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:外道は許しません―3:
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翌日早朝、黒髪のウーリ姫とローテローゼたちは、皇子の部屋に呼びつけられていた。
「そこの姫、訴えとやらをきいてやってもいいぞ」
尊大にふんぞり返ってはいるが、ヴァーン皇子はボロボロだった。目の周りと頬には殴られたような痣があり、両手は後ろ手に括られている。額にも口元にも血のにじむガーゼが貼り付けられていてなかなか痛々しい。
そしてその傍には、鬼の形相の乳母タターニャ。
何があったのかなど聞くまでもない。昨日ローテローゼにした仕打ちを、きつくしかられたのだろう。
ウーリ姫本人が勇気を振り絞って皇子に訴状を突きつけた。
「わたくしは食堂からの帰り道に無理矢理ビリヤード室に連れ込まれました。そこで、ビリヤード台に押し付けられて……純潔を奪われました。許しがたい所業ですわ! 傷害罪、強制猥褻、精神的苦痛に対する慰謝料を請求いたします」
突きつけられた訴状を読んだ皇子が首を傾げた。
「おい、精神的苦痛の額が他国と比べてやたら大きいぞ? どういうことだ」
それについては、ノワゼット国の宰相が手元の書類を見ながら説明した。
ウーリ姫は、国に婚約者が待っている。結婚するまでは処女と童貞であることを非常に重んじるお国柄である。そんな国の王女が見知らぬ男に処女を奪われた。それを彼にどう説明したらいいのか、と、彼女は泣く。
「ん? ああ、お前のことをやっと思い出したぞ。確かに……その大きな胸が俺を誘ったんだ。揉んでくれ、ってな。それでビリヤードのスティックでスカートをめくりあげたり、股間や胸をツンツン突いて喜ばせたりしてあげたんだったね」
「喜んでなどおりません」
「そう、ずっと泣いて怒ってばかりで興醒めだったから、スカートをめくりあげて後ろから一気に貫いてやった。締りが抜群だが、抵抗が激しい。媚薬を飲ませて肉粒をいやらしく捏ねまわしているうちに蜜がどんどん出てきて……あれなら、婚約者も満足するだろう」
あまりにもあんまりな言い分である。彼女は赤くなったあと青ざめ、あふれる涙を拭って二枚目の訴状を読み上げた。
「わたくしのメイドは――五日前、空き部屋に連れ込まれ、豊満な厭らしい胸だと散々捏ね繰り回されたあと、強引に下着をはぎ取られて無理矢理貫かれた、と。処女ではなく既婚者だと知ると、何度も何度も様々な体位で結合させられ、解放されたのは何時間も経過してからであった、と」
「ふうん、あの淫乱なメイドはきみの侍女だったのか。じゃあ、主従まとめて側室にしてやろう、どうだ? 小さな国だろう? 我が国の後ろ盾はあっても困らないはずだ。さ、これで解決。さっさと部屋に戻りたまえ」
「お断りよ! 我が国は、ヴァーン皇子に謝罪と損害賠償を請求致します」
「ふうん、わかったわかった。俺の副官が戻り次第、お前たちの部屋に派遣する。詳しい話は副官と、ここの婆としてくれ」
「副官どのはどちらに?」
ローテローゼが尋ねると、皇子は肩を竦めた。
「一人はヒステリックに泣き喚く女を、宥めすかしながら部屋まで送り届けている。さほど大きくない国の女だ、放っておけばいいものを……」
その状態で放っておける無神経な人間はヴァーン皇子くらいのものだろう。一同が思わずため息を吐く。
「もう一人は、タターニャが勝手に俺の家に小遣いを取りに戻らせた。今ごろ海の上だ」
「……は? お家にお小遣い?」
「ああ。損害賠償とかの金を国庫ではなく俺個人の資産から払えとタターニャが言うから金をとりに戻らせた。なに、この程度のはした金、俺にとっては痛くも痒くもない額だがな」
しゅ、と、風を切る音がし、パン、と小気味よい破裂音がした。ヴァーン皇子が自分の頬を抑えた。
「小娘、このヴァーンさまの頬を打ったな?」
「当たり前ですわ、この外道!」
ウーリ姫の黒い髪とまつげが、怒りに震えている。二発目を打ちそうなその手を、ローテローゼはそっと抑えた。
「ベルナール陛下! はなしてください。もっと打たないと気がすみません!」
「姫、落ち着いて……」
「いいえ、いいえ! 殺したいくらいよ!」
ローテローゼが目線で合図すると、控えていたカタリナが出てきて姫を皇子の部屋から連れ出した。
「ヴァーン皇子、言動を慎みなさいとあれほど!」
タターニャが烈火のごとく怒るが、当の本人はどこ吹く風だ。にやり、と、嫌な笑いを頬に貼り付ける。
ローテローゼがすぐに部屋から出ようと扉に手をかけるが、皇子の方が一瞬早かった。
マティスが守ろうと動くよりも早く、ローテローゼを掬い上げ、壁に押し付けた。
「捕まえた」
「陛下!」
マティスが腰の剣を抜く。
「騎士、剣を下ろせ。さもなきゃこの女を殺す!」
マティスが、悔しそうに剣を下ろす。
「――ローテローゼ、何事もなかったかのように執務に励んでいて立派だ。ところでお前は俺の申し出を断るんだな?」
男装を脱がせようとするその無礼な手を、ローテローゼはぎゅっと掴んだ。ローテローゼの手は小さく震えている。
