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:身代わりの復活ー8:
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「まったく……。人前、しかも、謁見の間の玉座にありながらそのような雰囲気を醸し出すとは大胆な陛下であらせられる。少しは場を弁えていただきたいものですな」
「さ、宰相! そのようなって、わたしと陛下は特別な男女の関係ではありません」
うろたえたようにマティスが宣言してしまった。途端にローテローゼが、
「え! マティス……わたしのこと好きよね? 違ったの?」
と不安そうな声になれば、マティスは慌てて、
「は、はい、もちろんです」
と言う。が、ローテローゼの不満は膨れ上がったらしかった。
「あんなことしたのに、男女の関係ではないってどういうこと? やっとお付き合いができるんだと思ったのはわたしだけ?」
「え? そんなことを思ってくださったのですか? いや、一言も仰らないからてっきりわたしはふられたのかと……」
「わたしがいつ、マティスを振ったのよ! ばかっ!」
「し、しかし……」
宰相は、えへんえへん、と殊更咳ばらいをした。
いくら臣とは距離があり、小声であり、布で覆われているとはいえ、曲がりなりにも玉座である。そして今は、ただの御前会議ではない。
「私的な会話は控えなさい、マティス、それから陛下もです!」
「はっ! 申し訳ございません」
「ごめんなさい」
それにしても――ずいぶん会話の中身が幼かったような?
この二人の間には『違う問題』が横たわるやもしれぬと、宰相がこっそりため息をついていると、突然『謁見の間』の扉が開いた。ばたんばたん、と、えらく乱暴である。
ざわりとした一同がそちらを向くと同時に、闖入者があった。
黒いローブを着て目元を覆う白い仮面をつけた、いかにも怪しい男が案内の者も従者も連れずに、ずかずかと入ってきたのだ。
きゃあ、と、悲鳴が上がったのは、その男が異様な雰囲気だったのと同時に右手には刃の大きく曲がった大振りなナイフを持っていたからだ。
その刃を、周囲の人々に向けながら、男は謁見の間を悠々と歩く。
「あ、れは……」
ざわり、と、ローテローゼの背筋を嫌なものが走った。
戴冠式で、同じく黒いローブの男が自分の喉元に向けた短弓。あれをまざまざと思いだしてしまった。
ぶるりと体が震え、口の中がたちまち渇いていく。思わず喉を押さえて傷がないことを確かめてしまう。
「い、いやだ……」
「陛下、動いてはなりませぬ――」
玉座の布を払って思わず立ち上がり、青ざめて駆け出そうとするローテローゼの肩に手を置いて座らせたのは宰相だった。
その掌からは、大丈夫、と、言葉にならない強い思いが伝わってくる。ローテローゼは、何度も深呼吸し、なんとか気持ちを落ち着けようと試みる。
「陛下には、マティスがついているのですぞ。どうぞ、落ち着かれませ」
「そう、そうよね……」
マティスは既に戦闘態勢、失礼、と一言呟いて玉座の前に進み出た。
「何が何でもお守りします――命に代えても」
そのころすばやく招待客の警護に動いたのは騎士団だった。
だが、さすがに人数が足らず、闖入者を止める者はいない。
「衛兵! 何をしている。招かれざる御仁に退室いただけ!」
軍事大臣の鋭い声に、ようやく兵や若い男性が反応し黒ローブの男に殺到した。が、しかし、すぐに包囲網は解かれてしまった。
「? どうしたんだ?」
マティスと宰相が思わず顔を見合わせる。
そんな中、男はにやり、と嫌な笑みを浮かべたまま玉座を見据えてまっすぐ歩く。ローテローゼも、その視線を必死で圧し返した。
「いかん。ここへ来るぞ。マティス、何があってもそこから動くな。陛下をお守りせよ」
「はい」
腰の剣がすぐ抜けるように手をかけたまま、マティスはその男を注意深く見る。
「マティス、なぜ王国の兵士たちがぱっと道を譲ってしまうの? 何かされているわけではないのに……」
ローテローゼが眉根を寄せて囁く。
「あ……おそらく……あのせいでしょう。男の胸元……」
ローテローゼは思わず玉座から身を乗り出した。男が胸に下げている金色のもの。
薔薇の形を模したペンダントトップは、くすんで輝きを失ってはいるが、それが何であるかこの国の者ならだれでも知っている。
「王族の印――? なぜそれを持っている! それは偽物か?」
ローテローゼが叫ぶ。
「それは――俺が先王の異母兄だからだ」
その場が、一瞬にして凍り付いた。
「さ、宰相! そのようなって、わたしと陛下は特別な男女の関係ではありません」
うろたえたようにマティスが宣言してしまった。途端にローテローゼが、
「え! マティス……わたしのこと好きよね? 違ったの?」
と不安そうな声になれば、マティスは慌てて、
「は、はい、もちろんです」
と言う。が、ローテローゼの不満は膨れ上がったらしかった。
「あんなことしたのに、男女の関係ではないってどういうこと? やっとお付き合いができるんだと思ったのはわたしだけ?」
「え? そんなことを思ってくださったのですか? いや、一言も仰らないからてっきりわたしはふられたのかと……」
「わたしがいつ、マティスを振ったのよ! ばかっ!」
「し、しかし……」
宰相は、えへんえへん、と殊更咳ばらいをした。
いくら臣とは距離があり、小声であり、布で覆われているとはいえ、曲がりなりにも玉座である。そして今は、ただの御前会議ではない。
「私的な会話は控えなさい、マティス、それから陛下もです!」
「はっ! 申し訳ございません」
「ごめんなさい」
それにしても――ずいぶん会話の中身が幼かったような?
