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:身代わりの戴冠式ー6:
しおりを挟むそのままマティスに支えられて王の私室へ下がったローテローゼは、マーリーンに手伝ってもらって衣装を脱ぎ、王の私服へと着替えた。
ふーっ、と大きく息を吐く。
「あれ? お衣装はそれでよいのですか? 今後は予定は特になく、今宵の晩さん会はローテローゼさまのお姿での出席予定となっていますが……」
と、予定表を取り出したマティスが首をかしげる。王の私服ではなくローテローゼの服を着たほうが良いだろうと思うのだがローテローゼは首を横に振った。
「兄妹揃……こん……声は……おかし……ら……晩餐会欠席」
「ああ、それもそうですね。では、ローテローゼさまは夕べ遅くから急な任務でお出かけ、ということで通しましょう」
こくり、と、ローテローゼが頷く。もっとも、兄の戴冠式に出られないほどの急な任務などそう滅多にあるものではないが。
「あらあら、ローテローゼさま、埃まみれですよ。予定にはないけれども、お風呂に入っていらっしゃいな。」
殊更明るくマーリーンが言う。
「その間に、晩さん会で着るベルナールさまの服をローテローゼさまに合わせてお直ししておくから、ね?」
「――では、そう……」
ゆっくり立ち上がったローテローゼを、マーリーンがぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。
「姫。よく頑張ってるね。偉いよ」
「あり――とう……」
「この国のだれよりも偉い。ちゃあんとあたしらはわかってるよ。もう少しの辛抱だからね。うちのバカ息子をこき使っていいから、頑張るんだよ。さ、マティス、不届き者が襲撃しないとも限らない。しっかりお守りするんだよ」
どこから取り出したのか、マーリーンが細身の剣を息子に手渡した。
「これは――俺の予備の剣……」
いつの間に、と、ローテローゼとマティスが同時にマーリーンを見る。
「お前のお父さんは祖国では護衛騎士の任……こちらだと宮廷騎士だね。護衛騎士の妻はいつでも夫の予備の剣を持って歩くのが当たり前でね。あたしがお城で仕事のときは剣を持ってお城に上がるのが習慣だったのよ。だから今回はその習慣に従ってあんたの予備の剣を持ってきていたんだ。役に立ったみたいだね」
今、マティスの腰に長い剣はなく、短剣が下がっている。先ほどの戦いで愛剣が壊れてしまった。
その愛剣は城内の修理部署に出すとして、しばらくは武器庫に、余りものを借りに行かなければと思っていたところだったのだ。
母から受け取った剣を腰に差し、マティスはほっとしたような表情になった。
腰にずっしりとした重み。落ち着く。
「よし、大丈夫。何があってもお守りします」
「じゃあ、しっかりね。あたしゃお針子の部屋にちょっと行ってくるよ」
陽気に立ち去る『母』にマティスとローテローゼは礼を述べ、深々と頭を下げた。
マーリーンが退室して、数分。
ローテローゼは薔薇を浮かべた湯を見て微笑み、その傍では、やはり、マティスがバスタブに背中を向けて立っていた。
鋼鉄の自制心を総動員して、襲いたくなる衝動を抑えているというのに――。
「あ……ね、マティス」
ローテローゼが声をかけてきた。リラックスしたからだろうか、声が幾分戻っている。
「は、はい?」
「――わたしと本……に……になって……れるの?」
「え? なんと仰せですか?」
「夫婦」
「は……」
「本気……? 嘘? わ……を、からかった……か?」
言いながらローテローゼが、背中から抱き着いてきた。
柔らかい胸が、むぎゅっと背中に押し付けられる。
「ひ、姫……」
「……こわい……一緒に、いて……その……夫婦……」
後半は何を言ったのか聞き取れなかったが、マティスは慌てた。ずるずると床に座り込んだローテローゼが、小刻みに震えている。
「姫!」
マティスはその華奢な体を抱きしめた。ローテローゼは、こわい、こわい、と何度も繰り返す。
「大丈夫、俺がずっとお側に――」
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