上 下
3 / 106

:身代わり国王ー1:

しおりを挟む
 いくら双子で顔立ちが瓜二つとはいえ、やはり男と女である。
 幼き頃は入れ替わって周りを驚かせて遊んでいたものの、十代も後半に入れば、それなりに男女差というものが出てくる。
「ベルナールさまは背が高く男らしい体つき……ローテローゼさまは華奢で女らしい体つき……さてもさても厄介な……」
 両者が中性的であったならどれだけ楽だったか、と、思わず宰相がつぶやく。

 喉元を隠すため、襟は高いものを。
 胸元や肩幅を誤魔化すためにゆったりとしたシルエットの上着を。
 剣だこがないことを隠すために手袋必須で……と、宰相とマティスがあちこち走り回る。
 城のすべての塔を駆け回り、あらゆるクローゼットを引っ掻き回してそれらしいものを集める。
 一方、
「お兄さまは国王としての振る舞いを身に着けていらしたわ。わたしは、そんなもの……」
 目の前に次々と用意される王の衣装と、『王の一日』と題された紙を前にしたローテローゼは、深いため息を吐く。普段は穏やかな表情が多いローテローゼだが今回は焦りと不安がありありと見てとれる。
「ローテローゼさまなら、大丈夫です」
「そうかしら……」
 はい、と、宰相が安心させるようにゆったりと頷く。
 というのも、ローテローゼは急遽玉座に座ることになった兄の補佐をするために出来る限りの執務に同行してきた。しかもベルナールは王妃が決まっていなかったため、王妃の仕事も代理でこなしていた。
 そのおかげで、紙に書いてあることの行事の大半は理解できるし、案件の概要や国内外の要人の顔と名前もわかる。
 しかしーーそれらの理解は出来るが、いざ『裁可』となると話が違う。
 サインをして王の印を捺す。そこには責任が伴うのだ。

 多少の会議や会食も兄を真似て振舞うことも、本当に多少なら出来るだろうが、外交のような大規模な会談になると自信がない。
 そんな事態にならないように願うばかりだ。
「お兄さま、早く帰ってきてくださいね……」
 思わず祈ってしまう。

 肝心の二人であるが、元老院議長がひそかに追手を出している。しかしどこへ駆けて行ったのかさっぱり見当がつかないため、城から東西南北すべての方向に人を派遣したと聞いた。
 知らせはまだない。
 二人を見つけるにはまだまだ時間がかかるだろう。

 テーブルの上に飾られた薔薇が、はらはらと散った。ローテローゼはそれを見て眉を寄せた。
「いやだわ……何か不吉……」
 薔薇の花びらを手にしたところで、軽快な足取りでマティスがやってきた。騎士の制服やマントは脱いで、シャツとトラウザーズに腰には細身の剣という格好になっている。どこか別人のようである。
「ローテローゼさま、急いでお衣装のサイズあわせをしましょう」
「え?」
「袖や丈をローテローゼさまに合わせて直してもらいます」
 ローテローゼは素直に立ち上がり、上着を広げているマティスの前に立つ。
 袖を通したが、すぐに困惑の表情になった。
「あの、マティス」
「はい?」
「ドレスを脱いで、バッスルも外して、コルセットも外さないとダメだと思うわ」
 あああ、と、マティスがつぶやいた。
「で、では……恐れながらいま、ドレスを脱いでください」
 ぼわ、と、ローテローゼの顔が瞬時に真っ赤になった。視線がおろおろと泳ぐ。だが、ローテローゼはすぐに小さく頷いた。
「わ、わかったわ、緊急事態だものね。それでも、自分の部屋でコルセット外して部屋着に着替えてくるからマティスは……」
「し、失礼いたしました」
 ローテローゼがいつものようにメイドをよぼうとしたが、今度はマティスが慌てたようにローテローゼの口を塞いだ。
「ダメです!」
「むぐ?」
「昼間にコルセットを脱ぐ理由がありません。不審がられます」
「あ……そうね……」
 困った、と、二人して沈黙してしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性執事は公爵に一夜の思い出を希う

石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。 けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。 それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。 本編4話、結婚式編10話です。

処理中です...