21 / 164
◇第一章◇ 出会いは突然で最悪です
第十七話 「楽しめるといいね」
しおりを挟む
白のシャツに、裾に刺繍が入った赤茶のベスト。シャツの袖口にあるカフスボタンが太陽の光を反射してて、輝いてる。
カーキ色のシンプルなスーツみたいなズボンは、彼のしなやかな脚がよくわかる。
……やっぱり、文句なしにカッコイイ人。
「……あなたは誰ですか?」
「あ、これは失礼。私の名はアル。よろしく」
アル? でもそれって……この世界の人達にしては、短くないかな?
アンナさんだって短いけど、フルネームで名乗ってくれた。あと、セオドールさんも名前だけだけど、短くない。
アルって、間違いなく本名ではない気がするよ。
「それは本名? それとも愛称ですか?」
「どっちかな? 君の想像に任せるね」
「……」
つまり、教える気はないんですね。
綺麗に微笑んでも、私は誤魔化されませんけど。
外見が整っているせいで、余計に胡散臭い人に見えるよ。結婚詐欺師とかって、こういう人のことを指すのかな?
「アルさん」
「アルでいいよ」
「……いえ、でも」
「アルにしてくれない?」
「…………じゃあ、アル。あなたはどうしてここにいるんですか? ジョシュアさん達の知り合い?」
さっきから疑問に感じてたことを投げかけると、アルは目を丸くさせてしまった。だけど、しばらくして何事もなかったみたいにフワッと笑ってみせた。
「何故? もしかしたら、ここの使用人かもしれないよ?」
「昼から庭園にいるなんて、使用人なら庭の手入れをする人以外ないはずです。でも……使用人にしては、恰好が汚れが目立ちそうだから」
白いシャツに、スーツのズボンみたいなしっかりした素材の服なんて、土をいじる作業に向かないよね?
私だったら体操服とか……でも、この世界にはないのかな?
それとも、もしかしてこの人の恰好が庭いじりの恰好として正式だったり?
ちょっと自信がなくなった私に向かって、アルは軽く拍手をしてみせた。
「よく観察してるね。その通り、私は使用人ではなく、招かれた単なる客人」
「お客様? ……なのに、どうしてここに? それも一人でですか?」
「細かいことは気にしたら負けだよ?」
何に負けるの?
おまけに、シーッと唇の前に人差し指を立ててみせてウィンクを一つ飛ばしてくるなんて、キザな人。
でも、どうしてかな? 憎めないし、ウザいなんて思わない。
「さてと、先程の質問の答えをちょうだい? 君の名は?」
「リオン。リオン・クガです」
「リオンだね。わかった」
「……」
なれなれしい……。すぐに名前呼びって、どうなのかな?
でも、ジョシュアさんにもアンジェさんにも同じように呼ばれたし……これが、普通なの? あ、だけどドミニクさんには『クガ様』って呼ばれてるような……?
……名前呼び嫌だって言うほうが、『なんで』とか聞かれてややこしくなりそうかも。
……もう、いいかな。諦めとこう。
「それで、リオン。君はここで何をしてたの?」
「何って……アルこそ、どうしてここに来てたんですか?」
「私は気分転換。君は?」
「……することがなかったし……同じように気分転換、みたいなものです」
部屋にいてもグズグズ考え込んじゃうだけ。だから外の空気を吸って、リフレッシュしたかった。
……でも。実際どうなのかな?
それを、考えずにいられてる?
……ううん、違う。考えなきゃいけないものだよ。
一瞬でも、忘れちゃいけないことだってわかってる。
……本当に? 本当に私は、わかってる?
「――悩み事?」
「っ! あ……はい。そう、ですね」
図星を指されちゃった。思わずビックリしたけど、アルにバレたかな?
アルは変わらない笑顔を浮かべてた。
営業スマイルって、よく聞くけど。その時は、なんで笑顔なのかなって思ってた。
今なら、その理由がちょっとわかるかも。
表情を読ませないための、相手に不快感を与えないため、じゃないかな?
