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:変な皇子は勘がいいー4:
しおりを挟む自身の乳母と、他国の姫とその側近の制止をまとめて振り切った皇子は、するするとそのままフロアを突っ切ってローテローゼの前にやってきた。
「挨拶に、罷り越した」
たったそれだけ発言しただけなのに、強烈な存在感がある。
強烈な視線、いや、威圧するような視線。名前も国も名乗らなければ、頭を下げることもない。横柄極まりない態度だが、それを咎める気力はわかなかった。
ローテローゼはごくり、とつばを飲み込んだ。
せめて位負けしないように、背筋を伸ばして足を踏ん張り、ヴァーン皇子をぐっと見る。
この男が、カタリナをひどい目にあわせた男だ。許すこともできないし、絶対にこの男に屈することもできない。出来ることならカタリナへの謝罪をとりつけたい。
だが。ローテローゼの膝が小さく震える。本能が、この男は怖いと告げるのだ。
(いいえ……わたしは、今はノワゼット王国の王よ……逃げちゃダメ……)
そう思う側から心臓が早鐘を打ち、鼓動がうるさい。背筋を嫌な汗が伝って喉が引き攣る。
「ま、マティス……」
せめて信頼する部下を呼びたい。だがしかし肝心な時にマティスは、他国の大臣と何やら話をしている。無理に呼び寄せるわけにもいかない。
ヴァーン皇子が、くっ、と喉の奥で笑った。
「ノワゼット国王、お初にお目にかかります。エルージョン皇国のヴァーン皇子です。このたびはご招待いただき恐悦至極に存ずる――とでも、挨拶しておけばいいだろうか?」
「……え?」
真面目な表情で外交作法に則り挨拶をしたヴァーン皇子だったが、すぐに、その表情を崩した。
「アンタ、女だろう? 国王は双子で妹がいるはずだ。その妹の王女ローテローゼが、何らかの事情で身代わりになってんだろう? 俺は女の匂いを嗅ぎ分けられるんだ」
「……何を言うか」
「いったいどんな理由で、国王に成りすましてるんだか。兄を殺して王位簒奪を目論んだか? それとも、王が玉座を投げ出したか」
「か、勝手なことを言わないでいただきたい」
「いいや――お前の秘密はそれだけじゃない。二つ目……」
「二つ目?」
二つも秘密はないが、と、ローテローゼは素直に首を傾げた。
「あの美形――護衛の騎士とお前はデキてるだろ?」
え? と、ローテローゼの目が思わず宙を彷徨った。予想外の言葉だった。
「いや、デキてはいないが……」
「隠しても無駄だ。お前とその男――同じ甘いにおいがする」
ますますわけがわからない。
「ただの薔薇の匂いかと思ったが、そうではない。園丁に聞いてみたが――貴重な黒薔薇の芳香らしいな。どうして単なる護衛と国王陛下が同じ香りを纏ってるんだ? ん? しかも、珍しい薔薇の香り、何か意味があるとしか思えないだろう? たいてい、抱き合ったりベッドを共にしたりした後に匂いが移ると相場は決まっている。さぁ、ローテローゼ王女、偽りの国王。民や我々諸外国をだましている理由を、説明をしてもらおうか」
一気にたたみかけられて、ローテローゼは眼を白黒させる。
なんとか理解できたのは、黒薔薇――。
マティスがギリギリまで胸にさしていた、黒薔薇。
「陛下――各国を騙しているのは国際問題に発展しかねないとおもうがね? 今夜、俺の部屋に来て説明しろ。わかってると思うが誠意を見せろよ、陛下」
にたり、と、笑いながら肩をぽん、と叩かれる。
「いいか? 誠意だ、誠意」
「せ、誠意、って……」
「そこは、自分で考えるんだな、陛下」
つつつ、と、ヴァーン皇子の手が動き、顎を摘まみ頬を撫でる。やめろ、とその手をなんとかはたき落とす。
痛い、とその手をぺろりと舐めて見せ、悠々と立ち去る長身の男を引き留める言葉も、持ちかけられたらしい取引を拒否する言葉も思い浮かばないまま、ローテローゼはそこに立ち尽くしていた。
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