身代わりで男装した王女は宮廷騎士の手で淫らに健気に花開く

酉埜空音

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:束の間の休息―5:

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 その日はそのまま――特に二人の仲が進展することなく、帰路に就いた。

 ローテローゼは始終、隙だらけだった。公園についてからすっかりリラックスしてマティスに素直に甘えてくる。年頃の女の子らしい可愛い一面に、マティスの頬が緩みっぱなしである。
 もちろんマティスは己の欲望を満たそうと思えば出来たのだが、やはり、ローテローゼの『心』を考えるとそれは到底できないことだった。ローテローゼが元気で居てくれるなら一生抱けなくてもいいと思っている。
「あ、マティス! 馬車がお迎えに来てるわ」
「帰りましょう」
「……そうね」
 二人、馬車へとゆっくり歩く。
「ローテローゼさま、マティスさま、おかえりなさいませ」
 馬車のドアを開けたカタリナが、嬉しそうに迎えてくれる。
「カタリナ、楽しかったわ!」
「それはよかったですわ」
「なあカタリナ、あそこはいい場所だ。人がぜんぜん来ない。さてはお前、お相手と――」
「きゃー、マティスさま、それ以上は野暮というものですよ」
 賑やかな三人をのせて、馬車は少し急ぎ気味に走る。
「ローテローゼさま、これを買っておきました」
「なあに?」
「ビスケットです。我が国のレディたちは、一度デートを終えたら女友達同士で集まってビスケットと紅茶を頂くのが習慣なのです。その雰囲気だけでも……」
「不思議な習慣ね。これは町でみんな買ってるの?」
「買っても良いですし、誰かが焼いたものを持ってくることもあります」
 さく、と、ローテローゼがビスケットを齧る。ざくざくとした食感と香ばしい穀物の風味に思わずローテローゼも笑顔になる。
「美味しいわ」
「これを食べながら……女同士で情報交換、敵情視察といったところでしょうか」
「そうよね……社交界は、適切な結婚相手を探す場だものね……。マティス、男性はどうするの?」
「そうですね、男たちはビールやワインを飲みながらカードやビリヤードをします」
 御者台にいた男が、くるりと振り向いてポケットから出したカードをマティスに渡した。
「お、いいな。御者、一戦どうだ? 実はビールも買ってあるんだ」
 マティスと御者が『男同士の話』をはじめる。
 そしてカタリナが、手綱を握っている女性にもビスケットを渡す。
 不思議な高揚感と一体感で馬車の中は満たされた。
「ふふ、楽しい」
 頬を緩めたローテローゼが小さく呟いた。

 急いで帰ってきたものの門をくぐった時は閉門時間ぎりぎりで、宰相がやきもきしながら玄関で待ち受けていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、宰相!」
「ローテローゼさま、楽しかったですかな?」
「うん、ありがとう! わたし、幸せよ」
 あわただしくカタリナや御者たちと別れ、ローテローゼもマティスも、日常生活に戻っていく。
「ローテローゼさま、申し訳ないのですが至急見ていただきたい書類がございます」
「わかったわ。国王の執務室へ持ってきて頂戴。着替えたらすぐに行くわ」

 ローテローゼは私室に飛び込み手早く男装し、国王の執務室へと足を運ぶ。
 宰相はまだ来ていないらしい。珍しく、執務室に一人になった。
 晩さん会などの公式行事はしばらくはないが、後宮へ出向いて両親に事の次第を説明しなければならないし、書類も山のようにある。
 さらに、囚われの身となっている兄の処遇について書類を用意したり追加調査を指示したり、自称先王の異母兄の事件も精査しなければならない。
「書類が山積み……」
 それらを処理するために、シャツの袖をくるくるとまくり上げ、羽ペンと王の印を手元に引き寄せる。
 書類に目を通し、必要があれば質問点を書き出して官に戻す。よいと思えばサインをして印を捺す。
 すっかり慣れたこの一連の動作に、思わず苦笑がこぼれる。
「ええっと……最初にこれを捺したのは戴冠式直前だったわね……」
 戴冠式直前だというのに兄ベルナールが駆け落ちしてしまい、それを隠すために、身代わりになった。
 それからさほど日数は経っていないはずだが、いろいろなことがあった。
 一人になると、思い出す。
 自分に向けられた殺意。突きつけられた武器。
 そして、ヴァーン皇子の舌や指。なぞられた感触が生々しく蘇ってくる。側室になれと迫られた言葉が脳裏を渦巻く。
「や……だ……」
 さっきまでマティスと一緒に、あんなに楽しかったのに。幸せだと思ったのに。
「やっぱりわたしは……楽しんではいけないのよ……マティスのお嫁さんになんて……」
 執務机に突っ伏して体を小さく丸める。
 その拍子に、机に積みあがっていた書類がどさりと床に落ちた。
「いけない……どこまで読んだか、わからなくなっちゃう……」
 それらを拾って、あわてて机に置きなおす。
「ええっとこれは……ノワゼット国王宛の書簡ね……」
 国王。その単語にドキリとする。
「そう、わたしは……国王じゃないの……王女なの……」
 真っ黒い靄に、全身が包まれる。それらを振り払い立とうとしたが膝に力が入らず床に崩れ落ちる。
 からん、と、御璽が机から滑り落ちてきた。それを素早くキャッチする。
「……でもわたしは……身代わりだけど国王なのよね……これを預かる……。しっかりしなくちゃ……国を、ちゃんと……」
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