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:助けて、マティスー4:
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ふうっ、と深呼吸したローテローゼは、ぽつり、ぽつり、と言葉を選びながら話し始めた。
「ところどころ――わたしの記憶が混乱しているの」
「はい」
宰相が穏やかに頷いてくれる。
「最初の接触は――あの晩餐会のダンスだったわ」
ヴァーン皇子になぜか女だとバレてしまった。
そして皇子が「人々を騙していることを黙っていて欲しければ誠意を見せろ」と迫ってきた。そのことを思い出すだけでローテローゼの心は暗く沈む。
「だからわたし、慌ててしまって……。そう簡単にバレるとは思っていなかった、わたしの認識が甘かったのね」
「女性だと――バレた、そこが解せぬのです」
宰相とマティスが揃って不審げな顔をしている。
「そうなのよね……。わたしの不注意はさておき――なんでバレたのか、よくわからないわ。きちんと対策をとらないとこれからもどんどんバレてしまうと思うのだけれど……」
ローテローゼさまの不注意などではありません、と、マティスが叫ぶが、落ち着くように宰相が宥める。
「ヴァーン皇子は、何か仰いませんでしたかな?」
「え? ええ、っと……あの皇子は、俺は女の匂いがわかるんだ、とか、わけのわからないことを言っていたわ」
若いマティスは頭に疑問符を浮かべて、
「なんですかそれは」
といい、老齢の宰相は苦笑いを浮かべた。
「なるほど。女好きは稀にそのようなことを言いますな……」
ええ! と、今度はローテローゼとマティスが声をそろえる。
「宰相、まさか、あなた女の子が嗅ぎ分けられるの?」
「さすがにそこまでの手練れではございませんで……。いや、念のために申せば、私は――今は亡き女房を思い続けておりますぞ」
その話が聞きたい、と、二人が目を輝かせて身を乗り出すが、宰相はごほん! と、咳ばらいをした。
照れている宰相など珍しいが、今はそれどころではない。
「あ、そ、そうだったわね。ええっと……そう、お兄さまの身代わりだとバレてしまってそのまま部屋に連れ込まれて――剣でお洋服を切り裂かれて、ベッドに押し倒されて……」
恥ずかしくて、怖くて。
薬を盛られたとはいえ、未知の感覚に体中が支配された。
そんな中でも、思い浮かぶのはマティスのことばかり、何度も『助けてマティス』と心の中で呼んだのだが、そこは割愛する。
「気が付いたら、ここにいたの」
「ローテローゼさま、どうして皇子のお側へいくときにわたしに声をかけてくださらなかったのですか!」
マティスが悔しそうに言う。はっとしてローテローゼはマティスを見た。強く噛んだ唇には血が滲み、拳には爪が突き立っている。
「ご、ごめんなさい、マティス!」
「王のおそばにいて御身を守るのがわたしの役割なのです。お守りできなかった。誰よりも守りたいと思っているあなたを……守れなかった。わたしは――騎士失格です。申し訳ございません」
マティスが、騎士としての最敬礼をとった。
「ちょっとまって、どうしてマティスが謝るの? わたしが勝手にマティスの傍を離れたのに」
すがるように宰相を見る。
「マティスに対してそうお考えになるローテローゼさまのお気持ちは、わかりますぞ。それでも、国王陛下のお傍を離れたばかりに御身を守れなった宮廷騎士の落ち度は落ち度。許されることではありません。お命が奪われていたかもしれないと思うと――マティスに責がありましょう」
そんな! と、ローテローゼが青ざめる。
「そんなつもりはなかったの! そんな……」
「ローテローゼさまには、まだピンとこないかもしれませんが、側近には側近の責任があるのです」
宰相に諭され、理解し俯くローテローゼの背中が小さく震えた。
「マティスはしばらく謹慎……としたいところですが、いかんせん、身代わりの国王であらせられます。しばらくは処分保留、ということでいかがでしょうか」
反論しかけたローテローゼだが、すぐに考えるような表情になった。
「そうね……お兄さまならきっとそうするわね……。マティス、あなたの処罰は後ほど決めます」
「はい」
「宰相、マティス――それだけタフな皇子だったら……ヴァーン皇子の強姦被害にあった姫や我が国のメイドが他にいるかもしれないわね。一人で傷ついて泣いているとしたら見逃せないわ。調べてくれる?」
承知いたしました、と、宰相が頷いた。
「では、ローテローゼさま、しばらくはここでお休みください。護衛に男であるマティスを置いていくのはどうかと思うのですが、御身が再び狙われないとも限らず、御寛恕ください」
「ありがとう――マティスのことは信頼してるから大丈夫よ。でも、晩さん会とか他の行事はどうしたらいいかしら?」
「それは、ヴァーン皇子傷害事件が終息するまで一切の延期となりました」
「延期!?」
「近隣諸国は代々そのようにしてきているのだと……サンテンス国王陛下が反発する国々を丸くおさめて下さいました」
「お礼を申し上げなくては」
ベッドから出ようとしたローテローゼを、宰相とマティスが慌ててベッドへと押し戻す。
「しばらく、お休みください」
わかったわ、と、ローテローゼは大人しくベッドに横になった。はぁ、とため息をつく。事態が改善したのか悪化したのか、それすらわからなくなってきた。
マティスがきちんと布団をかけて、そっとベッドを離れる。
「ローテローゼさま、わたしは傍におりますので、いつでもお呼びください」
