身代わりで男装した王女は宮廷騎士の手で淫らに健気に花開く

酉埜空音

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:プロローグー2:

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 それから十年以上の月日が流れ――双子はこの国での成人である十八歳になる年を迎えていた。

 飲酒もたばこも、ギャンブルも結婚も子作りも借金も引っ越しも、なんでも保護者の許可なく行えるようになる。自由度がぐっとます年齢である。

 穏やかそのものだった薔薇王国は、咲き乱れる薔薇が全部吹っ飛びそうなほどの椿事が出来していた。
「大変です。ベルナールさま、御駆け落ちにございます!」
 国王の私室に、悲痛な老人の声が響いた。
「おかけおち……? お、かけおち? 駆け落ち!」
 国王の私室には、その姿が見えないため心配して探していた人々が集っている。その全員が動きを止めて銀色の騎士マティスと、悲嘆にくれる老人を交互に見た。

 一年ほど前に、ベルナールは急遽王位を継いでいた。
 父である国王が薔薇の手入れの最中に暗殺者に襲われ、瀕死の重傷を負ってしまった。命は取り留めたが、とても玉座に座れる状況ではない。そのため、息子に玉座を譲ったのだ。
 事情が事情ゆえ重臣たちはほとんどそっくりそのまま残ったが、多少の人事異動が行われ、王族の警護を手厚くすることになった。
 王立騎士団員になっていたマティスは『王宮騎士』として王と王妹の傍にいることになり、アナスタシアはローテローゼ付き侍女兼護衛として傍にいることになった。
「マティス……お兄さまを、新王陛下をお守りしてね」
「もちろんです」
 父が退位し兄が即位するあわただしさの中、ローテローゼはひっそりと不安に苛まれていた。そんなときに、いつもそばにいてくれたのが、マティスだった。
 爽やかに笑うマティスが、はじめてローテローゼの手の甲に口づけたのも、そのころだった。騎士として貴婦人に対する正式な所作なのだが、ローテローゼの頬は赤く染まった。
「マ、マティス……突然、どうしたの……」
「ローテローゼさま、貴女様もそろそろ社交界デビューするお年頃、つまり――一人前のレディでしょう?」
「わたしはまだ、社交界デビューは……」
「おや、なさらないのですか?」
「はい……わたしはまだ子供ですから自信がありません」
 くすり、と、マティスが笑った。
「これだけの美貌と教養でありながら、何をおっしゃるのやら」
 彼女の美しさやにじみ出る気品は、おそらく同年代の少女たちの間では群を抜いている。

――十分、体も大人になっているというのに無自覚であらせられる

「え? マティス、何か言った?」
「いいえ、何か聞こえましたか?」
 マティスのみならず、王宮の男たちは知っている。ローテローゼが華奢な体に似合わぬ大きな胸の持ち主であるということを。その身を誰が美味しく頂くのだろうか? と、男たちが噂しあっていることも。
 そしてマティスとごく一部の人々は知っている。ローテローゼは大人しそうな雰囲気とは裏腹にしっかりした人物であるということを。彼女を手に入れれば、素晴らしい肉体と素晴らしい血筋、家を盛り立ててくれるだろう頭脳と気性。
 彼女は、得難き人物なのである。
「下種な輩から、お守りせねば……!」
 マティスはそう、胸に誓っている。
 とにもかくにも、そうこうしているうちに新王朝も落ち着いてきた。先王の襲撃犯はまだわかっていないものの、やっと、先延ばしになっていた戴冠式を――という運びになっていたのだが、しかし、血相を変えた老人の一言で、室内の空気は動きを止めてしまった。
「……元老院議長、説明をお願いする」
「ですから……マティスどの。陛下と我が孫娘が、手に手を取って御駆け落ちを致しましてございまする。結婚を許してくれないから逃げますと、書簡が……」
 絨毯に額をこすりつけんばかりにして泣く老翁。その震える手にはパピルスが握られている。
「なんということ……」
 パピルスを読んだ宰相は思わず、窓の外へ目線を投げた。国王の戴冠式を行う旨はすでに、国民に通知済みである。
 今更、ナシになりました、とは言えない。
 ナシになった理由が、国王の駆け落ちだなどと、論外である。
 シン、と静まり返った部屋で、ローテローゼが小さく言った。
「あ、の……国王の姿が玉座にないのは、まずいのでは……? お兄さまの駆け落ちが知られてはいけないのでしょう?」
 暫く唸っていた宰相の目が、突然、ローテローゼの顔で止まった。
「ローテローゼさま……」
「はい」
「かくなるうえは、身代わりを!」
「無理です、無理よ、宰相!」
「いいえ、大丈夫です。陛下とローテローゼさまは瓜二つ、遠目で見ればどちらであるかはわかりません。取り敢えず戴冠式の間だけでも! マティス、どうだ?」
 無理よ、と、ローテローゼは叫ぶが、しかし、これ以上の名案は浮かばない。
「で、では、私が陛下によく似た男を探してみますので、影武者が見つかるまでの間、ローテローゼさまに身代わりをお願いいたします」
 それがよい、と、宰相がうんうんと頷く。
「まって、戴冠式当日だけではないの?」
「戴冠式前後に、王が宮に引きこもっているのもおかしな話、皆に姿を見せなければなりませんな」
 宰相に告げられ、そんな、と、ローテローゼが涙目になる。
「ね、ねぇ、マティス……」
「大丈夫です、私がお傍でお守りしますから。一緒に乗り切りましょう」

こうして、ローテローゼは身代わりで戴冠式にのぞむことになってしまった。
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