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:身代わり国王ー7:
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バルコニーから室内へ戻った三人は、窓にきっちりカーテンを引いた後でいっせいに大きなため息を吐いた。
「はあぁ……終わった」
マティスが呟いてローテローゼが頷く
。一瞬、部屋に静寂が満ちた。王が引っ込んだというのに、民の喜びの声は続いている。
「すごい声ね……」
「なんとかなりましたな……ローテローゼさま、お見事でした」
カーテンをほんの少しあけて外を見る。よかった、と、ローテローゼは床に座り込む。
「今頃、足が震えてきちゃった。汗もかいてしまったわ」
胸元に余計な布を巻き付けているぶん、暑いし重たい。
「この布、これからしばらく、毎日巻かないといけないのよね」
「そう……ですねぇ……」
にやり、と、マティスが笑った。その笑顔に、ローテローゼは慌ててしまう。
「ローテローゼさまがおひとりで出来るようになるまで、僭越ながらこのマティスがお手伝い致しましょう」
と、耳元で囁く始末だ。
「え、け、結構よ!」
「今回は、想定外の出来事がありずいぶんと民を待たせてしまいました。あまりに毎度、待ち時間が長いと民が不審がりましょう」
ローテローゼは、口をパクパクさせてマティスに抗議した。
想定外の出来事をやったのは、ほかならぬマティスである。毎度毎度、あのようなことをされたのでは、たまらない。
だいたいマティスとは、そのようなことをする間柄ではない。さっきはついうっかり雰囲気に流されてしまったが、ぴしゃりと断らなくてはいけない。
「あ、あんな行為は結構よ、お断りだわ」
「そうですか? 結構喜んでいたように……」
「そんなわけないでしょう! まったくもう。怒るわよ」
承知いたしました、と、マティスが言う。
「そうよ……朝起きてからずっと男装していればいいのよ! ね、宰相」
それはどうでしょう、と、宰相は首を傾げた。
「申し訳ないのですが、戴冠式を前ににして王の妹君のお姿が理由もなく消えるのは不自然にございましょう。ローテローゼさまとしてお姿を見せることも必要かと……」
ああ、そうよね、と、ローテローゼががっかりする。
「しかし戴冠式当日は、何か然るべきご欠席の理由をつけなくてはなりませんが、今日明日は少なくとも一人二役をお願いいたします」
「宰相……一人二役……って言った?」
「はい」
「マティス、お兄さまの影武者は? よく似た人を探してくれるって……」
「残念ながら見当たりませんでした」
マティスがしれっと答える。
ローテローゼは、よろよろと、テーブルに置いてある予定表を手に取った。
「ええっと……今宵の晩さん会は、女主人……わたしがホストだから、午後には女に戻らなくちゃいけないわね」
「左様でございます」
「お兄さま不在の理由はどうしましょう? 今宵の晩さん会は女性参加者同士の交流が目的だから、お兄さま不在でも構わないと思うけれど……」
「そうですな、女性の集まりゆえ敢えて遠慮して、戴冠式前に神殿に籠るノワゼット国独自の儀式に臨んでいる、とでも申せばよいでしょう」
「神殿を確認する者はいないとは思うけれど……念のため、誰か信頼のおける人物を、影武者として神殿に派遣できるかしら? 背格好が似てればいいわ」
宰相は頭を軽く下げる。
「マティスと共に、騎士団の中から口が堅くてベルナールさまに似た背格好の男を選んでおきましょう」
「お願いね」
「では私は、宮廷騎士として影武者とともに神殿に籠りましょう。その方がもっともらしい」
マティスの言葉に、宰相が手を挙げた。
「まってくれ、マティス。お前は出来る限りローテローゼさまのお側に。この上ローテローゼさまの身に何かあっては一大事ゆえ――」
一同の脳裏をよぎったのは、先代を襲った暗殺者の件だ。
取り押さえられた男はその場で自害してしまったため、何者が放った暗殺者だったのかはっきりとしないままなのだ。
それ以降王族に刃を向ける者はいないが、なんとなく、警戒は強まっている。
そのために、剣の腕が立つマティスが宮廷騎士に召し上げられたと言っても過言ではない。
