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:束の間の休息―3:
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「こちらが、レディ・ローテ。そちらが婚約者の……ギガンティア伯爵家のマティス・メルクリウス・ギガンティアさまです。レディに贈る指輪を買いに来ました」
そつなくカタリナが言う。そして、主が恭しく頭を下げた。
「先ほど、お屋敷からご連絡があり、おまちしておりました」
店主がそっと差し出したジュエリーボックスには、いくつかの指輪が並んでいる。
きれい、と、ローテローゼの目が輝く。
「レディほどのお方でしたら、多くの金銀宝飾を日常的に目にされているかと思いますが……」
「いいえ、わたしもお兄さまもあまりアクセサリー類は身につけないので、こんなにきれいなものは、初めてです」
ローテローゼはふと、自分が城の宝物庫に足を運んだことがないことに思い至った。
「マティス、お城……じゃなくて、屋敷の宝物庫にはこんなスゴいのがたくさんあるの?」
「はい。歴代の王……いえ、歴代当主様ご夫妻や親族の皆様が集めたものが残っているはずです。ローテさまも夜会などではご使用になれますよ」
「そうだったの……。でも、立派なものをつけるのは躊躇われるのよ……お兄さまやお父さま、お母さまなら似合うと思うけれど、社交界デビューもまだのわたしには不釣り合いでしょう?」
「それは謙虚すぎる王女……いえ、姫君ですわ。身に付けて堂々とされたらよろしいのですわ」
と、カタリナが穏やかに言う。
「でもねぇ……わたしはそんな、たいそうな人間じゃないわ……」
「ローテさま、高価な宝飾品を身に着けることは、国や家の権威を表すことにもなるのですよ」
穏やかに、店主が語り始めた。どういう意味かしら? と、ローテローゼが首を傾げる。
「一種の見栄、と言ってしまえばそれまでなのですが、国のトップが良いものを身に着けていれば、そこは豊かな国、平和な国であると周りは判断します。そして、立派な王族、立派な統治者だと民が思うことも、大切なのですよ」
「そうなの?」
「はい。王や領主、家長の見栄えが立派だと、統べられる民は誇らしい気持ちになるのです」
店主が、いかにも立派なペンダントや腕輪、イヤリングをローテローゼにつけていく。たちまち貫禄が増し、王族らしくなる。
「ローテさま、とってもお似合いですわ。素敵……」
カタリナがうっとりしたように言う。そのカタリナにも店主がいろいろと渡して飾っていく。
「侍女も美しく装っておきますとな、主人の器が大きいのだと思ってもらえるのです……。よし、華やかで品があり、知性と教養を身に着けた優雅な美人主従、と、民が喜びましょう。それに、宝石は魔除け、お守りになると昔から言われているのです。持っていても損はありません」
店主がさりげなく、宝飾品の説明をする。石の種類や石にまつわるエピソード、名産地、他国の王家では誰が持っているか……雑談の中にさりげなくそれらが織り込まれている。
さすが宰相が選んだ店だ、と、マティスが感心するなか、カタリナとローテローゼが次々と商品を試着していく。
と、
「マティス!」
と、ローテローゼが鋭い声をあげた。
貸しきりのはずの店の扉が勢いよく開いた。柄の悪い男たちが数人、そこに立っている。
「お前たち、何をしに来た?」
「銀のにいちゃん、なにって……アソビに?」
酒瓶を手にした者、大ぶりなナイフや木の棒を手にした者――。
ニヤニヤ笑いながらローテローゼたちを見る。
「ほほう、立派な馬車が表に停まってるから金持ちだろうと思ったが……これは予想外に良さそうな女が二人も。どこのご令嬢だ?」
「お客さまになんたる無礼! お引き取りください」
血相を変えた店主が、ローテローゼとカタリナを背後に隠しながら喚く。
「お嬢様は巨乳美人、侍女もまた別嬪だぜ。どきな、店主。また痛い目に遭いたいのか? また瓶で殴られたいか?」
下卑た男たちの一人が、店主を殴ろうと腕を振り上げたが、当然、マティスがそれを掴む。
「暴力はいただけないな。店主、以前にもこいつらが押しかけたことが?」
「は、はい。近頃この辺りを荒らしまわっている集団の一味です」
「迷惑な連中と言うことか」
「はい」
「ならば……仕置きをしても問題はないな」
マティスがいい終わらないうちに、くるりと手前にいた男が宙を回転し、ぎゃ、と背中から床に落ちた。
カタリナに触れようとした男も、腕を引練り上げられて悲鳴をあげて床に倒れ、ローテローゼを人質にとろうとした男は意識を飛ばして床に転がっている。
「口ほどのこともないが、一般市民にとっては脅威ですね。騎士団に連絡して、奴らの塒を叩かせましょう」