が、はっきり告げた。
「お断りいたします。王女ローテローゼは、宮廷騎士のマティスと結婚します」
「そこの姫、訴えとやらをきいてやってもいいぞ」
尊大にふんぞり返ってはいるが、ヴァーン皇子はボロボロだった。目の周りと頬には殴られたような痣があり、両手は後ろ手に括られている。額にも口元にも血のにじむガーゼが貼り付けられていてなかなか痛々しい。
そしてその傍には、鬼の形相の乳母タターニャ。
何があったのかなど聞くまでもない。昨日ローテローゼにした仕打ちを、きつくしかられたのだろう。
ウーリ姫本人が勇気を振り絞って皇子に訴状を突きつけた。
「わたくしは食堂からの帰り道に無理矢理ビリヤード室に連れ込まれました。そこで、ビリヤード台に押し付けられて……純潔を奪われました。許しがたい所業ですわ! 傷害罪、強制猥褻、精神的苦痛に対する慰謝料を請求いたします」
突きつけられた訴状を読んだ皇子が首を傾げた。
「おい、精神的苦痛の額が他国と比べてやたら大きいぞ? どういうことだ」
それについては、ノワゼット国の宰相が手元の書類を見ながら説明した。
ウーリ姫は、国に婚約者が待っている。結婚するまでは処女と童貞であることを非常に重んじるお国柄である。そんな国の王女が見知らぬ男に処女を奪われた。それを彼にどう説明したらいいのか、と、彼女は泣く。
「ん? ああ、お前のことをやっと思い出したぞ。確かに……その大きな胸が俺を誘ったんだ。揉んでくれ、ってな。それでビリヤードのスティックでスカートをめくりあげたり、股間や胸をツンツン突いて喜ばせたりしてあげたんだったね」
「喜んでなどおりません」
「そう、ずっと泣いて怒ってばかりで興醒めだったから、スカートをめくりあげて後ろから一気に貫いてやった。締りが抜群だが、抵抗が激しい。媚薬を飲ませて肉粒をいやらしく捏ねまわしているうちに蜜がどんどん出てきて……あれなら、婚約者も満足するだろう」
あまりにもあんまりな言い分である。彼女は赤くなったあと青ざめ、あふれる涙を拭って二枚目の訴状を読み上げた。
「わたくしのメイドは――五日前、空き部屋に連れ込まれ、豊満な厭らしい胸だと散々捏ね繰り回されたあと、強引に下着をはぎ取られて無理矢理貫かれた、と。処女ではなく既婚者だと知ると、何度も何度も様々な体位で結合させられ、解放されたのは何時間も経過してからであった、と」
「ふうん、あの淫乱なメイドはきみの侍女だったのか。じゃあ、主従まとめて側室にしてやろう、どうだ? 小さな国だろう? 我が国の後ろ盾はあっても困らないはずだ。さ、これで解決。さっさと部屋に戻りたまえ」
「お断りよ! 我が国は、ヴァーン皇子に謝罪と損害賠償を請求致します」
「ふうん、わかったわかった。俺の副官が戻り次第、お前たちの部屋に派遣する。詳しい話は副官と、ここの婆としてくれ」
「副官どのはどちらに?」
ローテローゼが尋ねると、皇子は肩を竦めた。
「一人はヒステリックに泣き喚く女を、宥めすかしながら部屋まで送り届けている。さほど大きくない国の女だ、放っておけばいいものを……」
その状態で放っておける無神経な人間はヴァーン皇子くらいのものだろう。一同が思わずため息を吐く。
「もう一人は、タターニャが勝手に俺の家に小遣いを取りに戻らせた。今ごろ海の上だ」
「……は? お家にお小遣い?」
「ああ。損害賠償とかの金を国庫ではなく俺個人の資産から払えとタターニャが言うから金をとりに戻らせた。なに、この程度のはした金、俺にとっては痛くも痒くもない額だがな」
しゅ、と、風を切る音がし、パン、と小気味よい破裂音がした。ヴァーン皇子が自分の頬を抑えた。
「小娘、このヴァーンさまの頬を打ったな?」
「当たり前ですわ、この外道!」
ウーリ姫の黒い髪とまつげが、怒りに震えている。二発目を打ちそうなその手を、ローテローゼはそっと抑えた。
「ベルナール陛下! はなしてください。もっと打たないと気がすみません!」
「姫、落ち着いて……」
「いいえ、いいえ! 殺したいくらいよ!」
ローテローゼが目線で合図すると、控えていたカタリナが出てきて姫を皇子の部屋から連れ出した。
「ヴァーン皇子、言動を慎みなさいとあれほど!」
タターニャが烈火のごとく怒るが、当の本人はどこ吹く風だ。にやり、と、嫌な笑いを頬に貼り付ける。
ローテローゼがすぐに部屋から出ようと扉に手をかけるが、皇子の方が一瞬早かった。
マティスが守ろうと動くよりも早く、ローテローゼを掬い上げ、壁に押し付けた。
「捕まえた」
「陛下!」
マティスが腰の剣を抜く。
「騎士、剣を下ろせ。さもなきゃこの女を殺す!」
マティスが、悔しそうに剣を下ろす。
「――ローテローゼ、何事もなかったかのように執務に励んでいて立派だ。ところでお前は俺の申し出を断るんだな?」
男装を脱がせようとするその無礼な手を、ローテローゼはぎゅっと掴んだ。ローテローゼの手は小さく震えている。
が、はっきり告げた。
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