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:身代わり国王の執務ー3:
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朝議と謁見の一切を取り仕切るのは、宰相の役割である。
頼れる宰相はその場で唐突に、
「ベルナールさまの戴冠式は、諸事情と厳正なる占いの結果により、古式ゆかしいものへ変更されることとなった」
と、高らかに宣言した。
諸官に相談するでもなく、一方的な宣言である。
しかもあまりにも突然で無茶苦茶な内容の発表であったため、さすがに重臣たちが次々と反発する。
「宰相どの、暫し待たれよ」
「何かな、そこの大臣」
「う、占いごときでそのような貴重な内容を決めるとはどういうことか!」
一人が甲高い声で叫んだ。ローテローゼの位置からは顔がよく見えないが、たしか、外務大臣だったか貿易省の役人だったか、そのあたりの海外との付き合いが広い人物である。
「大臣、占いごとき、とは聞き捨てなりませんな」
「な、なんだと!?」
「我が国では代々、然るべき血筋の占い師がおりますぞ。その占いが信じられぬと仰せか」
「でたらめを言うな。どこにそのような占い師がいるのか!」
我が家ですな、と、手を挙げたのは元老院議長だった。宰相も、うむ、と頷いているところを見ると、二人の間では相談済みのことなのだろう。
「わしが若かりし頃、先王と王妃のお傍で頻繁に占いをしたのを覚えておいででしょうな」
年配の人々が「あっ!」と言った顔をした。
先王の正妃は、ひそかに想いを寄せた相手がいた――という。
それが当時のお抱え占い師、美男で大変よくあたる占い師だったというのは公然の秘密である。はなから叶わぬ恋ゆえ二人は想いをつげることも、互いの体に触れることもなかったという。
「う、占い、さようでしたな、結構。承知、了解……」
うむ、と宰相が大きく頷いた。
そんなやり取りを見ながら、
「ちょっと」
と、ローテローゼは小声でマティスを呼んだ。
「は、お呼びでしょうか」
「今更だけど、こんな大事なことを元老院議長と宰相とわたしの三人だけで決めちゃって大丈夫だったの?」
はい、と、マティスは生真面目な顔で頷く。
「我が国の法律『薔薇建国之書』では、国王、元老院、朝廷、この三権が同意すれば良い、と書かれています」
「えーっとつまり……議長の意見は元老院の意思、朝廷代表は宰相、国王の部分はわたしってことね?」
こじつけのような気もするが、この際、文句は言わないでおく。
「陛下の理解がはやくて助かります」
その間にも朝議は進む。話されている内容の八割しかわからないことに危機感を抱いたが、いちいち進行を止めるわけにはいかない。
そうしているうちに次々と下官が急ぎの書類を運んでくる。それらの書類をマティスから受け取って読んで、疑問点があるものはそれを出し、承認のものには国王のサインをする。なかなかに忙しい。
実は、兄とローテローゼのサインは瓜二つだ。何を思ったのかベルナールが、即位したと同時に妹のサインを真似したのだ。
なぜそんなことを、と、不思議に思っていたがまさかこんなところで役に立つとは。
そういった不慣れな作業をしているローテローゼは、眉間に皴が寄っている。
「陛下、失礼ながら眉間に皴が……」
「……布があって見えないからいいのでは?」
「それは、そうですが――」
「国王って大変ね……」
「そうですね」
「これ、解説してくれる?」
「はい」
マティスと宰相の助けがなければ到底やって行けそうにない。
兄はこの重さが嫌になって駆け落ちしたのだろうか、と、思う。
「――いいえ、お兄さまに限ってそんなことはないわ」
王、という地位を楽しんでいる様子ですらあった。民の声を聴くのが楽しく、国を発展させるのが楽しいと言っていた。玉座を投げ捨てたわけではないだろう。
(お兄さま、今頃どこで、どうしていらっしゃるのかしら……)
頼れる宰相はその場で唐突に、
「ベルナールさまの戴冠式は、諸事情と厳正なる占いの結果により、古式ゆかしいものへ変更されることとなった」
と、高らかに宣言した。
諸官に相談するでもなく、一方的な宣言である。
しかもあまりにも突然で無茶苦茶な内容の発表であったため、さすがに重臣たちが次々と反発する。
「宰相どの、暫し待たれよ」
「何かな、そこの大臣」
「う、占いごときでそのような貴重な内容を決めるとはどういうことか!」
一人が甲高い声で叫んだ。ローテローゼの位置からは顔がよく見えないが、たしか、外務大臣だったか貿易省の役人だったか、そのあたりの海外との付き合いが広い人物である。
「大臣、占いごとき、とは聞き捨てなりませんな」
「な、なんだと!?」
「我が国では代々、然るべき血筋の占い師がおりますぞ。その占いが信じられぬと仰せか」
「でたらめを言うな。どこにそのような占い師がいるのか!」
我が家ですな、と、手を挙げたのは元老院議長だった。宰相も、うむ、と頷いているところを見ると、二人の間では相談済みのことなのだろう。
「わしが若かりし頃、先王と王妃のお傍で頻繁に占いをしたのを覚えておいででしょうな」
年配の人々が「あっ!」と言った顔をした。
先王の正妃は、ひそかに想いを寄せた相手がいた――という。
それが当時のお抱え占い師、美男で大変よくあたる占い師だったというのは公然の秘密である。はなから叶わぬ恋ゆえ二人は想いをつげることも、互いの体に触れることもなかったという。
「う、占い、さようでしたな、結構。承知、了解……」
うむ、と宰相が大きく頷いた。
そんなやり取りを見ながら、
「ちょっと」
と、ローテローゼは小声でマティスを呼んだ。
「は、お呼びでしょうか」
「今更だけど、こんな大事なことを元老院議長と宰相とわたしの三人だけで決めちゃって大丈夫だったの?」
はい、と、マティスは生真面目な顔で頷く。
「我が国の法律『薔薇建国之書』では、国王、元老院、朝廷、この三権が同意すれば良い、と書かれています」
「えーっとつまり……議長の意見は元老院の意思、朝廷代表は宰相、国王の部分はわたしってことね?」
こじつけのような気もするが、この際、文句は言わないでおく。
「陛下の理解がはやくて助かります」
その間にも朝議は進む。話されている内容の八割しかわからないことに危機感を抱いたが、いちいち進行を止めるわけにはいかない。
そうしているうちに次々と下官が急ぎの書類を運んでくる。それらの書類をマティスから受け取って読んで、疑問点があるものはそれを出し、承認のものには国王のサインをする。なかなかに忙しい。
実は、兄とローテローゼのサインは瓜二つだ。何を思ったのかベルナールが、即位したと同時に妹のサインを真似したのだ。
なぜそんなことを、と、不思議に思っていたがまさかこんなところで役に立つとは。
そういった不慣れな作業をしているローテローゼは、眉間に皴が寄っている。
「陛下、失礼ながら眉間に皴が……」
「……布があって見えないからいいのでは?」
「それは、そうですが――」
「国王って大変ね……」
「そうですね」
「これ、解説してくれる?」
「はい」
マティスと宰相の助けがなければ到底やって行けそうにない。
兄はこの重さが嫌になって駆け落ちしたのだろうか、と、思う。
「――いいえ、お兄さまに限ってそんなことはないわ」
王、という地位を楽しんでいる様子ですらあった。民の声を聴くのが楽しく、国を発展させるのが楽しいと言っていた。玉座を投げ捨てたわけではないだろう。
(お兄さま、今頃どこで、どうしていらっしゃるのかしら……)
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