ありがとうございます、と、店主が頭を下げ、マティス素敵、と、ローテローゼが嬉しそうに言う。
「店主、巡回兵がそこらにいるはずなので、連絡を。彼らを引き渡す」
「は、はい!」
そつなくカタリナが言う。そして、主が恭しく頭を下げた。
「先ほど、お屋敷からご連絡があり、おまちしておりました」
店主がそっと差し出したジュエリーボックスには、いくつかの指輪が並んでいる。
きれい、と、ローテローゼの目が輝く。
「レディほどのお方でしたら、多くの金銀宝飾を日常的に目にされているかと思いますが……」
「いいえ、わたしもお兄さまもあまりアクセサリー類は身につけないので、こんなにきれいなものは、初めてです」
ローテローゼはふと、自分が城の宝物庫に足を運んだことがないことに思い至った。
「マティス、お城……じゃなくて、屋敷の宝物庫にはこんなスゴいのがたくさんあるの?」
「はい。歴代の王……いえ、歴代当主様ご夫妻や親族の皆様が集めたものが残っているはずです。ローテさまも夜会などではご使用になれますよ」
「そうだったの……。でも、立派なものをつけるのは躊躇われるのよ……お兄さまやお父さま、お母さまなら似合うと思うけれど、社交界デビューもまだのわたしには不釣り合いでしょう?」
「それは謙虚すぎる王女……いえ、姫君ですわ。身に付けて堂々とされたらよろしいのですわ」
と、カタリナが穏やかに言う。
「でもねぇ……わたしはそんな、たいそうな人間じゃないわ……」
「ローテさま、高価な宝飾品を身に着けることは、国や家の権威を表すことにもなるのですよ」
穏やかに、店主が語り始めた。どういう意味かしら? と、ローテローゼが首を傾げる。
「一種の見栄、と言ってしまえばそれまでなのですが、国のトップが良いものを身に着けていれば、そこは豊かな国、平和な国であると周りは判断します。そして、立派な王族、立派な統治者だと民が思うことも、大切なのですよ」
「そうなの?」
「はい。王や領主、家長の見栄えが立派だと、統べられる民は誇らしい気持ちになるのです」
店主が、いかにも立派なペンダントや腕輪、イヤリングをローテローゼにつけていく。たちまち貫禄が増し、王族らしくなる。
「ローテさま、とってもお似合いですわ。素敵……」
カタリナがうっとりしたように言う。そのカタリナにも店主がいろいろと渡して飾っていく。
「侍女も美しく装っておきますとな、主人の器が大きいのだと思ってもらえるのです……。よし、華やかで品があり、知性と教養を身に着けた優雅な美人主従、と、民が喜びましょう。それに、宝石は魔除け、お守りになると昔から言われているのです。持っていても損はありません」
店主がさりげなく、宝飾品の説明をする。石の種類や石にまつわるエピソード、名産地、他国の王家では誰が持っているか……雑談の中にさりげなくそれらが織り込まれている。
さすが宰相が選んだ店だ、と、マティスが感心するなか、カタリナとローテローゼが次々と商品を試着していく。
と、
「マティス!」
と、ローテローゼが鋭い声をあげた。
貸しきりのはずの店の扉が勢いよく開いた。柄の悪い男たちが数人、そこに立っている。
「お前たち、何をしに来た?」
「銀のにいちゃん、なにって……アソビに?」
酒瓶を手にした者、大ぶりなナイフや木の棒を手にした者――。
ニヤニヤ笑いながらローテローゼたちを見る。
「ほほう、立派な馬車が表に停まってるから金持ちだろうと思ったが……これは予想外に良さそうな女が二人も。どこのご令嬢だ?」
「お客さまになんたる無礼! お引き取りください」
血相を変えた店主が、ローテローゼとカタリナを背後に隠しながら喚く。
「お嬢様は巨乳美人、侍女もまた別嬪だぜ。どきな、店主。また痛い目に遭いたいのか? また瓶で殴られたいか?」
下卑た男たちの一人が、店主を殴ろうと腕を振り上げたが、当然、マティスがそれを掴む。
「暴力はいただけないな。店主、以前にもこいつらが押しかけたことが?」
「は、はい。近頃この辺りを荒らしまわっている集団の一味です」
「迷惑な連中と言うことか」
「はい」
「ならば……仕置きをしても問題はないな」
マティスがいい終わらないうちに、くるりと手前にいた男が宙を回転し、ぎゃ、と背中から床に落ちた。
カタリナに触れようとした男も、腕を引練り上げられて悲鳴をあげて床に倒れ、ローテローゼを人質にとろうとした男は意識を飛ばして床に転がっている。
「口ほどのこともないが、一般市民にとっては脅威ですね。騎士団に連絡して、奴らの塒を叩かせましょう」
ありがとうございます、と、店主が頭を下げ、マティス素敵、と、ローテローゼが嬉しそうに言う。
「店主、巡回兵がそこらにいるはずなので、連絡を。彼らを引き渡す」
「は、はい!」
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