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:束の間の休息―4:
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ゴロツキたちが連行されていったあと、床に散らばった宝飾品を片付けているローテローゼの動きがとまった。
「レディ? 気に入ったものがおありですか?」
「店長さん、あの、わたし、これがいい……」
ローテローゼの目が釘付けになったのは、ゴールドのリングだった。
細身のリングに薔薇のモチーフが二つ付いている。この国ではさほど珍しいデザインではない。が、ほう、と店主が呟く。
「ね、カタリナ、来て来て!」
「はい、ただいま」
「これ、可愛いと思わない?」
「あ、可愛いですね。ローテさまによくお似合いだと思います。店長、この石は一つはダイヤモンドですよね? もう片方は?」
「左様でございます。片方は薔薇の花の真ん中にダイヤモンドが埋められ、もう一つの薔薇には明るいガーネットがついております」
店主が言いながら、リングをローテローゼの前にきちんと置いた。シンプルな造りである。が、力強さと不思議な気品が漂っている。
「不思議……妙に惹きつけられるわ」
お見事です、と、店主が驚きともつかない息を漏らした。
「王女……いえ、お嬢さまはお目が高いですね。こちらの商品は、現国王陛下ベルナールさまの御祖母さまが王女時代にご自身でデザインされたものですよ」
「まぁ、おばあさまが! 知らなかったわ……。おばあさまは普段使いにこれを?」
「いいえ、婚約指輪であったと聞いております」
素敵、と、ローテローゼとカタリナの声が揃った。
「可愛らしいデザインであった事と、薔薇に埋める石を変えることで自分の好みに寄せることができること、それから当時の王女殿下のご希望でお値段がかなり抑えられたこともあり、あっという間に我が国のレディたちの間で広まりました」
「わたし、これにするわ! いいかしら?」
ローテローゼがマティスとカタリナを見る。その瞳がいつになく輝いている。
「きみが気に入ったのなら、俺はどれでも構わないよ」
「では……これをください……」
「ありがとうございます」
支払いについてマティスが店主と相談している間、カタリナとローテローゼはほかのジュエリーを見ていた。
「カタリナ、あなたはどんな指輪が好きなの?」
「わたくしですか? わたくしは……細身でシンプルなものが好きです。やはり、働きますから……」
「もしかして、リラの花、好き?」
「あ、はい! でも、どうしてそれを?」
「さっきから、ずっと見つめていたものね、これを……」
二人の視線が、一つの指輪に注がれる。
「ローテさま、きっと、花びらが全部ダイヤモンドですよ」
「ええ、すごく……高そうね……。でもカタリナにはよく似合うと思うわ」
「……どんな方が、これを買っていくのでしょう?」
「きっと……ごく一部の大金持ちよ。カタリナ、知ってる? この国には、王家以上のお金持ちがごろごろ転がってるのよ」
「ええ、知っています。宰相さまが、私腹を肥やすことに忙しい連中をどうにかしなくてはならないと、よく顰め面になっています」
「宰相はお家の中でもあんな感じなの?」
「そうなんです」
二人が楽しそうに笑い合っているところへ、マティスと店主がやってきた。
「レディが二人、艶やかですね」
「あら、マティス、お会計は終わったの?」
「はい。予算内におさまりました。指輪ですが、微調整をお願いしました。数日かかるそうですので、仕事の合間に俺が取りに来ます」
「わかっったわ。お願いね」
ジュエリーショップから飛び出し、次はマティスの服を買いに行く。そこでもやはり、宰相の手が回っていたと見え、ささっと買い物は済んだ。
「素早く済んで助かりましたね」
「ほんとね。――ねぇ、カタリナ、この後なんだけど……」
返事がない。
「あれ? カタリナ? 大変! いなくなっちゃたわ」
一つ苦笑を浮かべたマティスは、ローテローゼの手を取って公園の方向へ歩き出した。
「待って、マティス……カタリナがっ……!?」
大丈夫、と耳元で囁き、指と指を絡めて、手をつなぐ。それだけのことで、ローテローゼの顔は真っ赤になった。ぷっ、とマティスは思わず吹き出した。
「ローテローゼさま、可愛い」
「やだ、もう、何よ急にマティス……」
「公園に急ぐよ……」
「え? あ、は、はいっ」
ローテローゼはふと、本で読んだ恋物語を思い出した。
描写にあった通りに、つないだ手にきゅっと力を込めてみる。マティスも、きゅ、と同じように応えてくれた。ふふ、と小さく笑えばマティスが視線で「どうしました?」と聞いてくれる。
「なんでもないわ!」
「ご機嫌ですね」
「もちろんよ、マティスと外を歩けるなんて……」
視線が再び絡まる。
