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半ギレリーナ
しおりを挟むそれからのリーナは卒業までの間、ここぞとばかりに公爵家の金でやりたい放題していた。
放課後に学友やリアを誘いスイーツを楽しんだり、友人達に卒業旅行を提案しやんわり断られたり、メイドと一緒に不倫カップルの尾行をしたり、高級ワインを取り寄せてはメイドを集め朝まで記憶がなくなるまで飲んでみたり、目の前の楽しそうなこと全てに首を突っ込み、人生を楽しんでいた。
完全に余裕ぶっこいていた。
就活に勝利した気分だったからだ。
そして難なく卒業パーティーを終え、だいたいの令嬢は婚約者と結婚し家に入り、少数の女性は王宮で事務官や侍女として就職が決まったという。彼女達は、親の決めた王道の人生、あるいは努力により勝ち取った進路を力強く歩んでいく。
リーナは思う。
よそはよそ、うちはうちスタイルだ。
自分のスタイルはどんな状況でも崩さないのが、ばばあの強みである。
卒業パーティーを終えた翌日、リーナは簡単な着替えや日用品、公爵家との絶縁を示す書類だけを持って家を出る。メイド達と来月には市井で飲む約束をし、晴れやかな笑顔で手を振る。馬車が進みドレスの裾を直した後に、ふと振り返り18年過ごした家を見つめるが、特に何も思わない。感謝や寂しさ、何も感情は湧かなかった。
人生はとても長い。
そして自由だ。
リーナは、もう関わることのないだろう公爵家の馬車を降り、降り立った先に佇むボロボロの屋敷を見上げて取り敢えずニヤつく。
今日も美しい絹のような金の髪が風に吹かれより一層輝きが増したが、入り口で頭を下げていたたった1人の従者は、美しく、そして公爵家から平民へ落ちぶれたリーナに興味はなさそうだ。
リーナは心の中で叫ぶ。
(よっしゃぁぁぁあああああああ)
予想よりだいぶくたびれている屋敷を見ても未だウッキウキなのは、久しぶりの幼児の子育てに、そして今日から貴族の縛りもない自由な私だけの素晴らしい人生に浮かれているのかもしれない。
従者に案内され、ぼろぼろの屋敷に踏み入れると、入り口は玄関マットがえぐれているし、変な匂いもする。くせえ。
「リーナ様!!!!!!」
ギシギシ鳴る階段からかけ降りてきたジョージは学園で見かける姿とは違い、なんだか少し幼いように感じる。
「出迎えもせず、誠に申し訳ございません。」
「いえ、・・・私はもう貴族ではないのですし、雇用関係に当たりますのでその様な呼び方はお辞めください。」
「では、リーナと?」
「結構です。旦那様。」
「旦那さま?」
「はい。この家の主はジョージア様、そして私の雇い主であるからして他になんと呼べば?」
「あっ!そうですね。それでお願いします。」
「それよりも、この家メイドは?」
「・・・あー、居ません。」
「は?あの従者のみですか?」
「あの方も本日付で・・・」
「おい、お前ここに座れ」
わりとこの屋敷に降り立った時から、想像よりぼろっぼろだけどでもまぁ取り敢えずなんとかなるもんだな!と、悠長に構えていたリーナも、メイドも従者も居ないなら2人で掃除することを想定すると、さすがにダルさを感じてしまうほどくたびれた家だった。
玄関に入りすぐ横の扉を開くとダイニングになっていたので、そこにあったきったねぇソファーにジョージを座るように促す。リーナはめんどくさがりだ。普通にめんどくさがりばばあだ。
「話違くない??ん????」
「い、いや、僕は基本的な雇用形態や勤務内容も、つ、伝えたはずだ。」
ここにきてまさかの強気発言である。
「弟の教育係じゃなかったっけ、んんん????」
「そうです!だから違ってはいないっ!・・・んじゃないでしょうか・・・。」
「住み込みで?メイドもいないこの家で?ん?あれか?弟の教育には掃除も洗濯も買い出しも夕飯作りも入ってんのか?3歳になんの教育させんだよてめぇ」
リーナは少し口の悪いばばあだった。
前世では旦那も家族も笑って受け流していたが、現世でのこれからは言葉使いに気を付けなきゃ!保育園児と関わるようなもんだし、息子達が幼い頃は極力悪い言葉は使わないように気を付けてた気もするし!!!なんてったって今は19歳だもん!とガチで思っていた痛いばばあの決心は秒で消えた。
「・・・すみません。実は卒業と同時に家を取られました。就職したのだから弟と生きていけるだろうと・・・。騎士団所属、皇太子護衛の職があったため、爵位までは存続させるとのことだったのですがこの家を買ったら一文無しに・・・」
「あらまー」
「・・・すみません。」
「いいよ、じゃあもう切り替えよう!取り敢えず掃除からだな!くそが!」
リーナはめんどくさがりばばあだ。
めんどくさがり故の切り替えの早さである。
そして、自身にふり掛かる問題など1個ずつ潰していけば良いだけの話なのだと人生の酸いも甘いも知っているばばあだった。
リーナの口から出た暴言はこの家の現状に対してではなく、学園を卒業したばかりの子供を切り捨て、子供の自分を切り捨て、この世に生を受けまだたった4年しか経っていないジョージの弟を取り巻くこの国の大人に対してのものだった。
愛情や家族愛と引き換えに貴族になるのかこの国は。とリーナは思う。
「あにうえ。」
半ギレリーナの後ろのドアから顔を出した男の子は紛れもなくこの世に舞い降りし神の造形物であった。リーナにとって、普通の顔立ちでも子供というだけで優勝だと思う。しかし、それは自分の子か、他人でもお行儀の良い子に限りだ。性格の悪い子供なら容赦なくシカトするリーナは、相手からするととんだいじわるばばあなはずだ。
幼児特有のぷくぷくのフォルム、拙い喋り、この世に悪や自身を傷付けるものなどいないと信じきる瞳。まさに純粋無垢な存在。ばばあは思う。それは神と同義語だと。
「あらららら!!!!こんにちはー!私はお兄様からお願いされて、あなたのお友達になりにきたリーナですよ。お名前聞いても良いかな?」
とんだ暴走ばばあだ。
冷静に考えると、リーナは今平民の身分であり幼児相手だろうが子爵家の人間にこの口の聞き方はあり得ない。しかし、ぼろぼろの家がそうさせるのだ。身分や年齢関係なく、助け合い生きていかなければならないような貴族のぼろぼろの家。
そしてこの屋敷は余裕でまだ臭い。
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