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:外道は許しません―7:

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 大剣を地面にぐさりと突き刺したヴァーン皇子は、大きく舌なめずりをした。それはまるで狙い定めた獲物を甚振る獰猛な獣そのものである。
 にたり、と笑ったヴァーン皇子は、どこからか取り出した短剣を三本、いきなり投げた。
「な、なに!?」
 まっすぐに飛んだそれらは、マティスのマントを壁に縫い付けてしまった。
「ひゃっはー! 磔の騎士、気分がいいぜ。さて、次はこれを見ろ」
「なんだ、それは……破片か?」
 ぴゅうっと口笛を吹いた皇子が、手にした小さな欠片をマティスに向かって投げた。
「おおっと……目玉を狙ったが外れたか」
「……くそっ」
「逃げてもいいんだぜ? 海の向こうの国の飛び道具――鉄片っていうんだがな、これがお前を次々と襲う」
 ひゅんひゅん、と投げられたそれらは、正確にマティスの頬を掠めて壁に突き立つ。マティスの頬に、血の線がつうっと何本も走る。
「いいねぇ。血も滴るいい男、ってやつだ。ローテローゼはどんな顔をしてんのかな? こっから見えねぇのが残念だ」
「汚らわしい。御名を軽々しく呼ぶな」
「ふん、お前は一事が万事気に入らねぇ……どうやって甚振りながら殺そうかな……衆人環視、お前を犯すのも良いよなぁ……気高い騎士様が男に犯される。民は喜ぶだろう」
「反吐が出る。節操のない下半身だことで……」
 言いながらマティスが、反動をつけて自分の体を壁から引きはがした。びりびりとマントや衣服が破れるが気にすることなくそのままヴァーン皇子に飛びかかった。
「甘ぇんだよ!」
 ロクに動くこともなく、腰から細身の剣を引き抜いた皇子が、マティスの腕を斬りつけようと振り回した。
「ちっ……あぶない。いくつ武器を持ってるんだか……」
「ふん、ガードしたか。なら、これはどうだ」
 互いに胸ぐらを掴み揉み合いになり、地面をゴロゴロと転がる。さらに訳の分からない飛び道具が取り出され、唸りを生じてマティスに襲い掛かる。防戦一方で無防備になったマティスの背中に、皇子の握った短剣が突き刺さった。
「ぐっ……」
「やれやれ。俺が本調子だったなら、こんな男はとっくに首と胴体が離れてるんだが……さすがに体が思うように動かねぇぜ」
 そういいながら皇子は再び白い錠剤をバリバリと噛み砕く。
「ぐ、う……俺は、負けるわけには……いかない……」
 マティスが皇子を地面に組み伏せる。
「うるせぇよ。ローテローゼを俺にやると言えば許してやろう……」
「断る!」
「ああ!? 糞餓鬼が!」
 体格に物を言わせてマティスを振り払ったヴァーン皇子が立ち上がる。
「気が変わった。すぐに殺す。死ね!」
「やれるものならっ……」
 皇子の怒気が膨れ上がったところで審判が笛を吹いた。真ん中に戻って来いと、呼んでいる。観覧席から物言いがついたのだろう。これに従わないと、退場させられてしまう。
 マティスもヴァーン皇子も、それぞれの得物を手に、しぶしぶ中央に戻る。
 そして審判は、ヴァーン皇子に向かって赤いカードを提示した。
「んあ? なんだそれ」
「申告されていない武器を使用した。ルール違反、警告……」
 審判の声は、途中で途切れた。ヴァーン皇子が無表情のまま審判の首を刎ねてしまったのだ。それまで囃し立てていた観客も、一気にブーイングになる。
「貴様! なんと言うことを! 絶対に許さない……」
「うるせぇよ。俺はお前を殺し、ローテローゼを堂々と犯すためにここにいるんだ……」
「そんなことをはさせない! お前を倒す! 被害に遭った多くの女性たちのためにも!」
 マティスが、雄叫びを上げながら猛攻撃に出た。
「お……くそっ……鬱陶しい小僧だぜ」
「く、お……絶対に許さない……」
 きん、がいん、と、鋼と鋼がぶつかる鈍い音がする。二人の体がくるくると入れ替わり、まるで舞っているようですらある。
 マティスの剣の切っ先が皇子の胸を斜めに掠めた。じわり、血が滴る。
 綺麗な太刀筋のマティスと、不規則で筋の読みにくいヴァーン皇子、だが、マティスは変幻自在なヴァーン皇子に惑わされることなく、ヴァーン皇子をじりじりと追い詰める。切っ先で右の手首を切り、左の太ももを刺す。確実に、皇子の動きを封じていく。
「く、う……」
 ヴァーン皇子が初めて苦し気な声を漏らした。
 もちろん、マティスの手足も胴も、あちこち斬られて血が流れている。瞼の上がピピッと切れ、流れた血が目に入る。それを、腕で乱暴に拭う。
「……ヴァーン皇子、負けを認めよ。女性たちに謝罪し、然るべき償いをする。そして二度と女性をひどい目にあわせないと約束しろ」
「誰が……」
 にたり、と、ヴァーン皇子がイヤな笑いを浮かべた。
「お前な……気取りかえった女をねじ伏せて、嫌がって泣く女を力任せに自分のものにする。絶望に染まった顔。あれがたまらねぇんだよ……」
 マティスが、心底嫌そうな顔をした。
「皇子……どこか狂っている」
「なんとでも言うがいいさ。とにかく俺は、好きにさせてもらうぜ」
 瞬間――観客は信じられないものを見た。
 縺れ合っていた二人が居た場所から、大きな破裂音とともに煙が立ち上った。
「な、なんだ!?」
 観客席から悲鳴があがり、そのあとすぐに、静まり返った。
 VIP席から試合を見ていたローテローゼや宰相も、思わず立ち上がった。カタリナは見ていられなかったのか、両手で顔を覆ったままだ。
 地面に倒れ伏した二人は、ピクリとも動かない。
「……火薬を使いやがった……くそ、どっちが使いやがったんだ?」
 闘技場内に、医師団が雪崩れ込んできた。担架で二人が運ばれていく。
「医務室へ行く。ついてこい」
 険しい表情のローテローゼに、宰相や騎士団が無言で続いた。
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