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:身代わりの復活ー5:
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ベルナールがヴァーン皇子と面会する、そのことを知らされた乳母・タターニャは、その場に平伏してしまった。
「陛下、恐れ多いことにございます……我が国は、どのようにして償えば……」
ローテローゼが、自ら摘んだ薔薇の花束を「お見舞い」と称して差し出せば、タターニャはいよいよそれを抱きしめてぽろぽろ泣き出してしまった。
「乳母どの、顔をあげてくだされ」
宰相がタターニャの肩に手を置く。
「いいえ、いいえ……陛下のお心が、嬉しく……」
すっかり困惑してしまったローテローゼにかわって宰相が再度促し、タターニャが震えながら顔をあげた。
しかし、申し訳ございません、お詫び申し上げます、そればかりを繰り返して泣きぬれている。
問題児の皇子を抱えると乳母はここまで苦労するのか、と思っていたローテローゼだが、ふと、かすかな疑念を持った。
なぜタターニャはここまでして、国を破滅に導きかねない桁外れに非道で非常識な皇子にここまで尽くすのだろう?
もちろん、乳母と言うからには幼いころから面倒を見ているのだろうし、なんだかんだ言っても皇子もタターニャになついている。乳母に殴られようが何をされようがタターニャをクビにすることなく傍に置いている。
――もしかして?
微かな疑念を胸に、ローテローゼはタターニャにハンカチを渡した。
「乳母殿、ヴァーン皇子殿下のご容体はいかがだろうか。ベルナール陛下がベッド脇までお尋ねしても構わないだろうか」
マティスが告げると、タターニャは少し考えた後、
「あの……謁見の間ではいかがでしょうか……。陛下はお美しくていらっしゃるからどのようなご無礼を働くかわかりません。それに、他国の皆様にお詫びと弁明をしなければなりません」
思わぬ申し出に、ノワゼット王国の面々は思わず顔を見合わせた。
細かい日程調整の結果、ヴァーン皇子との『対面』は『謁見の間』で行われることになった。
「鬱陶しいことは早めに済ませてしまいたい」
というヴァーン皇子の勝手な希望により、翌日の午前中に行われることになった。
同時に、意図していないとはいえこれだけの大騒動を起きてしまったお詫びを、ノワゼット王国側からもしなければならないため、他国の使者も謁見の間に集められることになった。
欠席する国もあるかと思われたが、なんと全員参加。
「――責任重大だわ」
ローテローゼは苦笑した。
寝たような、寝ていないような夜を過ごし、朝早く起きたローテローゼは、マティスの手を借りて男装していた。
「ローテローゼさま、無理なさらなくても……」
「こんな時だからこそ、きちんとしておかないといけないと思うの」
即位式の時の『古式ゆかしい装束』を着ることも検討したが、ローテローゼの体調が万全でないため必要以上に重たく苦しく感じられた。
「だめよ……とっても着ていられないわ、倒れちゃう」
「では普段通りの、ジャケットにトラウザーズにスカーフ……このまま、参りましょう」
「二人とも、サポートをよろしくね」
宰相とマティスに導かれて向かった謁見の間は、異様な雰囲気だった。
戴冠式が滅茶苦茶になってしまった憐れな新王――と侮っている者が多いことを、ローテローゼは敏感に感じ取り、きりりと眉を吊り上げた。そうすると、不思議と兄のベルナールに似てくる。
その変化に、宰相は内心驚いていた。
――お二人の試験はいつも、ローテローゼさまの方が得点が高くていらっしゃったな……
「侮られてはいけないわ。わたしが侮られるそれはすなわち、お兄さまが侮られるということよ……許されない」
単に勉強が良く出来るだけかと思っていたが、もしかしたら王の資質も、妹の方が高かったのかもしれない。
とはいっても、この国の王位継承権は生まれた順番。ベルナールを差し置いてローテローゼが玉座に座ることはあり得ないのだ――ベルナールが生きている限り。
「マティス……出来るだけ傍にいて」
「もちろんです」
ローテローゼは、まっすぐと玉座に向かった。
「陛下、恐れ多いことにございます……我が国は、どのようにして償えば……」
ローテローゼが、自ら摘んだ薔薇の花束を「お見舞い」と称して差し出せば、タターニャはいよいよそれを抱きしめてぽろぽろ泣き出してしまった。
「乳母どの、顔をあげてくだされ」
宰相がタターニャの肩に手を置く。
「いいえ、いいえ……陛下のお心が、嬉しく……」
すっかり困惑してしまったローテローゼにかわって宰相が再度促し、タターニャが震えながら顔をあげた。
しかし、申し訳ございません、お詫び申し上げます、そればかりを繰り返して泣きぬれている。
問題児の皇子を抱えると乳母はここまで苦労するのか、と思っていたローテローゼだが、ふと、かすかな疑念を持った。
なぜタターニャはここまでして、国を破滅に導きかねない桁外れに非道で非常識な皇子にここまで尽くすのだろう?
