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本編
第2話_胸に残る澱-4
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腹ごしらえが終わると、年少組ふたりは連れ立って社務所へ諸用を済ませに向かい、残った葉月と蒼矢は洗い物と供物の仕分けにキッチンへ立っていた。
お互い黙ったまま手を動かす中、ぽつりと葉月が漏らす。
「――ごめんね。なんだか見透かしたような真似をしてしまって」
手を止め、強張った面を向ける蒼矢へ、葉月は変わらず微笑んでいた。
「影斗のことは、僕も聞いてるんだ。セイバーの件があるからね。でも、本人から話してもらったことの中で、君のことは触れられてないよ」
「…!」
「僕が勝手に気付いてしまっただけ。…彼から相談されたとかではないから…それだけは信じて欲しい」
棒立ちになり、うつむいてしまった蒼矢の肩に、葉月は優しく手を置く。
「稽古も、君の気が紛れるのならいくらでも通ったらいい。…僕は君たちのことに、そういう形でしか手助けしてあげられないから」
「…葉月さん、俺…、影斗先輩を傷つけてしまったんです」
「彼がそう言ったの?」
「…しばらく会わないって言われました」
「それは、影斗の気持ちの問題じゃないか? …ひとりで考える時間を作りたいんだよ」
葉月は優しく言葉をかけ続けるが、蒼矢は首を横に振る。
「ずっと待たせてしまっていたんです。先輩と出会ってから、色々気遣ってくれてたことも、…優しくしてくれたことも、今思えばそれとわかる瞬間はたくさんあったのに…考えようともしてこなかった」
「君のことを想ってたからこそ、待っていてくれたんだろう? 思いやりを向けていたことも含めて、君が気付いてくれることを望んでのことなら、そこには彼の私情しかない。…君が気に病むことはないんだ」
「でも…気付いたうえで、結局俺は先輩に応えられなかった。俺が返した一言で、先輩の今までの思いを全て無かったことにしてしまったんです」
「…断ったんだね」
葉月の言葉に、蒼矢は答えることは出来なかったが、足許へと伏せる面差しを隠す前髪が、微かに揺れた。
「…先輩の望む答えを返すのが、知らずに想われてた俺の責任だとも考えました。でも…、本心からでない返事をしても、誠意の無さを先輩にすぐ気付かれてしまうでしょう。…どちらにせよ傷つけてしまうなら、せめて自分に正直でいたいと思ったんです」
「……」
「いまだに、後悔しかない。…自分が恨めしいほどに」
真面目で実直な彼の苦悩する姿に、葉月は静かに聞きに徹しながら、その華奢な肩をさする。
と、葉月の手のひらにぎくりと僅かな振動が伝わってきた。
「…!」
「……こんな時に…っ…!」
拳を握り込み、硬く目をつぶって眉を寄せる蒼矢の悲愴な面差しに、葉月は胸が潰れそうになる。
「蒼矢…、今日はいい。場所だけ教えてもらえれば――」
「…いえ、行きます。私情で責務を放る訳にはいきません」
そう言いながら顔をあげた蒼矢は、今時分まで表出していた感情を全て内へ押し込み、静かでいて意志のこもった眼差しを葉月へ注いでいた。
「…そうか、…わかった」
受け止めた葉月には、そう応えるしか選択肢が残されていなかった。
お互い黙ったまま手を動かす中、ぽつりと葉月が漏らす。
「――ごめんね。なんだか見透かしたような真似をしてしまって」
手を止め、強張った面を向ける蒼矢へ、葉月は変わらず微笑んでいた。
「影斗のことは、僕も聞いてるんだ。セイバーの件があるからね。でも、本人から話してもらったことの中で、君のことは触れられてないよ」
「…!」
「僕が勝手に気付いてしまっただけ。…彼から相談されたとかではないから…それだけは信じて欲しい」
棒立ちになり、うつむいてしまった蒼矢の肩に、葉月は優しく手を置く。
「稽古も、君の気が紛れるのならいくらでも通ったらいい。…僕は君たちのことに、そういう形でしか手助けしてあげられないから」
「…葉月さん、俺…、影斗先輩を傷つけてしまったんです」
「彼がそう言ったの?」
「…しばらく会わないって言われました」
「それは、影斗の気持ちの問題じゃないか? …ひとりで考える時間を作りたいんだよ」
葉月は優しく言葉をかけ続けるが、蒼矢は首を横に振る。
「ずっと待たせてしまっていたんです。先輩と出会ってから、色々気遣ってくれてたことも、…優しくしてくれたことも、今思えばそれとわかる瞬間はたくさんあったのに…考えようともしてこなかった」
「君のことを想ってたからこそ、待っていてくれたんだろう? 思いやりを向けていたことも含めて、君が気付いてくれることを望んでのことなら、そこには彼の私情しかない。…君が気に病むことはないんだ」
「でも…気付いたうえで、結局俺は先輩に応えられなかった。俺が返した一言で、先輩の今までの思いを全て無かったことにしてしまったんです」
「…断ったんだね」
葉月の言葉に、蒼矢は答えることは出来なかったが、足許へと伏せる面差しを隠す前髪が、微かに揺れた。
「…先輩の望む答えを返すのが、知らずに想われてた俺の責任だとも考えました。でも…、本心からでない返事をしても、誠意の無さを先輩にすぐ気付かれてしまうでしょう。…どちらにせよ傷つけてしまうなら、せめて自分に正直でいたいと思ったんです」
「……」
「いまだに、後悔しかない。…自分が恨めしいほどに」
真面目で実直な彼の苦悩する姿に、葉月は静かに聞きに徹しながら、その華奢な肩をさする。
と、葉月の手のひらにぎくりと僅かな振動が伝わってきた。
「…!」
「……こんな時に…っ…!」
拳を握り込み、硬く目をつぶって眉を寄せる蒼矢の悲愴な面差しに、葉月は胸が潰れそうになる。
「蒼矢…、今日はいい。場所だけ教えてもらえれば――」
「…いえ、行きます。私情で責務を放る訳にはいきません」
そう言いながら顔をあげた蒼矢は、今時分まで表出していた感情を全て内へ押し込み、静かでいて意志のこもった眼差しを葉月へ注いでいた。
「…そうか、…わかった」
受け止めた葉月には、そう応えるしか選択肢が残されていなかった。
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