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「お異母姉ねえさま、急いで新しい布を持ってきてくださいね。王都で一番美しいと言われるわたくしにふさわしい、美しい模様で華やかなものを早急に!」
「わかり……ました」
「まったく使えないんだから!」
 ばさり、と、大きな布が投げつけられる。砂よけの布はレディたちの装いの一部であり、華麗さを競う対象でもあり、年々華美になっている。
 並べ立てられる悪口雑言の数々に、床に座って、ドレスの調整をしている令嬢がびくりびくりと華奢な身体を震わせる。小さな声で、申し訳ございません、と繰り返す。
「あらあら、叫び声が聞こえましてよ」
 と、そこへ、太い声が掛かった。
「お母さま! マリンローズ、いえ、おねーさまったら、こんな布をわたくしに!」
「まぁまぁ……こんな地味な薄い緑をあてがうなんて……! とても伯爵令嬢に見えない地味なマリンローズは、花の精霊に愛された美しく華やかな妹アスティに嫉妬しているんだろうねぇ。どうなんだい、マリンローズ!」
 刺々しい声と視線が飛び交う。
「……申し訳ございません……お母さま……」
 俯いていたマリンローズが、ゆるゆると顔を上げた。透き通るような白い肌に栗色の髪、ハッとするほどの美貌だが、珍しい青緑色ーー孔雀の羽の色と言われる目が一際美しい。その目が、血の繋がらない母と妹を交互に見る。
「忌々しい目だこと! 派手な色付きの目を持ちながら魔力なしとはね……がっかりだよ」
「あらお母さま、虐めてはお可哀想よ。だって魔力が開花しなかったばかりか、ハインス侯爵さまのご寵愛も、ザルツキー伯爵さまのお気持ちもわたくしに移ってしまいましたもの」
「まあ誰が見ても、心も顔も美しいからね、お前は……。この赤い髪は薔薇の精霊に愛された証だったんだねぇ……素晴らしいよ」
「あ、お母さま……伯爵さまが御到着だわ。庭の東屋でお待ちするから、すぐにお茶とケーキを持ってきて頂戴な。よろしくね、マリンローズ……じゃなくて、お異母姉さま」
 二人が荒々しい気配を撒き散らしながら部屋を出た後、マリンローズはため息をつく。

「……お父さま、はやくお元気になってこのお屋敷にお戻りください」

 父の再婚相手のペティーと、ペティーが産んだ娘アスティは、誰もが振り返るような美人だ。そのぶん金遣いも荒く異性関係も奔放、マリンローズの母が生前、堅実に貯めてきたお金がたちまち減ってしまった。
 だが二人は気にする様子もなく、今も、若き軍人ザルツキー伯爵をもてなしている。手にしている贈り物はーーいくらするのだろうか。
 そして、目の色から強力な魔力開花が期待されていたマリンローズが魔力なしだと判明するや否や、露骨にメイド同然の扱いをはじめた。
「お茶は……あら、少し熱いかしらね。ケーキはこれね……」
 簡易なお茶会のセットを、手際よく東屋に運ぶ。
 そっと中を見れば、アスティと伯爵の二人だけ。未婚の女性が、いくらなんでもはしたない。
 ペティーと従者はいったいどこへーーと周囲を見れば、少し離れたところで身を寄せ合っている。
 きっとこの二組のカップルは、このまま朝まで過ごすのだろう。
 明らかに父への裏切りである。王立神殿に申し立てれば離縁の理由として認められるだろうがーーきっと父はそれをせず、ペティーを許すだろう。

「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
「おお、マリンローズ。久しいな」
「ご無沙汰しております」
「……なぜ、長女のきみが、メイドのようなことをしているのかな?」
 まさか、元恋人に「虐げられています」と言うわけにもいかない。
「亡き母がしていた家事の一切合切を、そのままわたくしが引き継いだのです」
「ああ……きみのお母上は侯爵令嬢に珍しく家事が万能だったね」
「はい。魔力を持たないぶん、大変な働き者でした」
 マリンローズがお茶会の用意を整えている間も、アスティは甘えた声と仕草で伯爵にもたれかかる。
 愛らしい顔立ちと豊満な身体に迫られれば、ほとんどの男は参ってしまうだろう。
「それでは、わたくしは母屋に戻ります」
「おねーさまぁ、ご苦労さまぁ……」
 アスティがこれ見よがしに伯爵に身体をすり寄せ、はしたないことに、伯爵の手をドレスの胸元に導いた。
 伯爵の目の色がかわり、ぐっとドレスの胸元が押し下げられ、丸い膨らみが飛び出す。無骨な手がそれを揉みほぐす。たちまち、アスティの艶やかな喘ぎが東屋に響く。
 マリンローズはザルツキー伯爵を愛していたが、決して身体を許さなかった。貴族のマナーに従い、結婚するまで待って、と。伯爵はそれが不満そうであったがーー。
 
「さようなら、伯爵さま……」
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