もちろん、乳母と言うからには幼いころから面倒を見ているのだろうし、なんだかんだ言っても皇子もタターニャになついている。乳母に殴られようが何をされようがタターニャをクビにすることなく傍に置いている。
――もしかして?
微かな疑念を胸に、ローテローゼはタターニャにハンカチを渡した。
「乳母殿、ヴァーン皇子殿下のご容体はいかがだろうか。ベルナール陛下がベッド脇までお尋ねしても構わないだろうか」
マティスが告げると、タターニャは少し考えた後、
「あの……謁見の間ではいかがでしょうか……。陛下はお美しくていらっしゃるからどのようなご無礼を働くかわかりません。それに、他国の皆様にお詫びと弁明をしなければなりません」
思わぬ申し出に、ノワゼット王国の面々は思わず顔を見合わせた。
細かい日程調整の結果、ヴァーン皇子との『対面』は『謁見の間』で行われることになった。
「鬱陶しいことは早めに済ませてしまいたい」
というヴァーン皇子の勝手な希望により、翌日の午前中に行われることになった。
同時に、意図していないとはいえこれだけの大騒動を起きてしまったお詫びを、ノワゼット王国側からもしなければならないため、他国の使者も謁見の間に集められることになった。
欠席する国もあるかと思われたが、なんと全員参加。
「――責任重大だわ」
ローテローゼは苦笑した。
寝たような、寝ていないような夜を過ごし、朝早く起きたローテローゼは、マティスの手を借りて男装していた。
「ローテローゼさま、無理なさらなくても……」
「こんな時だからこそ、きちんとしておかないといけないと思うの」
即位式の時の『古式ゆかしい装束』を着ることも検討したが、ローテローゼの体調が万全でないため必要以上に重たく苦しく感じられた。
「だめよ……とっても着ていられないわ、倒れちゃう」
「では普段通りの、ジャケットにトラウザーズにスカーフ……このまま、参りましょう」
「二人とも、サポートをよろしくね」
宰相とマティスに導かれて向かった謁見の間は、異様な雰囲気だった。
戴冠式が滅茶苦茶になってしまった憐れな新王――と侮っている者が多いことを、ローテローゼは敏感に感じ取り、きりりと眉を吊り上げた。そうすると、不思議と兄のベルナールに似てくる。
その変化に、宰相は内心驚いていた。
――お二人の試験はいつも、ローテローゼさまの方が得点が高くていらっしゃったな……
「侮られてはいけないわ。わたしが侮られるそれはすなわち、お兄さまが侮られるということよ……許されない」
単に勉強が良く出来るだけかと思っていたが、もしかしたら王の資質も、妹の方が高かったのかもしれない。
とはいっても、この国の王位継承権は生まれた順番。ベルナールを差し置いてローテローゼが玉座に座ることはあり得ないのだ――ベルナールが生きている限り。
「マティス……出来るだけ傍にいて」
「もちろんです」
ローテローゼは、まっすぐと玉座に向かった。
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