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:デートもままならないー2:
しおりを挟む宮廷騎士マティスは、城内を歩きながら笑いを堪えていた。
先ほどからずっと己の後ろをついて歩き、廊下を曲がるたびに小走りでついてくる者がある。
わざと立ち止まってみれば、足音も慌てて止まる。そして回れ右をすれば「わ!」と小さな声。
「先ほどから、バレバレですよ」
一呼吸ほど置いて、廊下に飾ってある甲冑のかげから金髪が覗いた。続いて、緑の目が覗く。
「やっぱり、バレてた?」
「もちろんです。ローテローゼさま……いえ、陛下、どうなさったのですか?」
ぱあっと眩しい笑顔で駆け寄ってきた美青年――いや、男装の国王は、マティスの腕に飛びついた。その体を抱きしめて、素早くキスをする。
そしてすぐに体を離して何事もなかったかのように歩き始める。
「あの、ローテローゼさま」
「ん?」
「もうベルナールさまの身代わりである必要はないから男装する必要はないと思うのですが……」
「それがね、なんとなくこの方が落ち着くから、しばらくはこのままでいいかなぁと思って」
「そうですか……」
すっかり男装が板についているローテローゼ、このごろは王らしさというか、王としての風格が備わってきた。そのため、時折、ローテローゼがベルナールに見えることがある。見た目だけではなく、実務も滞りない。所詮は王女だと侮っていた一部の大臣たちが、恐れを成すほどであった。
「宰相が、午前中頑張ったから少し早めにお茶にして良いって。マティス、一緒にアフタヌーンティーどう? マティスのお母さまと一緒にマフィンを焼いたの」
「いいですね。ちょうどわたしも休憩時間、陛下をお探ししていたところです」
ローテローゼが、やった、と微笑む。
「じゃあわたし、着替えるわ。わたしの私室の方へ」
「はい」
自然と、隣に並んで歩く。しかし城内ではあくまで『王と護衛の騎士』であるため、適度な距離を保たねばならない。その微妙な距離が、二人にはもどかしい。
ちょん、と、ローテローゼが手の甲でマティスの手に触れた。
「陛下?」
「あ、あのね? ちょっとだけ、手、繋がない? ここ、ほとんど人が通らないし……」
ウロウロと視線は泳ぎ恥じらい、いかにも必死、といった感じである。それがまた、マティスにとってはたまらなく愛おしい。
「……そこの角を曲がったら、大きな廊下ですからそこまでですよ?」
「はいっ!」
マティスが差し出した手に、ローテローゼが飛びつく。
「嬉しい!」
「手をつなぐくらいで、喜ばないでください」
そういうマティスも、頬が緩んでいる。思えば手をつなぐのも、久しぶりなのである。ローテローゼの手は白くて小さくて柔らかい。しかしこの手が、国を守っているのだ。
「陛下、本日のお茶は、どこでしましょうか?」
「薬草園に行きたいの」
「薬草、ですか?」
「ええ。城下のはずれに腕のいい若い薬師がいるらしいの。うちにはいま、薬師がいないでしょう? 本当に腕が良いなら雇おうかと思って……」
承知いたしました、と、マティスが微笑む。
「じゃあマティス、着替えてくるからちょっと廊下で待っててね」
「はい」
私室は、常に兵士が控えている。それでも不審者がいないかどうかざっと点検するのはマティスの役割。ローテローゼが入室したあとは、王の部屋の前で、騎士らしく警護につく。
「若い薬師、ねぇ……」
城下にそんな人物はいただろうか。マティスの情報網にそのような人物はひっかかっていない。
「下調べしておこう……厄介ごとの匂いがする」
城内に厄介ごとは持ち込むなと、宰相にさんざん言われている。
ただでさえ、ヴァーン皇子の裁判、兄ベルナールの釈放要請準備、仮王としての日常業務――と、ローテローゼの一日は忙しい。
「マティス、お待たせ!」
扉が開いて顔を出したローテローゼは、女王というよりレディだった。
「ローテローゼさま、お綺麗です」
はやりの、裾と肩がたっぷり膨らんだピンクのドレスを着て、メイクも施してもらったらしい。ヘアスタイルも丁寧にブラッシングをしたあと全体を複雑に結い上げてある。
「マティスさま、ローテローゼさまをよろしくお願いいたします」
二人のメイドが、頭を下げた。
「では、参りましょう、姫」
「はい」
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