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:身代わり国王の執務ー1:
しおりを挟むマティスの妙な宣言を聞かされたものの――正直どうしていいのか、ローテローゼにはわからなかった。
「ちゃんと寝られなかったわ……」
ローテローゼは、のろのろと体を起こした。
窓にかけられたカーテンをそっとあける。太陽はすでにのぼりはじめているが、まだ城は静まり返っている。
うとうとしては目を覚まし、再び寝ては妙な夢を見る、そんなことを、夜通し何度も繰り返した気がする。頭が微かに痛み、体は重たい。
「でも二度寝する気にはなれないわ……」
ローテローゼは手早く身だしなみを整えて、部屋の隅に置いてある籠をひとつ手にして中庭へと降りて行った。
「やっぱりドレスが良いわね」
男装すると、服と一緒に国王としての責任もその身に背負うことになる。それがローテローゼにはひどく重たい。ドレス姿に戻れば、気楽な王の妹に戻れてホッとする。
目指すは中庭を突っ切ったさきにある薔薇園だ。そこは、ローテローゼが好きな場所の一つである。
幼いころ、兄と喧嘩するたびに逃げ込んだ場所であり、拾った宝物をこっそり隠す場所であり――。
「今日も綺麗に咲いてるわね」
朝露に濡れた薔薇を摘む。自分の部屋や兄の部屋、城の入り口に飾るには何色がいいだろうか。
「あ、そうだわ。薔薇のジャムを作りましょう」
マフィンにつけても美味しいし、紅茶に溶かしても美味しい。
ぱちん、ぱちん、と、花ばさみが軽快に鳴る。
しかしローテローゼの顔は曇りがちだ。
兄はいったいどこへ行ったのか。なぜ、アナスタシアは兄の暴挙を諫めることなく同道したのか。
そもそもなぜ、二人の結婚は許されなかったのか。
「駆け落ちするほどに一人の女性を愛せるなんて羨ましい――とか思うわけないでしょう!」
戴冠式目前に逃げ出すとは、とんでもない国王である。国王失格、王族失格であると、ローテローゼは思う。
「帰ってきたら、きつくお仕置きをしなくてはね」
籠に一杯になった薔薇の花を見て、ローテローゼは微笑む。
「厨房へ持っていきましょう」
薔薇園を、ゆっくりと歩く。
ようやく朝日が薔薇園全体を照らしはじめ、人々が活動し始めた気配がそこかしこでする。
「思いのほか時間が経ってしまったわ。急いで戻らなくちゃ」
今日も一日、忙しくなるはずだ。宰相から渡された紙にはスケジュールがびっしり書いてあった。マティスや宰相の協力を得ながら粗相なくこなさないと――そう思いながら足早に厨房へ行って薔薇を預け、急ぎ足で自室へ戻ったローテローゼは、ふうっとため息を吐いて長椅子に腰かけた。
そこには、兄のクローゼットから持ってきた王の執務用服がたたんでおいてある。
マティスが来る前に、男装を完了させておかなければならない。
またあんな悪戯をされてしまうのは勘弁願いたい。
「マティスったら、ふざけて……。そうよ、ああいうのは――恋人同士がするものよ……」
しかし、マティスに揉まれたことを思いだすだけで、両胸が痺れたような甘い疼きを持つし、下腹部がきゅんとするのはどうしたことか。
己の胸元を見て、ローテローゼは赤面した。二つの頂がツンと立ち上がって存在を主張しているように見えた。
「いやだわ……これじゃ、触ってもらうのを待ってるみたいじゃない……」
マティスとは、恋人同士ではない。幼馴染である。
しかも彼は、兄の側近であり、兄の騎士だ。
マティスは兄のもの、そういう目でしか見ていなかったため、マティスの目が自分に注がれていたなど、思ったこともなかった。
「それにわたしは王の妹。政治や外交のために嫁ぐのが当り前よ……」
王の指示に従って婚姻を結ぶのも、王家に生まれた娘の役割だと思っている。だから、恋も何も、することはなく――。
「……考えても仕方ないわね。はやく着替えてしまいましょう」
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