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本編
第8話_翻弄される憧れ-4
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蒼矢の容体に問題は無く、話を終えると全員解散となった。
ひと足先に1階へ降り、飲み物を貰おうとキッチンへ向かった陽だったが、冷蔵庫を開けたところで居間から見える境内の景色の中に、隅の方でぽつんとしゃがむ灰茶色の丸い頭が見えた。
コップに注いだ麦茶を一気飲みすると、玄関へと廊下を駆け、境内へ回り込む。
「苡月ー?」
背を向けて座り込む苡月が振り向いてくる様子は無く、声をかけた陽は眉を寄せ、歩み寄って隣に立った。
「おーい。まさかお前も具合悪くしたとかじゃねぇよな?」
腰を曲げて顔を覗き見ると、苡月は少し頬を染め、物憂げな面持ちのなか目だけを陽へ見上げ、すぐに視線を足元へと外す。そんな様子にいよいよ眉をひそめると、陽は彼の隣にしゃがんだ。
「…どうしたよ。さっきから様子おかしくねぇか?」
そう問われ、苡月は再び横目で彼へちらりと視線をやると、腕にうずめた口からくぐもった声を出す。
「…蒼矢君て、最近どこか変わった…?」
「あ?」
間の抜けた声を返すと、苡月は紅潮させた頬を少し膨らませた。
「…陽君じゃ、わかんないよね…」
「!? お前、目に見えて"使えねぇ奴"って顔すんなよ! …変わってねぇだろ、別に。お前より俺の方がずっと蒼兄の近くに居るんだぞ、間違いないっ」
「…」
「納得してねぇって顔だな。お前は蒼兄がどう変わったってんだよ?」
そう詰められ、苡月はしばしの沈黙の後、両腕にしまっていた口元を出した。
「どうって…具体的には言えないけど…、蒼矢君て、こんな人だったかなぁって。…こっちに帰ってる時に毎回会えてたわけじゃなかったけど、僕の中に蒼矢君への印象みたいなものが出来上がってたんだ。でも、それとなんだか違う気がして…」
その言葉に、陽は昨日の蒼矢に対する彼のリアクションと、それについての葉月の注釈を思い出す。
「思ってたのと違ったってことか? そりゃ蒼兄は俺も好きだけど、お前にとっちゃだいぶ"特別"みたいだからな…。よく会うようになって、現実が見えてきたってか、蒼兄にお前の理想を押し付け過ぎてただけなんじゃねぇか?」
「……」
陽は努めて必死に頭の中で考えを凝らしつつ、自分なりの考察を話して聞かせた。
しかしその彼らしくもないまともな返しに、黙ったまま聞いていた苡月の焦茶の瞳は潤んでいき、涙が零れた。
まさかの落涙に、陽はぎょっと目を見開く。
「…!? ごっ…ごめ、…え!? ちょ、泣くなって…っ」
「ふたりとも、どうしたの? そんなところで薄着のまま座って。風邪ひくよ」
慌てふためき始めたところで、帰宅する蒼矢を見送った葉月がふたりに気付き、後ろから近寄ってくる。
「!! つ、月兄っ…、あのっ…」
なにやら狼狽する陽を見、葉月は動かない苡月の肩に手を置く。
「…苡月?」
「っ…」
兄の優しい声掛けに苡月は立ち上がり、その胸に飛び込んでいく。
「…ごめん。泣かすつもりじゃなかったんだ…」
眉を下げ、すっかり気落ちした顔を晒す陽に、葉月はいつも通りの笑みを返すと、弟の腕を抱き、家へと連れていく。
「陽、朝からありがとうね。…あとで連絡するから、今日は帰りなさい」
「…うん」
境内にひとり残された陽は、やがて肩を落としながらとぼとぼと、隅に停めたロードバイクへと歩いていった。
ひと足先に1階へ降り、飲み物を貰おうとキッチンへ向かった陽だったが、冷蔵庫を開けたところで居間から見える境内の景色の中に、隅の方でぽつんとしゃがむ灰茶色の丸い頭が見えた。
コップに注いだ麦茶を一気飲みすると、玄関へと廊下を駆け、境内へ回り込む。
「苡月ー?」
背を向けて座り込む苡月が振り向いてくる様子は無く、声をかけた陽は眉を寄せ、歩み寄って隣に立った。
「おーい。まさかお前も具合悪くしたとかじゃねぇよな?」
腰を曲げて顔を覗き見ると、苡月は少し頬を染め、物憂げな面持ちのなか目だけを陽へ見上げ、すぐに視線を足元へと外す。そんな様子にいよいよ眉をひそめると、陽は彼の隣にしゃがんだ。
「…どうしたよ。さっきから様子おかしくねぇか?」
そう問われ、苡月は再び横目で彼へちらりと視線をやると、腕にうずめた口からくぐもった声を出す。
「…蒼矢君て、最近どこか変わった…?」
「あ?」
間の抜けた声を返すと、苡月は紅潮させた頬を少し膨らませた。
「…陽君じゃ、わかんないよね…」
「!? お前、目に見えて"使えねぇ奴"って顔すんなよ! …変わってねぇだろ、別に。お前より俺の方がずっと蒼兄の近くに居るんだぞ、間違いないっ」
「…」
「納得してねぇって顔だな。お前は蒼兄がどう変わったってんだよ?」
そう詰められ、苡月はしばしの沈黙の後、両腕にしまっていた口元を出した。
「どうって…具体的には言えないけど…、蒼矢君て、こんな人だったかなぁって。…こっちに帰ってる時に毎回会えてたわけじゃなかったけど、僕の中に蒼矢君への印象みたいなものが出来上がってたんだ。でも、それとなんだか違う気がして…」
その言葉に、陽は昨日の蒼矢に対する彼のリアクションと、それについての葉月の注釈を思い出す。
「思ってたのと違ったってことか? そりゃ蒼兄は俺も好きだけど、お前にとっちゃだいぶ"特別"みたいだからな…。よく会うようになって、現実が見えてきたってか、蒼兄にお前の理想を押し付け過ぎてただけなんじゃねぇか?」
「……」
陽は努めて必死に頭の中で考えを凝らしつつ、自分なりの考察を話して聞かせた。
しかしその彼らしくもないまともな返しに、黙ったまま聞いていた苡月の焦茶の瞳は潤んでいき、涙が零れた。
まさかの落涙に、陽はぎょっと目を見開く。
「…!? ごっ…ごめ、…え!? ちょ、泣くなって…っ」
「ふたりとも、どうしたの? そんなところで薄着のまま座って。風邪ひくよ」
慌てふためき始めたところで、帰宅する蒼矢を見送った葉月がふたりに気付き、後ろから近寄ってくる。
「!! つ、月兄っ…、あのっ…」
なにやら狼狽する陽を見、葉月は動かない苡月の肩に手を置く。
「…苡月?」
「っ…」
兄の優しい声掛けに苡月は立ち上がり、その胸に飛び込んでいく。
「…ごめん。泣かすつもりじゃなかったんだ…」
眉を下げ、すっかり気落ちした顔を晒す陽に、葉月はいつも通りの笑みを返すと、弟の腕を抱き、家へと連れていく。
「陽、朝からありがとうね。…あとで連絡するから、今日は帰りなさい」
「…うん」
境内にひとり残された陽は、やがて肩を落としながらとぼとぼと、隅に停めたロードバイクへと歩いていった。
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