「マティス、わたしの警護、よろしくお願いします……」
「はい。命に代えましても」
マティスが、騎士の正式な礼をとった。
「はあぁ……終わった」
マティスが呟いてローテローゼが頷く
。一瞬、部屋に静寂が満ちた。王が引っ込んだというのに、民の喜びの声は続いている。
「すごい声ね……」
「なんとかなりましたな……ローテローゼさま、お見事でした」
カーテンをほんの少しあけて外を見る。よかった、と、ローテローゼは床に座り込む。
「今頃、足が震えてきちゃった。汗もかいてしまったわ」
胸元に余計な布を巻き付けているぶん、暑いし重たい。
「この布、これからしばらく、毎日巻かないといけないのよね」
「そう……ですねぇ……」
にやり、と、マティスが笑った。その笑顔に、ローテローゼは慌ててしまう。
「ローテローゼさまがおひとりで出来るようになるまで、僭越ながらこのマティスがお手伝い致しましょう」
と、耳元で囁く始末だ。
「え、け、結構よ!」
「今回は、想定外の出来事がありずいぶんと民を待たせてしまいました。あまりに毎度、待ち時間が長いと民が不審がりましょう」
ローテローゼは、口をパクパクさせてマティスに抗議した。
想定外の出来事をやったのは、ほかならぬマティスである。毎度毎度、あのようなことをされたのでは、たまらない。
だいたいマティスとは、そのようなことをする間柄ではない。さっきはついうっかり雰囲気に流されてしまったが、ぴしゃりと断らなくてはいけない。
「あ、あんな行為は結構よ、お断りだわ」
「そうですか? 結構喜んでいたように……」
「そんなわけないでしょう! まったくもう。怒るわよ」
承知いたしました、と、マティスが言う。
「そうよ……朝起きてからずっと男装していればいいのよ! ね、宰相」
それはどうでしょう、と、宰相は首を傾げた。
「申し訳ないのですが、戴冠式を前ににして王の妹君のお姿が理由もなく消えるのは不自然にございましょう。ローテローゼさまとしてお姿を見せることも必要かと……」
ああ、そうよね、と、ローテローゼががっかりする。
「しかし戴冠式当日は、何か然るべきご欠席の理由をつけなくてはなりませんが、今日明日は少なくとも一人二役をお願いいたします」
「宰相……一人二役……って言った?」
「はい」
「マティス、お兄さまの影武者は? よく似た人を探してくれるって……」
「残念ながら見当たりませんでした」
マティスがしれっと答える。
ローテローゼは、よろよろと、テーブルに置いてある予定表を手に取った。
「ええっと……今宵の晩さん会は、女主人……わたしがホストだから、午後には女に戻らなくちゃいけないわね」
「左様でございます」
「お兄さま不在の理由はどうしましょう? 今宵の晩さん会は女性参加者同士の交流が目的だから、お兄さま不在でも構わないと思うけれど……」
「そうですな、女性の集まりゆえ敢えて遠慮して、戴冠式前に神殿に籠るノワゼット国独自の儀式に臨んでいる、とでも申せばよいでしょう」
「神殿を確認する者はいないとは思うけれど……念のため、誰か信頼のおける人物を、影武者として神殿に派遣できるかしら? 背格好が似てればいいわ」
宰相は頭を軽く下げる。
「マティスと共に、騎士団の中から口が堅くてベルナールさまに似た背格好の男を選んでおきましょう」
「お願いね」
「では私は、宮廷騎士として影武者とともに神殿に籠りましょう。その方がもっともらしい」
マティスの言葉に、宰相が手を挙げた。
「まってくれ、マティス。お前は出来る限りローテローゼさまのお側に。この上ローテローゼさまの身に何かあっては一大事ゆえ――」
一同の脳裏をよぎったのは、先代を襲った暗殺者の件だ。
取り押さえられた男はその場で自害してしまったため、何者が放った暗殺者だったのかはっきりとしないままなのだ。
それ以降王族に刃を向ける者はいないが、なんとなく、警戒は強まっている。
そのために、剣の腕が立つマティスが宮廷騎士に召し上げられたと言っても過言ではない。
「マティス、わたしの警護、よろしくお願いします……」
「はい。命に代えましても」
マティスが、騎士の正式な礼をとった。
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