私は今、アルの表情を見て『嫌だな』とは思わない。
でも、彼の内心が全く分からない分、すっごく不安になる。
綺麗でとっても素敵な笑顔なのに。だからこそ、怖い。
「……」
「リオン、君が何に悩んでるのかわからないけどね。それが解決したら、心から楽しめるといいね」
「え?」
楽しめるって、何が?
「何がですか?」
「ん? いや、君が、ここでの生活を送ることを純粋に楽しんでほしいなーって」
「……」
「たぶん今は、色々なことに処理が追いついてないでしょう?」
「はい」
この世界に来て、今日で何日目だっけ?
そう考えちゃうくらい、毎日が濃厚すぎて、忙しすぎて混乱とか目が回りそう。
「それに、君って考え込んだら抜け出せなさそうだ」
「……ジョシュアさんには、向こう見ずな面があるって言われましたけど」
「なら、それもまた真実だね。人がどう見えるかなんて、見る人によって違う」
「……」
そう、なのかな?
わからない。自分がどうかなんて。
「でも私、楽しんでる場合じゃないから……」
「だから、楽しまない? だけど、『楽しい』って制御できるものでもないでしょう」
「……かもしれません。それでも、しちゃいけないんです」
私は、帰らなきゃいけない。
その寄り道は、したらその分だけ帰るのが遅くなっちゃうから。
神様が私を、生きている間に元の世界に届けてくれる保障なんてない。
それに、もしおばあちゃんになってからそうなったって、なんの意味もないから。
確実なのは、私が自分自身で帰ること。
「……ふぅん、君がそう言い張る理由は聞きはしないよ? だけどもし、今後楽しんだって、それは許されることなんだって、おぼえておいて?」
「……はい」
目を細めて語る彼に、ちょっと慄いた。
彼には、私がこの世界を何も考えずに楽しんでしまう時が見えているのかな?
だとしたら、それは――
「きっとないと思いますけど、わかりました」
私が、私を捨てたときだと、思うから。
カーキ色のシンプルなスーツみたいなズボンは、彼のしなやかな脚がよくわかる。
……やっぱり、文句なしにカッコイイ人。
「……あなたは誰ですか?」
「あ、これは失礼。私の名はアル。よろしく」
アル? でもそれって……この世界の人達にしては、短くないかな?
アンナさんだって短いけど、フルネームで名乗ってくれた。あと、セオドールさんも名前だけだけど、短くない。
アルって、間違いなく本名ではない気がするよ。
「それは本名? それとも愛称ですか?」
「どっちかな? 君の想像に任せるね」
「……」
つまり、教える気はないんですね。
綺麗に微笑んでも、私は誤魔化されませんけど。
外見が整っているせいで、余計に胡散臭い人に見えるよ。結婚詐欺師とかって、こういう人のことを指すのかな?
「アルさん」
「アルでいいよ」
「……いえ、でも」
「アルにしてくれない?」
「…………じゃあ、アル。あなたはどうしてここにいるんですか? ジョシュアさん達の知り合い?」
さっきから疑問に感じてたことを投げかけると、アルは目を丸くさせてしまった。だけど、しばらくして何事もなかったみたいにフワッと笑ってみせた。
「何故? もしかしたら、ここの使用人かもしれないよ?」
「昼から庭園にいるなんて、使用人なら庭の手入れをする人以外ないはずです。でも……使用人にしては、恰好が汚れが目立ちそうだから」
白いシャツに、スーツのズボンみたいなしっかりした素材の服なんて、土をいじる作業に向かないよね?
私だったら体操服とか……でも、この世界にはないのかな?
それとも、もしかしてこの人の恰好が庭いじりの恰好として正式だったり?
