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わたくしをお連れください

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 ボルドーに案内され、大理石の廊下を進む。手入れの行き届いた城内には、明らかに高価な調度品や大きな肖像画や芸術品が飾られていて豪奢だ。だが、どこか殺伐としている。心の豊かさのためというよりも資金力を見せつけるための芸術品なのだろう
 すれ違う人々も、文官よりも武官の方が多いように思われた。
 そんな中でもヒソヒソ声は、止まない。あまりに無礼な内容を含み、そんなときはボルドーが咳払いしてやめさせる。
「教育が行き届かず、失礼いたしました。武に偏り礼儀を忘れた連中がいささか多いようで……」
「いえ、たしかにわたくしは……それほど魅力のある女ではありませんから……」
 格別優れた容姿というわけでも、褒められる性格でもない。価値があるのは、王族の血筋だけ。
 しかしそれでも呪われた王女など人質としての価値がほとんどない、などとはっきり言う人もいる。
 
 城の中枢部、さらに奥へと近づくにつれ、不躾な視線が減ってくるのがアイリーンを安堵させた。
「王女殿下、こちらをまっすぐ進んで……」
 と、ボルドーがはっとして足を止めた。
 向こうから、兵士が数人走ってくる。
「ボルドーさま、皇帝陛下が飛び出して行かれました」
「なに?」
 あ、と、兵士が立ち止まった。アイリーンたちが誰であるのか悟ったのだろう。オロオロする兵士を制したボルドーが、丁寧にアイリーンに頭を下げた。
「申し訳ございません。皇帝陛下の準備が整い次第、ご案内いたします」
 こちらへ、と、今来た道を引き返す。
「失礼、皇帝陛下は姫君を放り出してどちらへ行かれたのでしょう」
 ジーナがボルドーに問いかける。口調こそ穏やかだが、適当な返答は許さないと顔つきが物語る。
「北の戦場、ピッピールード諸島に」
「なんと、老齢の皇帝陛下ご自身が、兵を率いて戦に出られると?」
「はい。ここぞという曲面では、ほとんど陛下ご自身の命で兵が動きます。我が国の流儀にございますゆえ、ご理解ください」
 穏やかだがキッパリ、ボルドーが言う。そこには帝国の強さ、傲慢さが垣間見える。
「……左様でございますか」
 悔しそうに引き下がるジーナを押しのけたアイリーンが震える声で「そんな!」と告げた。
「陛下に……陛下に今すぐ会わせてください」
 震える手を伸ばして、ボルドーの腕を掴む。
「どうか、お願いでございます!」
「アイリーンさま、姫さま、どうなさいましたか」
 突如取り乱したアイリーンに、ジーナも後方に控えていたローズも驚く。
「ジーナ、だって……わ、わたくしは……婚姻による停戦……兵隊を引いて下さるよう、陛下に伏してお願いをしなければならないのです! ああ、一刻も早く……それなのに、陛下は……北に……」
 唇を噛み締めて顔色を無くす王女の姿にボルドーも驚いたらしい。
「アイリーン王女殿下」
 震えるアイリーンが、ボルドーとジーナ、ローズをゆっくり見渡し、ボルドーに頭を下げた。
「わたくしを、お連れください」
「どちらへ……?」
「お願いでございます……わたくしを、陛下の元へお連れください」
 アイリーンの細いが毅然とした声で、周囲は静まり返った。

 アイリーンの直訴は異例の速度で受理され、翌朝には馬車が用意された。
 大きな白い筐体に四頭の立派な軍馬。扉には帝国の紋章が彫られている。ゆったりした座面もふかふか、窓には質の良いカーテンが下がっている。
「アイリーン王女殿下の護衛を務める者をご紹介いたします」
 あ、と、アイリーンは思わず目を見張った。颯爽と現れた青年は騎士団の制服に身を包み、しなやかに頭を下げた。茶色い髪は短く整えられ、切長の瞳は明るいブルーだ。顔も体つきも整っているのにどこか冷たさを感じる。
「アイリーン王女殿下、騎士のカズール•ツィンゲンです。名前からお分かりの通り、俺は異国の出身です」
 艶のある声と仕草、騎士然とした佇まいに、アイリーンの胸が小さく跳ねた。
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