上 下
26 / 106

:身代わりの戴冠式ー6:

しおりを挟む

 そのままマティスに支えられて王の私室へ下がったローテローゼは、マーリーンに手伝ってもらって衣装を脱ぎ、王の私服へと着替えた。
 ふーっ、と大きく息を吐く。
「あれ? お衣装はそれでよいのですか? 今後は予定は特になく、今宵の晩さん会はローテローゼさまのお姿での出席予定となっていますが……」
 と、予定表を取り出したマティスが首をかしげる。王の私服ではなくローテローゼの服を着たほうが良いだろうと思うのだがローテローゼは首を横に振った。
「兄妹揃……こん……声は……おかし……ら……晩餐会欠席」
「ああ、それもそうですね。では、ローテローゼさまは夕べ遅くから急な任務でお出かけ、ということで通しましょう」
 こくり、と、ローテローゼが頷く。もっとも、兄の戴冠式に出られないほどの急な任務などそう滅多にあるものではないが。
「あらあら、ローテローゼさま、埃まみれですよ。予定にはないけれども、お風呂に入っていらっしゃいな。」
 殊更明るくマーリーンが言う。
「その間に、晩さん会で着るベルナールさまの服をローテローゼさまに合わせてお直ししておくから、ね?」
「――では、そう……」
 ゆっくり立ち上がったローテローゼを、マーリーンがぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。
「姫。よく頑張ってるね。偉いよ」
「あり――とう……」
「この国のだれよりも偉い。ちゃあんとあたしらはわかってるよ。もう少しの辛抱だからね。うちのバカ息子をこき使っていいから、頑張るんだよ。さ、マティス、不届き者が襲撃しないとも限らない。しっかりお守りするんだよ」
 どこから取り出したのか、マーリーンが細身の剣を息子に手渡した。
「これは――俺の予備の剣……」
 いつの間に、と、ローテローゼとマティスが同時にマーリーンを見る。
「お前のお父さんは祖国では護衛騎士の任……こちらだと宮廷騎士だね。護衛騎士の妻はいつでも夫の予備の剣を持って歩くのが当たり前でね。あたしがお城で仕事のときは剣を持ってお城に上がるのが習慣だったのよ。だから今回はその習慣に従ってあんたの予備の剣を持ってきていたんだ。役に立ったみたいだね」
 今、マティスの腰に長い剣はなく、短剣が下がっている。先ほどの戦いで愛剣が壊れてしまった。
 その愛剣は城内の修理部署に出すとして、しばらくは武器庫に、余りものを借りに行かなければと思っていたところだったのだ。
 母から受け取った剣を腰に差し、マティスはほっとしたような表情になった。
 腰にずっしりとした重み。落ち着く。
「よし、大丈夫。何があってもお守りします」
「じゃあ、しっかりね。あたしゃお針子の部屋にちょっと行ってくるよ」
 陽気に立ち去る『母』にマティスとローテローゼは礼を述べ、深々と頭を下げた。

 マーリーンが退室して、数分。
 ローテローゼは薔薇を浮かべた湯を見て微笑み、その傍では、やはり、マティスがバスタブに背中を向けて立っていた。
 鋼鉄の自制心を総動員して、襲いたくなる衝動を抑えているというのに――。
「あ……ね、マティス」
 ローテローゼが声をかけてきた。リラックスしたからだろうか、声が幾分戻っている。
「は、はい?」
「――わたしと本……に……になって……れるの?」
「え? なんと仰せですか?」
「夫婦」
「は……」
「本気……? 嘘? わ……を、からかった……か?」
 言いながらローテローゼが、背中から抱き着いてきた。
 柔らかい胸が、むぎゅっと背中に押し付けられる。
「ひ、姫……」
「……こわい……一緒に、いて……その……夫婦……」
 後半は何を言ったのか聞き取れなかったが、マティスは慌てた。ずるずると床に座り込んだローテローゼが、小刻みに震えている。
「姫!」
 マティスはその華奢な体を抱きしめた。ローテローゼは、こわい、こわい、と何度も繰り返す。
「大丈夫、俺がずっとお側に――」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...