。こんな感じかしらね」
「よいしょ……では肥料を撒きましょう……えーっとメモによると……たっぷりぎっしり、と……」
「じゃあ、わたしは井戸からお水を汲んでくるわ。これも、たっぷりと……なのね」
「はい」
 二人は朝も早くから作業着を着て、薔薇の植え替えをしている。
 ローテローゼが自分の部屋で育てていた薔薇が、これまで見たためしのない蕾をつけた。
 不思議に思って薔薇園の園長に見せたところ、おそらく突然変異したものだろうとのことだった。
「それにしても珍しいですねぇ……薄桃色と黒がマーブルで……まだ開きかけなのに結構な甘い芳香……」
 でしょう? とローテローゼも言う。
「黒のマーブルが思いのほかはっきりしてるのよ。珍しいわよね……」
 水をたっぷりかけてやると花びらや葉に水滴が残り、そこに太陽が当たって眩い。
「ねぇマティス、これ、増やせるかしらね?」
「さて……どうでしょう」
「珍しいから高値がつくと思うんだけど、この配色と芳香が強すぎる点が弱点かもしれないわ」
「好みがわかれるでしょうねぇ」
 二人でじっと花を見つめる。甘い匂いが徐々に強くなる気がしてマティスは立ち上がって花から距離をとった。
「みたところ……八重咲ですね」
「園長が、かなりな大輪でしょうって言ってたわ」
 ローテローゼが、薔薇に鼻先を近づけた。
「ねぇ、マティス。この匂い……どこかで嗅いだ覚えがあるわ」
「え?」
「……どこだったかしら……」
 薔薇の甘い香りは、風に乗って周囲へと散らばっていく。マティスも記憶をたどるが、これといった記憶はない。
 と、城の鐘が鳴った。朝議を知らせる鐘だ。
「……陛下、そろそろ城へ戻りましょう。時間です」
「あ、そうね」
「今日は午前中いっぱいは上級者会議です」
「頑張らないといけないわね。急いで戻りましょう。皆を待たせてしまうわ」
 すっと立ち上がったローテローゼはほんの一瞬、クラっと眩暈を感じた。
「――あ……」
「陛下? 大丈夫ですか?」
 慌ててマティスが背中を支える。どくん、と一瞬ローテローゼの心臓が跳ねた。
「大丈夫、ちょっと立ち眩み……」
「いけませんね、わかめスープとニラレバ炒めをオーダーしておきます」
 お願いね、と、ローテローゼが微笑む。その頬がわずかに紅潮し瞳が潤んでいることにマティスは気付かなかった。

 ***

 もぞ、と、ローテローゼは卓の下で頻繁に足を組み替えていた。
 さっきからどうにも、下腹部が疼いて仕方がない。もっと言うなら、今すぐ自慰行為をするか、マティスに抱かれたいくらい、疼く。
 男装のために晒しで押さえている胸も、当然疼いている。晒しの上からでも先端の突起が立ち上がっているのがわかる。
 そっと己で触れてみるだけで熱い吐息が洩れてしまう。
 おかげで、宰相と保健省の役人が喧喧囂囂やりあっているのも気にならないし、何の議題でここまで紛糾しているのかさえ理解していなかった。
 体が、なぜか火照る。

――ああ、マティスの今日のスケジュールは……

 マティスは宮廷騎士という民の憧れの的であるが爵位は男爵でしかなく、この上級者会議には出席資格がない。
 そのため、今は騎士団と一緒に訓練や市中見回りをしているだろう。
 いつも忙しくしているのだから半日休暇をとればいいと言ったのだが、誰もが働く中で自分だけが休むわけにはいかないと、いそいそと訓練に出かけて行った。
 それら訓練が終わるのはローテローゼの昼食後である。
 マティスが戻ってくるころ、大臣からの御前報告会がはじまっているだろう。御前というからにローテローゼが欠席するわけにはいかない。
 それが済めば二人でヴァーン皇子の事情聴取に立ち会うことになっているし、そのあとは新任の大臣や大使、城下町の豪商との謁見が夜まで続く。
 移動時間や休憩時間には謁見に備えて資料に目を通し、空いた時間で書類にサインするし、小さな会議もいくつもある。
 とてもマティスに抱いてもらう時間的余裕はない。
 はぁ、と、艶めかしい吐息を吐きながらローテローゼは再び足を組み替えた。
 が、なぜ突然、己の体が火照ったのか、さっぱりわからない。

 それが解明されたのは、午後になってからだった。
「ローテローゼ、この甘ったるいにおいをどこで手に入れた?」
 マティスとともに資料を読みながら廊下を歩いていたローテローゼは、慌てたように背後を振り返った。
 髪の毛を逆立てた長身の男が仁王立ちになっていた。大問題児の客人・ヴァーン皇子である。
「ヴァーン皇子! なぜあなたがここにいるのですか!」
「んあ? 実況見分とやらで犯行現場に引っ張り出されたんだぜ。ったく……ここでどの女とヤったかなんていちいち覚えてねぇよ」
 皇子の両手両足には重たそうな鎖の枷がついているが、ヴァーン皇子ならそれすら外してしまいそうで不安になる。
「んなことよりも、このニオイだよ」
「……ああ、これは、薔薇です。珍しいマーブル模様の薔薇がほころびかけていて……」
「薔薇ぁ!? そうか……原材料は薔薇だったな……ふぅん、この国にあっても不思議はないか……」
 にやり、と嫌な笑いを浮かべたヴァーン皇子は、両手足の鎖をガチャガチャ言わせながらローテローゼににじり寄ってきた。
 すかさずマティスが前に出てローテローゼを守る。
「……ローテローゼ、お前、発情してるだろ」
「は!?」
 マティスとローテローゼの声が重なった。
「この匂いを知っている。俺の国では媚薬だぜ……」
 媚薬!? と、再び、マティスとローテローゼの声が重なった。
「若い女に特別に効果があるからな……。それの原材料を浴びたとなると……」
 ヴァーン皇子がすかさずローテローゼを手繰り寄せて強引にキスをした。
「んーっ!」
「下郎! 何をする!」
 当然マティスが剣を抜くが、ヴァーン皇子はローテローゼの体を盾にする。
 抵抗していたローテローゼの体がぐったりとしてきたところで、ローテローゼの体はマティスへと返却された。
「……この場で犯してやろうと思ったが時間切れだ。ちっ……」
 大挙して押しかけて来た衛兵が、挨拶もそこそこにヴァーン皇子を連行していく。
「このあとの事情聴取が楽しみだぜ。欲情したローテローゼを近くで拝めるんだからなぁ……」
 その場に残された二人が唖然としたのは言うまでもなかった。
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