そんなささやかなやり取りが、とてつもない幸せに感じられた。
マティスと一緒ならこの先何があっても大丈夫、そんな気がした。
「レディ? 気に入ったものがおありですか?」
「店長さん、あの、わたし、これがいい……」
ローテローゼの目が釘付けになったのは、ゴールドのリングだった。
細身のリングに薔薇のモチーフが二つ付いている。この国ではさほど珍しいデザインではない。が、ほう、と店主が呟く。
「ね、カタリナ、来て来て!」
「はい、ただいま」
「これ、可愛いと思わない?」
「あ、可愛いですね。ローテさまによくお似合いだと思います。店長、この石は一つはダイヤモンドですよね? もう片方は?」
「左様でございます。片方は薔薇の花の真ん中にダイヤモンドが埋められ、もう一つの薔薇には明るいガーネットがついております」
店主が言いながら、リングをローテローゼの前にきちんと置いた。シンプルな造りである。が、力強さと不思議な気品が漂っている。
「不思議……妙に惹きつけられるわ」
お見事です、と、店主が驚きともつかない息を漏らした。
「王女……いえ、お嬢さまはお目が高いですね。こちらの商品は、現国王陛下ベルナールさまの御祖母さまが王女時代にご自身でデザインされたものですよ」
「まぁ、おばあさまが! 知らなかったわ……。おばあさまは普段使いにこれを?」
「いいえ、婚約指輪であったと聞いております」
素敵、と、ローテローゼとカタリナの声が揃った。
「可愛らしいデザインであった事と、薔薇に埋める石を変えることで自分の好みに寄せることができること、それから当時の王女殿下のご希望でお値段がかなり抑えられたこともあり、あっという間に我が国のレディたちの間で広まりました」
「わたし、これにするわ! いいかしら?」
ローテローゼがマティスとカタリナを見る。その瞳がいつになく輝いている。
「きみが気に入ったのなら、俺はどれでも構わないよ」
「では……これをください……」
「ありがとうございます」
支払いについてマティスが店主と相談している間、カタリナとローテローゼはほかのジュエリーを見ていた。
「カタリナ、あなたはどんな指輪が好きなの?」
「わたくしですか? わたくしは……細身でシンプルなものが好きです。やはり、働きますから……」
「もしかして、リラの花、好き?」
「あ、はい! でも、どうしてそれを?」
「さっきから、ずっと見つめていたものね、これを……」
二人の視線が、一つの指輪に注がれる。
「ローテさま、きっと、花びらが全部ダイヤモンドですよ」
「ええ、すごく……高そうね……。でもカタリナにはよく似合うと思うわ」
「……どんな方が、これを買っていくのでしょう?」
「きっと……ごく一部の大金持ちよ。カタリナ、知ってる? この国には、王家以上のお金持ちがごろごろ転がってるのよ」
「ええ、知っています。宰相さまが、私腹を肥やすことに忙しい連中をどうにかしなくてはならないと、よく顰め面になっています」
「宰相はお家の中でもあんな感じなの?」
「そうなんです」
二人が楽しそうに笑い合っているところへ、マティスと店主がやってきた。
「レディが二人、艶やかですね」
「あら、マティス、お会計は終わったの?」
「はい。予算内におさまりました。指輪ですが、微調整をお願いしました。数日かかるそうですので、仕事の合間に俺が取りに来ます」
「わかっったわ。お願いね」
ジュエリーショップから飛び出し、次はマティスの服を買いに行く。そこでもやはり、宰相の手が回っていたと見え、ささっと買い物は済んだ。
「素早く済んで助かりましたね」
「ほんとね。――ねぇ、カタリナ、この後なんだけど……」
返事がない。
「あれ? カタリナ? 大変! いなくなっちゃたわ」
一つ苦笑を浮かべたマティスは、ローテローゼの手を取って公園の方向へ歩き出した。
「待って、マティス……カタリナがっ……!?」
大丈夫、と耳元で囁き、指と指を絡めて、手をつなぐ。それだけのことで、ローテローゼの顔は真っ赤になった。ぷっ、とマティスは思わず吹き出した。
「ローテローゼさま、可愛い」
「やだ、もう、何よ急にマティス……」
「公園に急ぐよ……」
「え? あ、は、はいっ」
ローテローゼはふと、本で読んだ恋物語を思い出した。
描写にあった通りに、つないだ手にきゅっと力を込めてみる。マティスも、きゅ、と同じように応えてくれた。ふふ、と小さく笑えばマティスが視線で「どうしました?」と聞いてくれる。
「なんでもないわ!」
「ご機嫌ですね」
「もちろんよ、マティスと外を歩けるなんて……」
視線が再び絡まる。
そんなささやかなやり取りが、とてつもない幸せに感じられた。
マティスと一緒ならこの先何があっても大丈夫、そんな気がした。
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