上 下
20 / 106

:身代わり国王の執務ー10:

しおりを挟む
 思えば、マティスにはキスをされたり抱きしめられたり、胸を揉まれたり。
 その場の雰囲気に流されてしまった自分が情けないと思ったものたが、少なくとも、その行為自体を嫌だと思ったことはなかったし、マティスを遠ざけたいとも思わなかった。

(それは――なぜかしら?)

 自分の気持ちについて考えたことはなかった。否、考える余裕は全くなかった。

 なにせ――今は国王の身代わりという責任重大なイベントの真っ最中なのだ。
「姫、何を考えている?」
「え?」
「ふぅん、思いのほか、余裕たっぷりだな」
 弄られているうちに、くちゅり、と、淫らな水音がしていることに気付いて、ローテローゼは赤面した。
「さて……こんだけ濡れてりゃ、大丈夫だろ――というか、姫、本当は経験あるんじゃないのか? 濡れすぎ」
「は、はじめてよ! 失礼だわ」
 本当か? と、マティスが真顔になって体を接近させた。
「本当よ、あなた以外に体を見せたことはないわ……って、な、な、なに、するの?」
「こうするのさ」
 ぐっと押し込まれたのは――マティスの指、であるらしい。
「ひゃああ、いた、い……」
 未知の感覚と、思いもよらなかったマティスの行為。だが、異物が侵入してきたとローテローゼの隘路が悲鳴をあげはじめた。
「ぬいてぇ、いたい……!」
「む、やっぱり処女か――」
 するりと指が抜かれた。
「え?」
 呆気なくて、拍子抜けした。
 それが表情に出ていたらしい。
「こら、姫……そんなに物欲しそうな顔をしないでくれ。俺の自制心には限界があるんだから」
 きょとんとしたローテローゼは、マティスを穴が開くほど見つめた。
「……あの、ここでおしまい?」
「え!? ――俺が最後まですると思った、のかな?」
「うん」

 あのね、と、マティスがあきれた声を出した。
「姫の気持ちも聞いてないし、恋人同士でもない、それに身代わりで戴冠式という大イベント控えている今、ローテローゼさまをお守りする立場である俺がそんなことをするはずないでしょう?」
「だ、だったらなんで……」
「姫があんまりにも無防備で可愛いから、つい、悪戯してしまった」
「な、なんなの、それっ! マティスのバカっ! 期待して真面目に考えたわたしが、バカみたいじゃない……」
 なぜか、涙が出てきた。ショックだったのと安堵と、照れくささと……色んな気持ちがごった煮だ。
 慌てたようなマティスが、指先でそっと涙を拭ってくれる。
「マティスのバカ! 罰として――今夜は、横で一緒に寝なさい」
「それが罰? まぁ、確かに――」
 密かに愛しいと思っている女が素っ裸で横に寝ていながら抱けないのだからマティスにとっては拷問だ。

 国王のベッドは、無駄に広かった。
 二人並んで寝ても、まだまだ上下左右に余裕がある。
「広いベッドですねぇ……」
「なんでこんなに、広いのかしらね……」
「暗殺予防だと騎士の学校で習いましたよ」
「え? どういうこと?」
 むくり、と上半身を起こしたローテローゼの体に、マティスが慌ててシーツをかけた。
 暗がりとはいえ、無防備に晒される二つの果実は若い男の目に毒だ。
「国によっては、王のベッド脇に警備兵が詰めるところもあるようですが、この国では警備兵が詰めるのはドアの前までです」
「ああ、そうね。つまりその結果、ベッドの周りは警備が手薄になるってことね……」
「はい」
 そのため、ベッドの端に立っても簡単には中央に手が届かない設計になっているのだという。
「確かに――剣を相当伸ばすか、ベッドに登るかしないと、届かないわね」
 ベッドに他人が乗れば気が付くし、剣をそんなに伸ばすと切りにくいだろう。
「しかしここまで広いと、騎士である俺もさすがに落ち着きません」
「わたしもよ……お兄さまやお父さま、ここでどんな心地だったのかしら」
「孤独を感じた夜も、あったかもしれませんね」
「国王って大変ね」
「そうですねぇ……しっかり補佐しなくては」
「マティス、お兄さまをよろしくね」
「はい」
 シーツにくるまったローテローゼが、マティスに体を寄せて微笑んだ。
 マティスはいよいよ、高まる鼓動と熱くなる己を制御することが難しくなっていた。
 だが、手を出すわけにはいかない。
「あのね、姫――俺にあんな悪戯されておきながらその微笑みはまずい。もっと危機感を……って寝てるし!」

 王が隣で安心して寝てくれる――これほどの信頼があるだろうか。

「――おやすみなさい、ローテローゼさま」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...