ちょっと自信がなくなった私に向かって、アルは軽く拍手をしてみせた。
「よく観察してるね。その通り、私は使用人ではなく、招かれた単なる客人」
「お客様? ……なのに、どうしてここに? それも一人でですか?」
「細かいことは気にしたら負けだよ?」
何に負けるの?
おまけに、シーッと唇の前に人差し指を立ててみせてウィンクを一つ飛ばしてくるなんて、キザな人。
でも、どうしてかな? 憎めないし、ウザいなんて思わない。
「さてと、先程の質問の答えをちょうだい? 君の名は?」
「リオン。リオン・クガです」
「リオンだね。わかった」
「……」
なれなれしい……。すぐに名前呼びって、どうなのかな?
でも、ジョシュアさんにもアンジェさんにも同じように呼ばれたし……これが、普通なの? あ、だけどドミニクさんには『クガ様』って呼ばれてるような……?
……名前呼び嫌だって言うほうが、『なんで』とか聞かれてややこしくなりそうかも。
……もう、いいかな。諦めとこう。
「それで、リオン。君はここで何をしてたの?」
「何って……アルこそ、どうしてここに来てたんですか?」
「私は気分転換。君は?」
「……することがなかったし……同じように気分転換、みたいなものです」
部屋にいてもグズグズ考え込んじゃうだけ。だから外の空気を吸って、リフレッシュしたかった。
……でも。実際どうなのかな?
それを、考えずにいられてる?
……ううん、違う。考えなきゃいけないものだよ。
一瞬でも、忘れちゃいけないことだってわかってる。
……本当に? 本当に私は、わかってる?
「――悩み事?」
「っ! あ……はい。そう、ですね」
図星を指されちゃった。思わずビックリしたけど、アルにバレたかな?
アルは変わらない笑顔を浮かべてた。
営業スマイルって、よく聞くけど。その時は、なんで笑顔なのかなって思ってた。
今なら、その理由がちょっとわかるかも。
表情を読ませないための、相手に不快感を与えないため、じゃないかな?
私は今、アルの表情を見て『嫌だな』とは思わない。
でも、彼の内心が全く分からない分、すっごく不安になる。
綺麗でとっても素敵な笑顔なのに。だからこそ、怖い。
「……」
「リオン、君が何に悩んでるのかわからないけどね。それが解決したら、心から楽しめるといいね」
「え?」
楽しめるって、何が?
「何がですか?」
「ん? いや、君が、ここでの生活を送ることを純粋に楽しんでほしいなーって」
「……」
「たぶん今は、色々なことに処理が追いついてないでしょう?」
「はい」
この世界に来て、今日で何日目だっけ?
そう考えちゃうくらい、毎日が濃厚すぎて、忙しすぎて混乱とか目が回りそう。
「それに、君って考え込んだら抜け出せなさそうだ」
「……ジョシュアさんには、向こう見ずな面があるって言われましたけど」
「なら、それもまた真実だね。人がどう見えるかなんて、見る人によって違う」
「……」
そう、なのかな?
わからない。自分がどうかなんて。
「でも私、楽しんでる場合じゃないから……」
「だから、楽しまない? だけど、『楽しい』って制御できるものでもないでしょう」
「……かもしれません。それでも、しちゃいけないんです」
私は、帰らなきゃいけない。
その寄り道は、したらその分だけ帰るのが遅くなっちゃうから。
神様が私を、生きている間に元の世界に届けてくれる保障なんてない。
それに、もしおばあちゃんになってからそうなったって、なんの意味もないから。
確実なのは、私が自分自身で帰ること。
「……ふぅん、君がそう言い張る理由は聞きはしないよ? だけどもし、今後楽しんだって、それは許されることなんだって、おぼえておいて?」
「……はい」
目を細めて語る彼に、ちょっと慄いた。
彼には、私がこの世界を何も考えずに楽しんでしまう時が見えているのかな?
だとしたら、それは――
「きっとないと思いますけど、わかりました」
私が、私を捨てたときだと、思うから。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる