上 下
9 / 106

:身代わり国王ー7:

しおりを挟む
 バルコニーから室内へ戻った三人は、窓にきっちりカーテンを引いた後でいっせいに大きなため息を吐いた。
「はあぁ……終わった」
 マティスが呟いてローテローゼが頷く
。一瞬、部屋に静寂が満ちた。王が引っ込んだというのに、民の喜びの声は続いている。
「すごい声ね……」
「なんとかなりましたな……ローテローゼさま、お見事でした」
 カーテンをほんの少しあけて外を見る。よかった、と、ローテローゼは床に座り込む。
「今頃、足が震えてきちゃった。汗もかいてしまったわ」
 胸元に余計な布を巻き付けているぶん、暑いし重たい。
「この布、これからしばらく、毎日巻かないといけないのよね」
「そう……ですねぇ……」
 にやり、と、マティスが笑った。その笑顔に、ローテローゼは慌ててしまう。
「ローテローゼさまがおひとりで出来るようになるまで、僭越ながらこのマティスがお手伝い致しましょう」
 と、耳元で囁く始末だ。
「え、け、結構よ!」
「今回は、想定外の出来事がありずいぶんと民を待たせてしまいました。あまりに毎度、待ち時間が長いと民が不審がりましょう」
 ローテローゼは、口をパクパクさせてマティスに抗議した。
 想定外の出来事をやったのは、ほかならぬマティスである。毎度毎度、あのようなことをされたのでは、たまらない。
 だいたいマティスとは、そのようなことをする間柄ではない。さっきはついうっかり雰囲気に流されてしまったが、ぴしゃりと断らなくてはいけない。
「あ、あんな行為は結構よ、お断りだわ」
「そうですか? 結構喜んでいたように……」
「そんなわけないでしょう! まったくもう。怒るわよ」
 承知いたしました、と、マティスが言う。
「そうよ……朝起きてからずっと男装していればいいのよ! ね、宰相」
 それはどうでしょう、と、宰相は首を傾げた。
「申し訳ないのですが、戴冠式を前ににして王の妹君のお姿が理由もなく消えるのは不自然にございましょう。ローテローゼさまとしてお姿を見せることも必要かと……」
 ああ、そうよね、と、ローテローゼががっかりする。
「しかし戴冠式当日は、何か然るべきご欠席の理由をつけなくてはなりませんが、今日明日は少なくとも一人二役をお願いいたします」
「宰相……一人二役……って言った?」
「はい」
「マティス、お兄さまの影武者は? よく似た人を探してくれるって……」
「残念ながら見当たりませんでした」
 マティスがしれっと答える。
 ローテローゼは、よろよろと、テーブルに置いてある予定表を手に取った。
「ええっと……今宵の晩さん会は、女主人……わたしがホストだから、午後には女に戻らなくちゃいけないわね」
「左様でございます」
「お兄さま不在の理由はどうしましょう? 今宵の晩さん会は女性参加者同士の交流が目的だから、お兄さま不在でも構わないと思うけれど……」
「そうですな、女性の集まりゆえ敢えて遠慮して、戴冠式前に神殿に籠るノワゼット国独自の儀式に臨んでいる、とでも申せばよいでしょう」
「神殿を確認する者はいないとは思うけれど……念のため、誰か信頼のおける人物を、影武者として神殿に派遣できるかしら? 背格好が似てればいいわ」
 宰相は頭を軽く下げる。
「マティスと共に、騎士団の中から口が堅くてベルナールさまに似た背格好の男を選んでおきましょう」
「お願いね」
「では私は、宮廷騎士として影武者とともに神殿に籠りましょう。その方がもっともらしい」
 マティスの言葉に、宰相が手を挙げた。
「まってくれ、マティス。お前は出来る限りローテローゼさまのお側に。この上ローテローゼさまの身に何かあっては一大事ゆえ――」

 一同の脳裏をよぎったのは、先代を襲った暗殺者の件だ。
 取り押さえられた男はその場で自害してしまったため、何者が放った暗殺者だったのかはっきりとしないままなのだ。
 それ以降王族に刃を向ける者はいないが、なんとなく、警戒は強まっている。
 そのために、剣の腕が立つマティスが宮廷騎士に召し上げられたと言っても過言ではない。
「マティス、わたしの警護、よろしくお願いします……」
「はい。命に代えましても」
 マティスが、騎士の正式な礼をとった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...