マンマリーナ

ぴっかちゅ

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勘繰りリーナ

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リーナは基本何も気にしない。
この世には、どうにもならないことが山ほどあることを知っているのだ。ばばあだから。




名前も知らない皇太子の護衛が、前世について意味ありげに声をかけてきて謎に狼狽えてしまったが、よくよく考えると気にすることは何ひとつなかった。前世の記憶があるからと言って罪に問われるようなことも、困ることも何一つないのだ。
なーにが、「前世は幸せでしたか?」だよ。かっこつけてスベりやがってとんだポンコツめ













ところで、リーナは今日も美しい。
絹のような金色の髪をなびかせ、人形のような美しく繊細な顔立ち、長身ながら儚さを思わす白い肌。
しかし、中身は自由なばばあである。


就職が決まらず就職浪人を考え出した頃、当時の彼氏と流されるように結婚し、2人の男児を育てあげた専業主婦だった。旦那が翌日休みの日は決まって2人揃ってべろべろになるまで酒を飲み、わりと好きなことややりたいことは突き通したその人生はとても幸せだった。記憶はうっすらと途切れ途切れで、自分が死んだあと家族がどうなったのかはわからないが、未練はない。未練はないというか、今の現世を生きているので前世に固執する意味がわからない。リーナはさっぱりとしたばばあだ。自分の実家から遠く離れた旦那の実家周辺で子育てや生活するには、さっぱりとした性格にならなければやってられなかった。

前世の記憶が司ってから、家のメイドや学友と楽しく過ごせている。それもまた前世の義実家付き合い方やママ友とのほどよい距離の取り方の経験が生きているのだろうと思う。











今日も、私ったら美しい顔で道歩いてるぅ!今美しい顔で道曲がってるぅ!!リフトアップもすっぽん小町も必要ない若ささーいこぅぅうう!と、現実逃避するかのようにテンション高めに、そして若干ふざけ気味に心で叫びながら、廊下を歩いていると男に呼び止められる。


「・・・少しお時間頂けないでしょうか。」
「あなたは?」
「皇太子護衛をしています、マーク子爵家三男ジョージアと申します。」

大スベりかまし男じゃん?

「・・・わかりました。放課後はいかがでしょうか。」
「・・ありがとう。」




呼び止めたのは皇太子の護衛の男であり、「前世は幸せでしたか?」とかかっこつけて言い逃げし、大スベりかました挙げ句、2ヶ月待ってみても相手の反応が無いことを不審に思い再度声をかけることになる、というダサすぎる彼に敬意を表して何も問わずに待ち合わせを決めた。

こいつはとんだ大クセばばあである。
しかし、リーナは気にしない。あと3ヶ月後に迫る卒業後の決まっていない進路のほうが現実逃避気味になるほど重大な問題だからだ。













「・・・あれから、反応が無く困惑しています。」
「何と返せば?」
「私が何を知っているのか気になったり不安になったりしないのですか?」

「しないでしょ。人に知られたとこで別に問題なくないですか?」

放課後、学園のわりと近場のカフェで待ち合わせすると、待ち合わせ相手は既に座っていた。かっこつけ大すべり男、10分前行動は厳守!という感じが今の若者にしては良い奴だ、と少し好感度があがる。ばばあはチョロいのだ。





「いえ、そうではありません、」
「ジョージア様、私、平民になるのです。」

話を遮るようになってしまった会話の走りで、端正で整った顔立ちの男の子は困惑、という表情で私を見つめる。どんなに綺麗な容姿でも、社会で揉まれたこともないどうしても緩い雰囲気を身に纏ってしまう学生の呆気ない困惑、という表情は幼さが残り可愛い。息子とはいつまでたっても赤ちゃんみたいな存在だ。しっかりしてるようで抜けていたり、少しポンコツぐらいでやっと息子選手権優勝なのだ。



「それは・・・」

「私は公爵家後妻の娘、領地で妾家族と暮らす父も、跡取りとなる義兄も私が家を出ることを承知して下さいました。幼いころより別棟で暮らす病弱な娘は政略結婚の駒にも使えないという認識ですので、前世の知識を使い平民に下り生きていく所存です。」
「・・・それが、危険なのです。」

「てかお前、前世のことどこで知ったの?」







「私の母も前世の記憶を取り戻した人間だからです。」


ジョージアは少し切なそうに微笑む。

リーナは、あ、これあれだ、息子が中1でおねしょしたときの顔のやつだ。と、思った。




ジョージアの母は元々平民だったという。
若い時に前世の記憶を取り戻し、その知識を活かし市井を豊かにした。物流や農具、アクセサリーや男女共に着心地の良い下着などを作り話題になった。そう、貴族に名が知られるほど話題になってしまったのだ。領地が痩せた土地ということもあり代々困窮していたマーク子爵家のジョージの父は平民の彼女を妻に迎え入れ、彼女が開発する品を商談にかけ、めきめきとマーク子爵家を潤わせていった。その妻は3年前にジョージの弟を出産後に亡くなってしまったという。話の流れではきっと、現世でいう高齢出産だったのではないかと思ってしまう。






