62 / 62
本編
最終話_最初で最後の-2
しおりを挟む
切れ長の漆黒の瞳は、飾り気も戯れも無く、まっすぐ蒼矢を見つめていた。
「…だから、お前のことは諦めてやる」
「…」
「どこへでも、好きなところに行けよ。…お前の中ではもう決まってんだろ?」
その言葉に、蒼矢の瞳が揺れる。
肯定も否定もできず、胸秘める想いに頬を染める面差しを眺め、影斗は落ち葉を手放し、近付いていく。
まっすぐ見つめ返してくる蒼矢の顎を取り、影斗は小声で語りかける。
「…行っちまう前に、今だけでいい。"影斗"って呼んで」
「!」
真摯に注がれる眼差しから請われた言葉に、蒼矢の目が一瞬見開かれる。
――名前で呼べよ――
4年余り前、彼と出会った頃の光景が記憶から蘇り、目の前に映し出される。
――お前さ、彼女とかいる? …じゃあさ、彼氏は?――
――お前のこと好きになったかもしれねぇ――
――お前のこともっと知りたいと思ってる。外見だけじゃなくてさ。最初はそりゃ見た目から入ったけど、今は中身の方がすげぇ興味ある――
自分が今まで繰り返してきた幾つもの出会いの中で、一番異端で、微塵も嬉しくなくて、…だんとつで衝撃的だった、彼との出会い。
そんな、不信感しかなかった彼への印象が変わっていくまでに、時間はいくらもかからなかった。
彼無しでは得られなかった刺激や経験が、数えきれないほど自分の中に降りていった。
自分の視界がどんどん広がっていくことに、戸惑いながらも胸の高鳴りを抑えられなかった。
厳しさも、優しさも、…愛情も、溢れるほど貰ってきた。
そうして彼との関係を重ねていくうちに、自分にとってネガティブな感情しかなかった出会った時の記憶は、頭の隅に隠されてしまった。
でも、彼にとっては…いくつ関係を重ねたって、自分と出会った時が一番忘れられない瞬間だった。
…なのに、俺は…
視界がぼやけ、唇からか細い声が漏れる。
「……影…、斗…」
「もう一度」
「…影斗…」
低く落ちる声にはっきりそう応えながら、蒼矢は目を閉じる。
その瞼にうっすらと滲む涙を見、影斗は柔らかく微笑う。
そして、薄闇のなか立つ肩へ手を置き、震える口元へ優しく唇を重ねた。
頬を伝う涙が触れる前に、柔らかな感触は煙草の香と共に離れていく。
目を開けると、影斗は元居たところへ変わらず立っていて、やはりいつもと変わらない悪戯気な面差しを向けていた。
「次からはまた"先輩"だ。…呼び捨てはもう一生許さねぇ」
「…はい」
「…じゃあな」
そう一言だけ告げられた蒼矢は、無言のまま彼へ向けて深く頭を垂れ、踵を返しその場を離れていく。
「…」
影斗はその後ろ姿を目で追うことはなく、彼の行く方から背を向け、夕空を仰ぎ見ていた。
中庭から表の玄関まで戻ってきた蒼矢は、息を吐き出しながら目元をぬぐう。
「…」
気持ちを落ち着かせようとその場に立ち尽くしていると、鳥居の方から砂利を踏みしめる音が近付いてきた。
その気配に顔をあげると、無造作に伸ばした茶色い頭をひとつに縛った背の高い男が、こちらを向いて立っていた。
「……迎えに来た」
烈は蒼矢の面差しに一瞬言い躊躇ったものの、努めて優しく、穏やかな瞳を注ぎながら声をかけた。
蒼矢はその穏やかな彼の顔を呆然と眺めていたが、やがて自然と引かれるように足が進んでいく。
隣に立ち、うっすらと紅くした瞳で見上げてくる彼へ烈は薄く頷き返し、ふたりは並んで神社を離れていった。
―終ー
「…だから、お前のことは諦めてやる」
「…」
「どこへでも、好きなところに行けよ。…お前の中ではもう決まってんだろ?」
その言葉に、蒼矢の瞳が揺れる。
肯定も否定もできず、胸秘める想いに頬を染める面差しを眺め、影斗は落ち葉を手放し、近付いていく。
まっすぐ見つめ返してくる蒼矢の顎を取り、影斗は小声で語りかける。
「…行っちまう前に、今だけでいい。"影斗"って呼んで」
「!」
真摯に注がれる眼差しから請われた言葉に、蒼矢の目が一瞬見開かれる。
――名前で呼べよ――
4年余り前、彼と出会った頃の光景が記憶から蘇り、目の前に映し出される。
――お前さ、彼女とかいる? …じゃあさ、彼氏は?――
――お前のこと好きになったかもしれねぇ――
――お前のこともっと知りたいと思ってる。外見だけじゃなくてさ。最初はそりゃ見た目から入ったけど、今は中身の方がすげぇ興味ある――
自分が今まで繰り返してきた幾つもの出会いの中で、一番異端で、微塵も嬉しくなくて、…だんとつで衝撃的だった、彼との出会い。
そんな、不信感しかなかった彼への印象が変わっていくまでに、時間はいくらもかからなかった。
彼無しでは得られなかった刺激や経験が、数えきれないほど自分の中に降りていった。
自分の視界がどんどん広がっていくことに、戸惑いながらも胸の高鳴りを抑えられなかった。
厳しさも、優しさも、…愛情も、溢れるほど貰ってきた。
そうして彼との関係を重ねていくうちに、自分にとってネガティブな感情しかなかった出会った時の記憶は、頭の隅に隠されてしまった。
でも、彼にとっては…いくつ関係を重ねたって、自分と出会った時が一番忘れられない瞬間だった。
…なのに、俺は…
視界がぼやけ、唇からか細い声が漏れる。
「……影…、斗…」
「もう一度」
「…影斗…」
低く落ちる声にはっきりそう応えながら、蒼矢は目を閉じる。
その瞼にうっすらと滲む涙を見、影斗は柔らかく微笑う。
そして、薄闇のなか立つ肩へ手を置き、震える口元へ優しく唇を重ねた。
頬を伝う涙が触れる前に、柔らかな感触は煙草の香と共に離れていく。
目を開けると、影斗は元居たところへ変わらず立っていて、やはりいつもと変わらない悪戯気な面差しを向けていた。
「次からはまた"先輩"だ。…呼び捨てはもう一生許さねぇ」
「…はい」
「…じゃあな」
そう一言だけ告げられた蒼矢は、無言のまま彼へ向けて深く頭を垂れ、踵を返しその場を離れていく。
「…」
影斗はその後ろ姿を目で追うことはなく、彼の行く方から背を向け、夕空を仰ぎ見ていた。
中庭から表の玄関まで戻ってきた蒼矢は、息を吐き出しながら目元をぬぐう。
「…」
気持ちを落ち着かせようとその場に立ち尽くしていると、鳥居の方から砂利を踏みしめる音が近付いてきた。
その気配に顔をあげると、無造作に伸ばした茶色い頭をひとつに縛った背の高い男が、こちらを向いて立っていた。
「……迎えに来た」
烈は蒼矢の面差しに一瞬言い躊躇ったものの、努めて優しく、穏やかな瞳を注ぎながら声をかけた。
蒼矢はその穏やかな彼の顔を呆然と眺めていたが、やがて自然と引かれるように足が進んでいく。
隣に立ち、うっすらと紅くした瞳で見上げてくる彼へ烈は薄く頷き返し、ふたりは並んで神社を離れていった。
―終ー
0
お気に入りに追加
8
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
クソザコ乳首アクメの一日
掌
BL
チクニー好きでむっつりなヤンキー系ツン男子くんが、家電を買いに訪れた駅ビルでマッサージ店員や子供や家電相手にとことんクソザコ乳首をクソザコアクメさせられる話。最後のページのみ挿入・ちんぽハメあり。無様エロ枠ですが周りの皆さんは至って和やかで特に尊厳破壊などはありません。フィクションとしてお楽しみください。
pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。
なにかありましたら(web拍手)
http://bit.ly/38kXFb0
Twitter垢・拍手返信はこちらから
https://twitter.com/show1write
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました
尾高志咲/しさ
BL
部活に出かけてケーキを作る予定が、高校に着いた途端に大地震?揺れと共に気がついたら異世界で、いきなり巨大な魔獣に襲われた。助けてくれたのは金髪に碧の瞳のイケメン騎士。王宮に保護された後、騎士が昼食のたびに俺のところにやってくる!
砂糖のない異世界で、得意なスイーツを作ってなんとか自立しようと頑張る高校生、ユウの物語。魔獣退治専門の騎士団に所属するジードとのじれじれ溺愛です。
🌟第10回BL小説大賞、応援していただきありがとうございました。
◇他サイト掲載中、アルファ版は一部設定変更あり。R18は※回。
🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる