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:エピローグ:
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王さま、というものは引き継ぎをすれば終わりというものでもないらしいーー。
仮王の地位を兄に返還したため、ベルナールは名実ともにノワゼット王国の王として玉座に戻ってきた。が、実務レベルでは、はい返還さようなら、とはいかなかった。
「そうよね、知ってたわ……」
「悪いね、ローテローゼ」
「構いません、お兄さま」
ベルナールの執務室、まるで国王が二人いるかのようである。双子の間でマティスは右へ左へと忙しい。
「ときにローテローゼ」
「はい」
「俺もマティスも宰相も、男装を解いていいと思っているんだが……」
ローテローゼは小さい笑みを浮かべた。
「執務の際は、この方が落ち着くのです」
はいこれを読んでください、と、兄の前に書類を並べる。
「う、まてまて。こんなに俺一人で捌くのは無理だよ。また訴状が増えた。そうだな、ヴァーン皇子の裁判の一切合切はこのままローテローゼに任す」
「お兄さま!?」
「そうだな、宰相と議長に相談して、お前がこの件で俺と同等の権力を持てるようにしておく。訴状の中身が中身だから、男ではない方がいいだろうし。とは言え一人でやるのは大変だ。アナスタシアを引き続き補佐につける」
執務机で微笑みながらローテローゼに書類の束を渡すベルナールの横には、艶やかな美女がいる。
休憩しましょ、と微笑み、ティータイムの用意ができたと告げる。めでたく王妃となったアナスタシアであるが、メイドのような服装で執務室をせっせと整えて、仕事に忙殺されるベルナールとローテローゼの身の回りの世話をしている。
「こちらよ!」
ゾロゾロと、ソファーへと移動する。
スッキリした甘さの紅茶と、いちごとクリームが乗ったクレープ、さくさくの一口ビスケットが並んでいる。
美味しそう、と、ローテローゼの声が弾み、幼馴染四人で和やかに休憩がはじまる。
「ローテローゼさま、頑張ってあの腐れ外道を懲らしめましょう」
「はい、お義姉さま……!」
「おいおい、アナスタシア。ローテローゼに、さま、は要らないと思うぞ。……王妃の方が立場は上だ」
「長年の習慣と、ローテローゼさまをお支えしたいと思う気持ちは、そう簡単に変わりません」
「やれやれ……妻を妹にとられるとはね……」
「わたくしは元々、ローテローゼさまのお側役ですもの。今でもローテローゼさまの側近なのです」
カップを置いてぐっ、と両手で拳を握るアナスタシアの目には怒りの炎がメラメラと……である。
「あんな男ーー絶対許してはいけないわ。おんなの敵よ!」
「わかったからアナスタシア、座って」
「はい、ベルナールさま」
ベルナールの子を妊娠中のアナスタシアは、本来なら後宮の奥深くで手厚く保護されるはずなのだがーーアナスタシアが大人しくするはずもなく、毎日元気にローテローゼの仕事を手伝っている。
周りの人は不思議がるが、ヴァーン皇子の所業が絶対許せないと、訴状を読んで泣いていたアナスタシアの姿を知っているローテローゼは、アナスタシアの気がすむように取り計らっていた。
「さ、ローテローゼさま、休憩が終わったら、次の裁判の用意をしましょう」
「はーい」
仲良く連れ立って執務室から出て行く二人の背中に向かって、ベルナールとマティスは苦笑を向けた。
ヴァーン皇子は、未だにノワゼット王国の囚人である。
彼の父、エルージョン皇国の皇帝自らが、息子を取り返そうと乗り込んで来たがーーなんと、天候が味方したこともあってノワゼット王国の防衛成功、ヴァーン皇子の父も捕虜として滞在中である。