ベッドから離れたテーブルで、宰相とマティスが何やら話し合いをしている。
その声を聴きながら、ローテローゼはすうっと夢の世界へおちていった。
「ところどころ――わたしの記憶が混乱しているの」
「はい」
宰相が穏やかに頷いてくれる。
「最初の接触は――あの晩餐会のダンスだったわ」
ヴァーン皇子になぜか女だとバレてしまった。
そして皇子が「人々を騙していることを黙っていて欲しければ誠意を見せろ」と迫ってきた。そのことを思い出すだけでローテローゼの心は暗く沈む。
「だからわたし、慌ててしまって……。そう簡単にバレるとは思っていなかった、わたしの認識が甘かったのね」
「女性だと――バレた、そこが解せぬのです」
宰相とマティスが揃って不審げな顔をしている。
「そうなのよね……。わたしの不注意はさておき――なんでバレたのか、よくわからないわ。きちんと対策をとらないとこれからもどんどんバレてしまうと思うのだけれど……」
ローテローゼさまの不注意などではありません、と、マティスが叫ぶが、落ち着くように宰相が宥める。
「ヴァーン皇子は、何か仰いませんでしたかな?」
「え? ええ、っと……あの皇子は、俺は女の匂いがわかるんだ、とか、わけのわからないことを言っていたわ」
若いマティスは頭に疑問符を浮かべて、
「なんですかそれは」
といい、老齢の宰相は苦笑いを浮かべた。
「なるほど。女好きは稀にそのようなことを言いますな……」
ええ! と、今度はローテローゼとマティスが声をそろえる。
「宰相、まさか、あなた女の子が嗅ぎ分けられるの?」
「さすがにそこまでの手練れではございませんで……。いや、念のために申せば、私は――今は亡き女房を思い続けておりますぞ」
その話が聞きたい、と、二人が目を輝かせて身を乗り出すが、宰相はごほん! と、咳ばらいをした。
照れている宰相など珍しいが、今はそれどころではない。
「あ、そ、そうだったわね。ええっと……そう、お兄さまの身代わりだとバレてしまってそのまま部屋に連れ込まれて――剣でお洋服を切り裂かれて、ベッドに押し倒されて……」
恥ずかしくて、怖くて。
薬を盛られたとはいえ、未知の感覚に体中が支配された。
そんな中でも、思い浮かぶのはマティスのことばかり、何度も『助けてマティス』と心の中で呼んだのだが、そこは割愛する。
「気が付いたら、ここにいたの」
「ローテローゼさま、どうして皇子のお側へいくときにわたしに声をかけてくださらなかったのですか!」
マティスが悔しそうに言う。はっとしてローテローゼはマティスを見た。強く噛んだ唇には血が滲み、拳には爪が突き立っている。
「ご、ごめんなさい、マティス!」
「王のおそばにいて御身を守るのがわたしの役割なのです。お守りできなかった。誰よりも守りたいと思っているあなたを……守れなかった。わたしは――騎士失格です。申し訳ございません」
マティスが、騎士としての最敬礼をとった。
「ちょっとまって、どうしてマティスが謝るの? わたしが勝手にマティスの傍を離れたのに」
すがるように宰相を見る。
「マティスに対してそうお考えになるローテローゼさまのお気持ちは、わかりますぞ。それでも、国王陛下のお傍を離れたばかりに御身を守れなった宮廷騎士の落ち度は落ち度。許されることではありません。お命が奪われていたかもしれないと思うと――マティスに責がありましょう」
そんな! と、ローテローゼが青ざめる。
「そんなつもりはなかったの! そんな……」
「ローテローゼさまには、まだピンとこないかもしれませんが、側近には側近の責任があるのです」
宰相に諭され、理解し俯くローテローゼの背中が小さく震えた。
「マティスはしばらく謹慎……としたいところですが、いかんせん、身代わりの国王であらせられます。しばらくは処分保留、ということでいかがでしょうか」
反論しかけたローテローゼだが、すぐに考えるような表情になった。
「そうね……お兄さまならきっとそうするわね……。マティス、あなたの処罰は後ほど決めます」
「はい」
「宰相、マティス――それだけタフな皇子だったら……ヴァーン皇子の強姦被害にあった姫や我が国のメイドが他にいるかもしれないわね。一人で傷ついて泣いているとしたら見逃せないわ。調べてくれる?」
承知いたしました、と、宰相が頷いた。
「では、ローテローゼさま、しばらくはここでお休みください。護衛に男であるマティスを置いていくのはどうかと思うのですが、御身が再び狙われないとも限らず、御寛恕ください」
「ありがとう――マティスのことは信頼してるから大丈夫よ。でも、晩さん会とか他の行事はどうしたらいいかしら?」
「それは、ヴァーン皇子傷害事件が終息するまで一切の延期となりました」
「延期!?」
「近隣諸国は代々そのようにしてきているのだと……サンテンス国王陛下が反発する国々を丸くおさめて下さいました」
「お礼を申し上げなくては」
ベッドから出ようとしたローテローゼを、宰相とマティスが慌ててベッドへと押し戻す。
「しばらく、お休みください」
わかったわ、と、ローテローゼは大人しくベッドに横になった。はぁ、とため息をつく。事態が改善したのか悪化したのか、それすらわからなくなってきた。
マティスがきちんと布団をかけて、そっとベッドを離れる。
「ローテローゼさま、わたしは傍におりますので、いつでもお呼びください」
ベッドから離れたテーブルで、宰相とマティスが何やら話し合いをしている。
その声を聴きながら、ローテローゼはすうっと夢の世界へおちていった。
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