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:身代わりの復活ー2:
しおりを挟むカーテンの向こうで、ガサガサごそごそと衣擦れの音がする。
先に姿を現したのはマティスだった。頬には見事な紅葉がついている。
「ローテローゼさまがお会いになるそうです」
「大丈夫なのだな? いろんな意味で……」
少しばつの悪そうな顔をしたマティスが小さく頷けば、宰相はカーテンが引かれたベッドの前で深く一礼した。
「お疲れのところ……申し訳ございません。ローテローゼさまに――無茶を申し上げに参りました」
見苦しくないよう身だしなみを整えてベッドの上に腰かけたローテローゼは、細くカーテンを開けた。
マティスは横になっているようにと言ったが、宰相に要らぬ心配をかけたくはなかったのだ。
「なぁに?」
「化け物変態外道皇子――いえ、ヴァーンが意識を取り戻してしまいましたので、早急に……ベルナールさまにご登場いただかねばならなくなりました」
ローテローゼが何か言う前に、宰相! と、声を荒らげたのはマティスだった。
「ローテローゼさまに、もう身代わりをせよと言うのか!」
「……そうだよ、マティス」
「あんまりだ!」
「これがどれだけ惨いことか、わしとてわかっておる。だから、無理にとは言わぬ。どうしてものときは、ベルナールさまご不在を明らかにする」
重たい沈黙が満ちた。宰相に詰め寄ったマティスが、徹底的に抗議する。
怒りをあらわにしたマティスも、悲しそうな宰相も、みたことがない。二人のやり取りを聞きながら、ローテローゼは自分の脳みそが再始動したのを感じていた。
いつかは、皇子に会わねばならない。だがこんなに早いとは――。
「会いましょう」
それが、身代わり国王としての責務だ。もしこれが本物のベルナールだったなら、意識が戻ったと聞けばすぐに会いに行くだろう。見舞いと抗議とを兼ねて。
「身代わりの王、すぐに復活よ」
もちろん不安がないわけではない。だがローテローゼはぐっと拳を握り、足を踏ん張った。
宰相とマティスの前に姿を現したローテローゼは、きちんとドレスを身に着けて微笑んでいた。
「ベッドじゃ相談しにくいから……ソファーに移りましょう」
「はい」
ローテローゼに導かれ、やつれた表情の宰相と憤った表情のマティスが続く。
「座って頂戴。宰相、思ったよりはやく、皇子は眼を覚ましたわね」
「はい。このまま暫く眠っているのかと思っていたのですが……。陛下……いえ、ローテローゼさま。少し、状況を整理させてください。我々は、断片的にしか事件を知りません」
「……はい、そうね」
だが、自分の口で説明するのは気力がいる。
それを察したのだろうマティスが、ローテローゼがヴァーン皇子に襲われるまでのいきさつを、簡単明瞭に、しかし配慮に満ちた説明をしてくれた。
それを聞いた宰相は、低く唸った。
「許し難し下郎ですな……」
「でもね、宰相。他国の姫に殴られて刺されたのは、その……外交や領土や貿易と言った国同士の諍いではなくて、皇子自身の女好きが災いを招いたのでしょう?」
「左様です」
「だったらわたし、ざまぁみろ、という気がしてきたわ。そう、それでね、わたしが心配していることはいくつかあって……」
現時点で、ローテローゼが一番気にしているのは、『国のこと』である。
「つまり……ご自身の災難が多くの人々に知られることではなくて、『身代わりの国王であることが周辺諸国にしられてしまうこと』ですかな?」
「そう。だってこれは……国にかかわる重大なこと、でしょう? 大丈夫よね? まだ、バレてないのよね?」
「はい。ベルナールさまが駆け落ち中であること、ローテローゼさまが身代わりであることを承知なのは、我々の他、マティスの母、元老院議長、ヴァーン皇子。これだけです。漏れてはいないようです」
「よかった――」
「ほかにご懸念のことはございますかな? マティスに調査を命じますが……」
いっぱいあるの、と、ローテローゼは眉をちょっと寄せた。
どれから順番に話せばいいのか、わからない。テーブルの上に飾ってある薔薇を指先でつつく。いつかは、薔薇の花びらが散ってしまったきがするが、今日は散ることもない。
「ローテローゼさま、胸の内をどうか……すべてを我らにお話しくださいませ……」
「――そうね。そうしましょう」
ローテローゼは深呼吸した。すっかりなじんだ薔薇の芳香が、ローテローゼの心をほんの少し、解してくれた。
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