こうなるとローテローゼ一人の手には負えない。そのため、ベルナールとアナスタシアを駆け足でロウサンテまで迎えに行き、急いで連れ帰ったのである。
ローテローゼが立派に身代わりをつとめていたため、さほど混乱なくベルナールに引き継ぐことが出来たのだが、業務量がかなり多くなっていた。
「マティス、すまないね」
「は、何でしょうか」
山のような書類や書簡を手際よく整理しているマティスが穏やかにベルナールの方を向く。
「いや、ロウサンテからこっち、ローテローゼとゆっくり過ごせていないだろう? 結婚式の日取りもまだ決められていない」
「それはーーええ、構いません」
寄り道しながらロウサンテへの旅は、マティスとローテローゼにとってまさに甘い時間だった。
いろいろトラブルもあったのだが、二人きりの馬車では、ローテローゼが一日中マティスに甘えていた。食べたいものや見たいものを我慢することなく伝えて心を満たしていった。むろん、体の方も、暇さえあればマティスはローテローゼを抱いたし、ローテローゼからおねだりすることともあった。
さらにはーー危うく山賊に攫われかけるという事件があった。むろんこれは怒れるマティスが銀の光と化して敵を勇壮に斬り伏せた。ローテローゼはさらにマティスに惚れ込み、マティスは一生あなたを守り続けると真顔で告げた。
つまりロウサンテにたどり着くまでに、濃密な二人きりの時間を過ごしたのである。
「ローテローゼを、幸せにしてやってくれよ、マティス」
「はい、もちろんです……。陛下、結婚をお許しいただけるのですか?」
「ああ。反対する理由なんてない」
「ありがとうございます」
「これが結婚許可証だ。しかるべきサインを揃えて掲出の用意をしておくといい」
ベルナールの署名が書き入れられた紙を握りしめて、挨拶もそこそこにマティスが部屋を飛び出していく。
「やれやれ。俺の側近は落ち着かない奴らばっかりだ」
執務室の窓を開ける。
たちまち薔薇の香りが吹き込む。
「ローテローゼのドレス姿、楽しみだ」
ベルナールの朗らかな呟きが、青空へと吸い込まれて消えていった。
仮王の地位を兄に返還したため、ベルナールは名実ともにノワゼット王国の王として玉座に戻ってきた。が、実務レベルでは、はい返還さようなら、とはいかなかった。
「そうよね、知ってたわ……」
「悪いね、ローテローゼ」
「構いません、お兄さま」
ベルナールの執務室、まるで国王が二人いるかのようである。双子の間でマティスは右へ左へと忙しい。
「ときにローテローゼ」
「はい」
「俺もマティスも宰相も、男装を解いていいと思っているんだが……」
ローテローゼは小さい笑みを浮かべた。
「執務の際は、この方が落ち着くのです」
はいこれを読んでください、と、兄の前に書類を並べる。
「う、まてまて。こんなに俺一人で捌くのは無理だよ。また訴状が増えた。そうだな、ヴァーン皇子の裁判の一切合切はこのままローテローゼに任す」
「お兄さま!?」
「そうだな、宰相と議長に相談して、お前がこの件で俺と同等の権力を持てるようにしておく。訴状の中身が中身だから、男ではない方がいいだろうし。とは言え一人でやるのは大変だ。アナスタシアを引き続き補佐につける」
執務机で微笑みながらローテローゼに書類の束を渡すベルナールの横には、艶やかな美女がいる。
休憩しましょ、と微笑み、ティータイムの用意ができたと告げる。めでたく王妃となったアナスタシアであるが、メイドのような服装で執務室をせっせと整えて、仕事に忙殺されるベルナールとローテローゼの身の回りの世話をしている。
「こちらよ!」
ゾロゾロと、ソファーへと移動する。
スッキリした甘さの紅茶と、いちごとクリームが乗ったクレープ、さくさくの一口ビスケットが並んでいる。
美味しそう、と、ローテローゼの声が弾み、幼馴染四人で和やかに休憩がはじまる。
「ローテローゼさま、頑張ってあの腐れ外道を懲らしめましょう」
