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:厄介なお客さまー8:
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それから数時間後――。
マティスとローテローゼは、大広間の扉前で棒立ちになっていた。
「――た、大変よ」
「そう、ですね……」
これから行われるのは、大勢の人々を大広間に招いての大規模な晩さん会である。ゆえに、ローテローゼはガチガチに緊張していた。
身代わりの国王だとバレないかどうか、というよりも、王として相応しい振る舞いができるかどうか、という点だ。
「マティス……どうして国内の大臣たちまでたくさん呼んだのよ……」
ローテローゼが思わず泣きごとを言ったのも無理はない。
ずらり並んだ丸テーブルには宰相とその母、元老院議長夫妻を筆頭として上級貴族の当主一家や次期当主たちはもちろん、主要大臣・副大臣がパートナーや娘・息子を引き連れて参加していた。
そこへ、各国の王侯貴族も全員が参加とあって、その人数は数百人に上っている。
ローテローゼとて王女である。
王女、あるいは、王妹としての立場で晩さん会を主催したり出席したりしたことは何度もあるが、ここまで規模の大きい晩さん会を主催したことはない。
「それに、お兄さまは、ここまで大規模なパーティーは主催したことがないんじゃないかしら……」
身代わりである自分が兄よりも大規模なことをしてしまっていいのだろうか、と、余計な不安がよぎる。
「大丈夫です。ベルナールさまはそのようなことでお怒りになる方ではございません」
「それは、そうだけれど……」
なにより、勝手に駆け落ちしてしまった方が悪いのだから、ローテローゼを責める資格はない。
「それとね、わたしの行為は『身代わり』としての前例になるでしょう? あんまりなことをしてはいけないと思うのよね……」
「お心がけはご立派ですが、そうそう『身代わり国王』なるものが今後も誕生しても困ります」
それもそうね、と、ローテローゼがくすりと笑った。
「さ、陛下、お進みください」
「うむ、行こう」
扉を開けた先は、大規模な晩さん会。いまだかつて体験したことのない重圧が、ローテローゼに圧し掛かる。
――人の視線が、これほどに圧迫感があるなんて……!
脚が竦むローテローゼだが、すぐそばにマティスが居てくれる。ちらりと見れば、騎士の制服に身を包んだマティスが、大丈夫、と、頷いてくれる。
シャンデリアの灯りに照らされたマティスは凛々しい。
銀の髪が眩く光り、精悍な顔はいつも以上に陰影があって複雑な表情に見える。
綺麗なドレスに身を包んだ美しい貴族の令嬢たちや他国の姫君たちがマティスに見惚れていることに気がついた。
我が国の騎士は素敵でしょう、と、誇らしく思うと同時に、彼女たちにマティスが取られてしまうのではという焦りも湧いてくる。
「あ、あの、マティス……」
「大丈夫ですよ、陛下。何があってもお守りします。さ、落ち着いて――」
ローテローゼは深呼吸をした。今はそんなことを考えている時ではない。国王として粗相なくふるまわなければならないのだ。
ローテローゼは、出来るだけゆったりとした動きで国王のために用意された席へと進んでいった。
そこから会場を見渡した瞬間、ローテローゼの気持ちがすっと決まった。
(ここは、わたしの国。わたしがお兄さまから一時的に預かった国よ)
王が不安がっていれば、老練な家臣や諸外国は侮り、民は不安に駆られるだろう。
どうせローテローゼの胸の内など、誰にもわかりはしないのだ。だったら、はったりでも毅然としていた方がいいだろう。
顔をあげて背筋をのばし、向けられる視線を全て受け止めるーー。
マティスと宰相は、目を見張った。歩いていたときは、年若い王、物なれない王、といった雰囲気だったが、それらはすべて、吹き飛んでいる。
その変化に、各国の王族は敏感に気づいた。
この若き王を侮ってはならない――。