「あなたのお母様は素晴らしい人だったのね。」


前世の知識を使い自分だけが生き抜くことしか考えていなかったばばあは、現世の人間の生活を豊かにするために尽くしたもう1人のばばあに尊敬の念を抱く。
バイト代をコツコツ貯めて運転免許と中古の軽自動車を自分の力でゲットした長男に、毎週末ベロベロで駅前の居酒屋やらカラオケやらに迎えにこさせていたばばあとは大違いだ。しかし、運転の練習になるからと笑顔で水とウコンまで持参する優しい息子を育てたのも、また、このばばあであった。




「・・・しかし、父上は用済みになった母の亡骸と幼い弟を残し、母上が建て直した領地で散財して暮らしています。」

「クズ選手権優勝ね。」
「ですから、あなたも市井に下り前世の知識を使い生活に困らなかったとしても、不審な点が少しでもあれば公爵家の耳に入るのでは?」

「あー、なるほどざわーるど」


リーナは気にしない。どんだけスベろうが、古いネタを使おうが、若い子が知らなかろうが、ばばあの自己満足なので何も気にならない。しかし、ジョージの不審者を見る目は一層強くなる。





「・・・母は体調を崩してから、記憶があるからこそ出来たことなのだと前世の豊かな国について話してくれました。それは自由な国だったと。貴族社会など無い、男尊女卑など無い。人間に産まれたというだけで人としての権利を、人権を持てる国だったと。」

それは、どこの国の話だ。
ワイドショーで流れる上級国民の交通事故のニュースに、食器を洗いながらターイーホッ!ターイーホッ!と騒いでいた痛いばばあの姿を思い出す。ばばあはいつだって元気だ。





「ですからあなたの答弁を聞き、女性ながらに男性を圧倒する強い意見と、公爵家の生まれながら貴族社会で重んじられる王族主義を反故にする様をみて、確信こそなかったものの確認せずにはいられなかったのです。」

「そうですか。ですが、確認したところで現状は何も変わりません。現時点で捕まるかもわからない実家・・・。いつか捕まってしまったときにまた身の振り方を考えるしかないでしょう。」

「・・・だから、あの、卒業後はうちに来ませんか?」
「なぜ?」
「・・・就職という形で・・?」



「おっけー まじかよ   いいね!」

即決である。











リーナは、就職活動はしたくなかった。
前世では何十社からもお祈りメールをもらい、普通に面接でがんがん落ちた。なぜなら、自分の学歴と身の丈にあわない商社や企業ばかりにエントリーしていたからである。どうせ働くなら沢山の給料が欲しい。残業代を1分単位で出す大きな企業が良い。お金も必要だけど仕事以外の好きなことも沢山したい。だから何かの間違えで一社でもどこかに受かればラッキー感覚であった。完全にポンコツである。そのクラスの就職先を目指すなら、もっと勉強を頑張りそのクラスに見合う大学に行かねばならなかった。しかし、沢山遊びたいし、勉強はそんなにしたくない。ばばあは若い時特有の謎の自信があった。そうだ、どうにかなる、と。安定のポンコツである。











ジョージは、とても不安な気持ちを隠すように初めて手をつけるコーヒーを半分以上飲み干した。こいつを自分と幼い弟の人生に関わらせて平気なのか、否、ヤバい気がする。と心の中で一度唱え深呼吸をする。



「・・・何故、仕事内容も聞かずに返事を?」

「楽して生活出来そうな匂いがする」
「・・・そう、ですか。」

「実際にはどういう雇用形態に?」

「そうですね。平民となった元貴族であるあなたを弟の教育係とし、住み込みという形で私が雇うという形になります。」

「あなたのお父様ではなくて?」

「実質、私と弟は父上に捨てられたも同然です。3年前の母上が亡くなった後、屋敷と手切れ金代わりの金銭をもらい今に至ります。私も学生の身分と掛け持ちで皇太子護衛の仕事もありますし、卒業後に昇給する予定なので支払いは問題ありません。」

「あなたの弟・・、4歳の子育てをしながら給料をもらい、実家から身を隠すていで住み込み?は?最高すぎん????」

「・・・やっぱり、不安になってきました。」

「ジョージア様!これから、よろしくお願いいたします!!」








リーナは思う。
やっぱ、人生ってチョロいんだな、と。






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