「はい、お義姉さま……!」
「おいおい、アナスタシア。ローテローゼに、さま、は要らないと思うぞ。……王妃の方が立場は上だ」
「長年の習慣と、ローテローゼさまをお支えしたいと思う気持ちは、そう簡単に変わりません」
「やれやれ……妻を妹にとられるとはね……」
「わたくしは元々、ローテローゼさまのお側役ですもの。今でもローテローゼさまの側近なのです」
カップを置いてぐっ、と両手で拳を握るアナスタシアの目には怒りの炎がメラメラと……である。
「あんな男ーー絶対許してはいけないわ。おんなの敵よ!」
「わかったからアナスタシア、座って」
「はい、ベルナールさま」
ベルナールの子を妊娠中のアナスタシアは、本来なら後宮の奥深くで手厚く保護されるはずなのだがーーアナスタシアが大人しくするはずもなく、毎日元気にローテローゼの仕事を手伝っている。
周りの人は不思議がるが、ヴァーン皇子の所業が絶対許せないと、訴状を読んで泣いていたアナスタシアの姿を知っているローテローゼは、アナスタシアの気がすむように取り計らっていた。
「さ、ローテローゼさま、休憩が終わったら、次の裁判の用意をしましょう」
「はーい」
仲良く連れ立って執務室から出て行く二人の背中に向かって、ベルナールとマティスは苦笑を向けた。
ヴァーン皇子は、未だにノワゼット王国の囚人である。
彼の父、エルージョン皇国の皇帝自らが、息子を取り返そうと乗り込んで来たがーーなんと、天候が味方したこともあってノワゼット王国の防衛成功、ヴァーン皇子の父も捕虜として滞在中である。
こうなるとローテローゼ一人の手には負えない。そのため、ベルナールとアナスタシアを駆け足でロウサンテまで迎えに行き、急いで連れ帰ったのである。
ローテローゼが立派に身代わりをつとめていたため、さほど混乱なくベルナールに引き継ぐことが出来たのだが、業務量がかなり多くなっていた。
「マティス、すまないね」
「は、何でしょうか」
山のような書類や書簡を手際よく整理しているマティスが穏やかにベルナールの方を向く。
「いや、ロウサンテからこっち、ローテローゼとゆっくり過ごせていないだろう? 結婚式の日取りもまだ決められていない」
「それはーーええ、構いません」
寄り道しながらロウサンテへの旅は、マティスとローテローゼにとってまさに甘い時間だった。
いろいろトラブルもあったのだが、二人きりの馬車では、ローテローゼが一日中マティスに甘えていた。食べたいものや見たいものを我慢することなく伝えて心を満たしていった。むろん、体の方も、暇さえあればマティスはローテローゼを抱いたし、ローテローゼからおねだりすることともあった。
さらにはーー危うく山賊に攫われかけるという事件があった。むろんこれは怒れるマティスが銀の光と化して敵を勇壮に斬り伏せた。ローテローゼはさらにマティスに惚れ込み、マティスは一生あなたを守り続けると真顔で告げた。
つまりロウサンテにたどり着くまでに、濃密な二人きりの時間を過ごしたのである。
「ローテローゼを、幸せにしてやってくれよ、マティス」
「はい、もちろんです……。陛下、結婚をお許しいただけるのですか?」
「ああ。反対する理由なんてない」
「ありがとうございます」
「これが結婚許可証だ。しかるべきサインを揃えて掲出の用意をしておくといい」
ベルナールの署名が書き入れられた紙を握りしめて、挨拶もそこそこにマティスが部屋を飛び出していく。
「やれやれ。俺の側近は落ち着かない奴らばっかりだ」
執務室の窓を開ける。
たちまち薔薇の香りが吹き込む。
「ローテローゼのドレス姿、楽しみだ」
ベルナールの朗らかな呟きが、青空へと吸い込まれて消えていった。
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