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:身代わりの戴冠式ー1:

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 泣いても笑っても、戴冠式の日はやってくる。
「ローテローゼさま……よろしくお願いします」
 宰相と元老院議長が、朝日が昇ると同時に王の私室へとやってきた。ローテローゼの方はといえば、夜半過ぎからすでに儀式ははじまっている。
 清めの水を飲んだり、神殿に出向いて聖水を振りかけてもらったり、王家の墓に報告に出向いたり、一仕事終えてやっと朝食をとったところだ。
「いよいよ――本番ね」
「はい。何事も起こらないことを祈るばかりです」
 ふたりとも、古式ゆかしい衣装――紺地に金糸で薔薇が描かれたローブだ――で正装している。非常に動きづらいのだろう、動きがギクシャクしている。
「我々は執務室の方で、陛下の着付けが終わるのをお待ちいたします」
「わかったわ」
 ローテローゼが緊張の面持ちで頷いた。
(ああ、お兄さま……どうしていらっしゃるのかしら)

 ふたりが出て行った少しあと、こっそり秘密を打ち明けられたマティスの母と、マティスが入室してきた。
 仰々しい――いや、古式ゆかしい衣装の着付けは、マティス一人では限界があった。それに、「当日、陛下の着付けは不要である」と会議室でマティスが告げた時に、メイドたちが思い切り不審がった。咄嗟にその場で宰相が、
「この、騎士マティスの母が衣装の専門家あるのをご存知か。当日は、マティスの母マーリーンが着つけてくれることになっているため、そなたらは神殿で参列者として待っていて欲しい」
 と、大法螺を吹いた。
 当然、質問や疑問が吹き出す。
 立て板に水とはこのことか、流暢な弁舌――法螺を立て続けに吹きまくる宰相の横で、マティスの目が点になっているのをローテローゼははっきり見た。

「おばさま、ごめんなさいね、大変な秘密を背負わせてしまって」
 ふくよかで柔らかい雰囲気のマーリーンは、その場にいるだけで周囲が明るくなる。
「いえいえ。陛下のご苦労に比べたらこの程度のことなど……」
「念のため機密保持の書類にサインをさせた。秘密が漏れたら私が自らの手で母の首を落とすことになっていますのでご安心下さい」
 騎士の正装に身を包み、胸元に白い薔薇をさしたマティスがまじめな顔で言う。
「マティス! なんてことを! おばさまの口がかたいことは知っているわ。秘密が漏れる心配なんてしていないのに……」
「万が一、ということもあるからな……」
 マーリーンは、衣装の専門家である。王宮でもっとも腕の良いお針子として名をはせていた。だからといって古来よりの伝統衣装に詳しいかどうかは別問題であるが、マーリーンは落ち着いている。
「宰相さまに恥をかかせてはいけませんからね――きちんと、古来の衣装の勉強をしてきましたよ」
 ありがとう、と、ローテローゼが微笑む。
「ローテローゼさま……」
「は、はい」
「陛下、いえ、姫さま。大変でしたね。お気の毒に……ちゃんと召し上がっていますか? 眠れていますか? 痛いところはない?」
 幼いころと少しも変わらないマーリーンが、優しく抱きしめてくれた。
 ふいに、ぽろり、と、ローテローゼの涙がこぼれた。
「大変なことばかりよ。でも、お兄さまが戻ってくるまでだから……頑張るの」
「ええ、もう少しの辛抱、今日が山場ですからね。一緒に乗り切りましょう。絶対に姫さまだとバレないよう、完璧に着付けをしますからね」
「母上! 姫がぼろぼろ泣いている!」
「男どもが寄ってたかって姫様にそれだけ重たいものを背負わせたんだよ。姫は頑張り屋さんだから弱音は吐かないさ。さあ、姫、戴冠式前に泣いてスッキリしてしまうと良いよ」
 大丈夫、と、言いながらもローテローゼは泣いた。何を言うわけでもなく、なぜ泣けたのかもわからないが、黙って付き添ってくれたマーリーンの気持ちが、嬉しかった。
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