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:身代わり国王の執務ー4:

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 ローテローゼに何かを言おうとしたマティスの動きが、ふいに、ぴたりと止まった。
「マティス?」
 やけに剣呑な様子のマティスの視線を追って視線を動かせば、簡易的な朝議は、いつの間にか別の議題へと移っている。
「宰相どの、国王陛下の結婚はどうなりましたかな? 先方が返事をまっておるのですぞ」
 この甲高い声は、外務大臣である。
「おお、そうであった。イーヴニール王国の姫君でしたな」
「宰相、ちと暢気すぎますぞ。かの国は大国、よしみを結んでおいて損はないのですぞ。早速この縁談、進めましょう。なに、議長の孫娘には、然るべき見合いを用意すればよろしかろう。所詮、ただの美貌の中流貴族の娘ですからな。王の伴侶になるには家柄も資産も、物足りぬ」
 なんという言い草だ、と、マティスとローテローゼは思わず顔を見合わせた。物腰の柔らかそうな外務大臣の意外な姿を見た。
「さらに宰相、陛下にお子が生まれた場合、王位継承権はどうなりますかな?」
「どうもこうも……王の第一子が王位継承権第一位、第二子がご誕生の暁にはそのお子が第二位。ローテローゼさまの継承権は生涯消えるわけではなく、国王のお子さま方の次の順位になりますな」
「……ではやはり、ローテローゼさまには継承権の放棄宣言か、継承権の統一か――何かをしていただく必要がありますな」
「外務大臣、なぜそのようなことが必要なのかな? 古めかしい。何十年も行われておらぬ制度ですぞ」
「宰相、過去に王位争いが何度もあったのを忘れたわけでは、あるまい?」
 え? と、ローテローゼが首を傾げた。
「貴殿、ローテローゼさまが玉座を狙う、とでも?」
「さよう。ただのきょうだいなら心配はせぬ。しかしお二人は双子であらせられる。片割れが王になり何故己は玉座に座れぬのかと思うやもしれぬ。そうなる前に、継承権を取り上げてしまわねば」
 ローテローゼは絶句した。
 いまだかつて玉座をのぞんだことなど、一度もない。
 幼いころから王となるのは兄であって、自分はその兄を助けるものだと思っている。
 ローテローゼが、マティスを見た。やはりマティスも苦い顔つきになっている。
「ローテローゼさまがこうして身代わりになって玉座に座っていることを、大臣たちに知られてはなりませんね」
「そのようね」
 国王とは斯くも大変なのか、と、ローテローゼは人知れずため息をこぼした。
「ところでマティス、継承権の統一ってどういうこと?」
「――あとで、ご説明申し上げます」

 わかった、と、素直に頷くローテローゼを見ながら、マティスは、国王が駆け落ちした理由をようやく理解した。
 結婚に反対された、望まぬ結婚を強いられた、それだけではなかった。
 継承権の統一。これを嫌がったのだろう。
 騎士学校の授業で学んだ、この国独自の制度だ。法律に『王の伴侶には継承権が発生しない』という文言があるため、成り立つと言っていい。
「ローテローゼさまを守るためでもあったのか……」

 それから程なくして朝議は解散となり、ローテローゼとマティスは重い足取りのまま王の執務室へと移動した。
 黒い執務机に向かうなり、
「マティス、継承権の統一ってどういうこと?」
 と、ローテローゼがきいた。
「簡単に言いますね。ベルナールさまとローテローゼさまがご結婚なさることです」
「へ!?」
「王の伴侶に継承権があってはいけないので、ローテローゼさまの継承権は消失します。そのうえで、陛下のお子を産みまいらせば、その子は間違いなく王位継承権第一位なのです」
「そんな……」
「太古の昔はごきょうだいでお子をなしたようですが、今ではありません。形式的に夫婦になったあと、陛下はご側室との間に子を、王妃さまは愛人との間に子を……」
「ということは……アナスタシアは側室にしかなれず、わたしは好きな人と一緒になれない……」
 声に出してみると、なんと絶望的なことか。思わず唇を噛んで俯いてしまう。
「それを回避するため、ベルナールさまは駆け落ちなさったのでしょう。王家は離婚が認められない。だから愛する人とさっさと結婚してしまえばとりあえずはこちらのもの、ですから」
 ローテローゼは、大きなため息を落とした。
「――頭が痛いわ。理屈ではわかるのだけど、それらすべてを受け入れるのは時間がかかるわ」
 でしょうね、と、マティスも苦笑する。
「お兄さまとアナスタシアが戻ってくるまで、身代わりを頑張るわ」
 羽ペンを手にして、脇に積み上げられた書類を手に取る。
「さ――マティス、これの説明をお願い」
「はい」
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