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:デートもままならないー1:

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 一年を通して薔薇が咲き誇るのんびりとした王国ノワゼット王国。
 そこの王女ローテローゼは紆余曲折の末『仮王』として正式に玉座に座ることになってしまった。
 それもこれも、駆け落ちした双子の兄――ベルナール国王、彼こそが本当の王である――が、ちっとも駆け落ち先から帰ってこないからである。


「恋物語としてこれまでを語るにはあまりにも陳腐よね、宰相」
 執務机に頬杖をつき、飾られた薔薇の花をそっと摘むローテローゼは、不満顔だ。
「……さようでございますな」
 正確には、兄のベルナールは帰りたくても帰れない。
 なにせ、いったい何をしたものかスパイ疑惑をかけられた上に、国王であると信じてもらえず、しかるべき人が迎えに来るまで出国させられないとまで言われてしまったのだ。
「はやくお兄さまをお迎えに行きたいわ……忙しくて大変よ!」
 執務机の上に、どん! と積まれた書類の山。ひっきりなしに届けられる、書簡の山。
「陛下、頑張りましょう」
 その傍らには護衛兼婚約者である宮廷騎士・マティスの姿がある。

 仕事も恋も一歩前進であるかに思われたのであるが――。

 二人の仲は、睦まじい。阿吽の呼吸である。王様業も、宰相と元老院議長、大臣たちがよく手助けしてくれるため、大きな失敗はない。
 つまりはさまざまな関係が良好であるわけで、通常ならば「是」とされることである。
 しかし、いい顔をしない男が居た。
 言うまでもない、宰相である。
「ローテローゼさま、公私の区別はきっちりしていただきますぞ!」


 宰相が、お説教するタイミングを見計らうことわずか五日。
「マティス! そなた、朝議の前にローテローゼさまを気絶させるとは何事か!」
「申し訳ございません……」
 王の私室、項垂れる二人――しかもローテローゼの服装は、ナイトドレスがはしたなく乱れて首筋には唇の痕までついている――に向かって、宰相は厳かに告げた。
「大変申し訳ございませんが――ややこしい事態を回避すべく、子作りはしばらくご遠慮いただきたい」
「え!?」
 絶句したローテローゼだが、すぐに事態を察したらしい。重々しい吐息を漏らした。
「そうよね……正式な王であるお兄さまの子と、仮の王だけど全権預かっているわたしの子、どちらが王位継承権優先なのかわからないものね」
「ご理解がはやくて、助かります」
 国中の書庫や古文書をひっくり返して調査したがそれに関しての記述は見当たらなかった。
 当たり前である。
 仮王が立つというだけでも前例は少なく、さらに仮王在職中に子をもうけた例はない。もれなく仮王退位後に家庭を持っている。
 前例がないことをするとややこしくなるばかりだから、というのが宰相の言い分だ。
 これに憤慨したのは、マティスだった。
「ベルナールさまのせいで、俺たちの人生が振り回されっぱなしだ!」
「まぁ、お兄さまを国に連れ帰ってくるまでの間、ほんの少しよ。我慢しましょ」
 そうしてください、と、宰相が頭を下げる。
「頑張りましょう、ね? マティス」
 言いながらローテローゼが、マティスの唇にキスをした。ちゅ、と可愛らしい音がする。
「すっかりキスがお上手になりましたね、陛下……」
「マティスのおかげでね?」
 マティスはぎゅっとローテローゼを抱き寄せた。マティスの手がするするとローテローゼの胸のふくらみを揉む。
「もうっ。いま、ダメって言われたばかりでしょ」
「ダメと言われるとやりたくなる」
 マティスがローテローゼの肌に舌を這わせ、甘ったるい雰囲気になる。すかさず、宰相の額に血管が浮いた。
「ええい、離れなさい。これから仮王陛下としての多忙な一日が始まるのですぞ! 人前では慎みを持って! よろしいですな?」
 はい、と、二人は揃って頷いた。
「では、ローテローゼ女王、民が朝の挨拶を待っておりますのでバルコニーで挨拶を……と、その前に、お召し替えを」
「は、はい」
 宰相が素早く手を叩く。すぐに、侍女が数人飛び込んできた。
「女王陛下の着替えを頼む。肌の露出は少なめに」
 承知いたしました、と四人のメイドが頭を下げる。
「マティス、貴様はお召替えについて行かなくていいのだ。ここにいるように」
「……はい」
 後でね、と、ローテローゼは笑顔で立ち去る。その華奢な背中を、マティスと宰相は頭を下げて見送った。

 いつぞやのベランダに、ローテローゼとマティス、宰相の三人で立つ。
「陛下、女王陛下お披露目パーティーの日程が決まりました」
「え!? わたしは仮の王だから、民はそれほど期待していないと思うのだけど……それでも、お披露目しないとダメなのかしら?」
「はい。民に、というか国内外にベルナールさまの代理としてローテローゼさまがしっかり立っていることを知らせねばならないのです」
「そうなのね……」
 今日のローテローゼは、仮とはいえ女王らしく華やかなドレスに身を包んでいる。どこからどう見ても立派なものであるが、本人はひどく不安そうだ。
「ご立派ですぞ、ローテローゼさま」
「さ、陛下。もう一歩前に出て、手を振ってあげてください」
 マティスに促され、ローテローゼは一歩踏み出した。
 窓の下は色とりどりの薔薇が揺れ、多くの民がローテローゼさま万歳、と叫ぶ。それをみて、ようやく少し、安心したらしい。
「嬉しい……お兄さまがお戻りになられるまで、しっかり玉座を守ります」
 ローテローゼは満面の笑みで、民に手を振った。
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