この二人の間には『違う問題』が横たわるやもしれぬと、宰相がこっそりため息をついていると、突然『謁見の間』の扉が開いた。ばたんばたん、と、えらく乱暴である。
ざわりとした一同がそちらを向くと同時に、闖入者があった。
黒いローブを着て目元を覆う白い仮面をつけた、いかにも怪しい男が案内の者も従者も連れずに、ずかずかと入ってきたのだ。
きゃあ、と、悲鳴が上がったのは、その男が異様な雰囲気だったのと同時に右手には刃の大きく曲がった大振りなナイフを持っていたからだ。
その刃を、周囲の人々に向けながら、男は謁見の間を悠々と歩く。
「あ、れは……」
ざわり、と、ローテローゼの背筋を嫌なものが走った。
戴冠式で、同じく黒いローブの男が自分の喉元に向けた短弓。あれをまざまざと思いだしてしまった。
ぶるりと体が震え、口の中がたちまち渇いていく。思わず喉を押さえて傷がないことを確かめてしまう。
「い、いやだ……」
「陛下、動いてはなりませぬ――」
玉座の布を払って思わず立ち上がり、青ざめて駆け出そうとするローテローゼの肩に手を置いて座らせたのは宰相だった。
その掌からは、大丈夫、と、言葉にならない強い思いが伝わってくる。ローテローゼは、何度も深呼吸し、なんとか気持ちを落ち着けようと試みる。
「陛下には、マティスがついているのですぞ。どうぞ、落ち着かれませ」
「そう、そうよね……」
マティスは既に戦闘態勢、失礼、と一言呟いて玉座の前に進み出た。
「何が何でもお守りします――命に代えても」
そのころすばやく招待客の警護に動いたのは騎士団だった。
だが、さすがに人数が足らず、闖入者を止める者はいない。
「衛兵! 何をしている。招かれざる御仁に退室いただけ!」
軍事大臣の鋭い声に、ようやく兵や若い男性が反応し黒ローブの男に殺到した。が、しかし、すぐに包囲網は解かれてしまった。
「? どうしたんだ?」
マティスと宰相が思わず顔を見合わせる。
そんな中、男はにやり、と嫌な笑みを浮かべたまま玉座を見据えてまっすぐ歩く。ローテローゼも、その視線を必死で圧し返した。
「いかん。ここへ来るぞ。マティス、何があってもそこから動くな。陛下をお守りせよ」
「はい」
腰の剣がすぐ抜けるように手をかけたまま、マティスはその男を注意深く見る。
「マティス、なぜ王国の兵士たちがぱっと道を譲ってしまうの? 何かされているわけではないのに……」
ローテローゼが眉根を寄せて囁く。
「あ……おそらく……あのせいでしょう。男の胸元……」
ローテローゼは思わず玉座から身を乗り出した。男が胸に下げている金色のもの。
薔薇の形を模したペンダントトップは、くすんで輝きを失ってはいるが、それが何であるかこの国の者ならだれでも知っている。
「王族の印――? なぜそれを持っている! それは偽物か?」
ローテローゼが叫ぶ。
「それは――俺が先王の異母兄だからだ」
その場が、一瞬にして凍り付いた。
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