宰相はローテローゼを見守りながら小さく笑った。
「やはり――あなた様は……」
マティスとローテローゼは、大広間の扉前で棒立ちになっていた。
「――た、大変よ」
「そう、ですね……」
これから行われるのは、大勢の人々を大広間に招いての大規模な晩さん会である。ゆえに、ローテローゼはガチガチに緊張していた。
身代わりの国王だとバレないかどうか、というよりも、王として相応しい振る舞いができるかどうか、という点だ。
「マティス……どうして国内の大臣たちまでたくさん呼んだのよ……」
ローテローゼが思わず泣きごとを言ったのも無理はない。
ずらり並んだ丸テーブルには宰相とその母、元老院議長夫妻を筆頭として上級貴族の当主一家や次期当主たちはもちろん、主要大臣・副大臣がパートナーや娘・息子を引き連れて参加していた。
そこへ、各国の王侯貴族も全員が参加とあって、その人数は数百人に上っている。
ローテローゼとて王女である。
王女、あるいは、王妹としての立場で晩さん会を主催したり出席したりしたことは何度もあるが、ここまで規模の大きい晩さん会を主催したことはない。
「それに、お兄さまは、ここまで大規模なパーティーは主催したことがないんじゃないかしら……」
身代わりである自分が兄よりも大規模なことをしてしまっていいのだろうか、と、余計な不安がよぎる。
「大丈夫です。ベルナールさまはそのようなことでお怒りになる方ではございません」
「それは、そうだけれど……」
なにより、勝手に駆け落ちしてしまった方が悪いのだから、ローテローゼを責める資格はない。
「それとね、わたしの行為は『身代わり』としての前例になるでしょう? あんまりなことをしてはいけないと思うのよね……」
「お心がけはご立派ですが、そうそう『身代わり国王』なるものが今後も誕生しても困ります」
それもそうね、と、ローテローゼがくすりと笑った。
「さ、陛下、お進みください」
「うむ、行こう」
扉を開けた先は、大規模な晩さん会。いまだかつて体験したことのない重圧が、ローテローゼに圧し掛かる。
――人の視線が、これほどに圧迫感があるなんて……!
脚が竦むローテローゼだが、すぐそばにマティスが居てくれる。ちらりと見れば、騎士の制服に身を包んだマティスが、大丈夫、と、頷いてくれる。
シャンデリアの灯りに照らされたマティスは凛々しい。
銀の髪が眩く光り、精悍な顔はいつも以上に陰影があって複雑な表情に見える。
綺麗なドレスに身を包んだ美しい貴族の令嬢たちや他国の姫君たちがマティスに見惚れていることに気がついた。
我が国の騎士は素敵でしょう、と、誇らしく思うと同時に、彼女たちにマティスが取られてしまうのではという焦りも湧いてくる。
「あ、あの、マティス……」
「大丈夫ですよ、陛下。何があってもお守りします。さ、落ち着いて――」
ローテローゼは深呼吸をした。今はそんなことを考えている時ではない。国王として粗相なくふるまわなければならないのだ。
ローテローゼは、出来るだけゆったりとした動きで国王のために用意された席へと進んでいった。
そこから会場を見渡した瞬間、ローテローゼの気持ちがすっと決まった。
(ここは、わたしの国。わたしがお兄さまから一時的に預かった国よ)
王が不安がっていれば、老練な家臣や諸外国は侮り、民は不安に駆られるだろう。
どうせローテローゼの胸の内など、誰にもわかりはしないのだ。だったら、はったりでも毅然としていた方がいいだろう。
顔をあげて背筋をのばし、向けられる視線を全て受け止めるーー。
マティスと宰相は、目を見張った。歩いていたときは、年若い王、物なれない王、といった雰囲気だったが、それらはすべて、吹き飛んでいる。
その変化に、各国の王族は敏感に気づいた。
この若き王を侮ってはならない――。
宰相はローテローゼを見守りながら小さく笑った。
「やはり――あなた様は……」
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