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本編
第7話_よぎる想い人のおもざし-2
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あきらかに応えに窮し、黙ってしまう蒼矢を見、カレンはぱっと表情を切り替えた。
「ごめんなさい、お茶が冷めちゃうわね。こちらのお店のケーキは、英国の3つ星ホテルのレストランに勤めた経歴のあるパティシエが作ってて、おすすめは本場仕込みのビクトリアケーキと、オリジナルのクルミ入りスコーンだそうよ。下段から手をつけていくのがマナーだけど、気にしないで好きなものから食べていけばいいわ」
「! そうなんだ。…サンドイッチ美味しそうだね」
前述の流れを断ち切るようにカレンはテーブルのケーキスタンドへ視線を誘導し、不慣れな蒼矢のカップへ紅茶を注いで差し出した。
カレンは母・結子から前もって聞かされていた通り、行動的で快活な女性だった。
好奇心が強く何事にも能動的で、加えて頭の回転も速いのか、言葉数が少なめで基本受け身姿勢・観光スポットにもあまり明るくない蒼矢のプロフィールもすでに見抜いていて、彼のペースに合わせて緩急をつけられる機転のよさまで持ち合わせていた。
事前に組んでいた行程も名所を巡る順路もほぼ完ぺきで、もはや先方の要望通り"つき添い"だけの存在と化してしまっていた蒼矢だったが、双方それで満足し、心地良い空気感で観光が進んでいた。
「――ごめんなさい、化粧室行くわね」
華やかなティータイムが終わると、カレンは席を立ってレストルームへと離れていく。
ひとりテーブルに残された蒼矢は、カップに残った紅茶を飲み干し、窓から見える港の風景を眺めた。
普段の生活では触れない景色を目にし、色とりどりな料理や茶菓子を味わって、いつもとは違う高揚感と多幸感に満たされていたが、ふいに現実に戻されたように表情を止める。
「…」
蒼矢の脳裏に思い出されていたのは、烈の面影だった。
旅行へ行けなくなったと打ち明けた時、電話越しの彼の声色はいたっていつも通りの明るい調子で、こちらを気遣うような口振りも感じられた。
しかし、こちらが話題を出した直後の反応と一時の沈黙からは、急な展開に虚を突かれて戸惑う様子が伝わった。
その時烈がどんな表情をしていたか、顔色や纏う空気の変化までも、容易に想像できた。
ふたりでの旅行よりも自分の家庭の事情を優先し、烈からの誘いを一度引き受けた後から断ってしまったことが、頭の中に考える隙間ができる度に思い起こされ、ずっとくすぶり続けていた。
母にきちんと断りを言い出せなかった己の弱さ、自分本位さを恥じた。
同時に、後悔を残しながらもこうして母側の予定に従って動いた結果、素直に状況を楽しんでいることも自覚していた。
初対面であるはずのカレンとの交流は、人見知り気質の蒼矢にもすぐ受容でき、居心地のよさが感じられていた。
彼女の持つ自然体な雰囲気は、烈と通じるものがあった。
だから余計に、同日同時間に本来過ごしていただろう彼との時間を無意識に夢想し、後悔が膨らんでいった。
…本当なら今頃、烈とこういう気持ちを共有してるはずだったんだ…
予定を反故にしたこと、そして自分が今ここにいることが選択肢として間違っているかどうかはわからない。
しかしいずれにせよ、烈と過ごすはずだった今日という時間は二度と戻らない。
…烈の優しさに甘えてしまった。
…あいつに報いるためにも、今はカレンに精一杯誠実に向き合うしかない。
…帰ったら、ちゃんと面と向かって謝ろう。
窓の外から視線を店内へ戻すと、カレンが丁度テーブルへ戻り、どこかぼんやりとしている蒼矢へにこりと笑いかけた。
「――お待たせ。そろそろお暇しましょうか」
「…うん」
「ごめんなさい、お茶が冷めちゃうわね。こちらのお店のケーキは、英国の3つ星ホテルのレストランに勤めた経歴のあるパティシエが作ってて、おすすめは本場仕込みのビクトリアケーキと、オリジナルのクルミ入りスコーンだそうよ。下段から手をつけていくのがマナーだけど、気にしないで好きなものから食べていけばいいわ」
「! そうなんだ。…サンドイッチ美味しそうだね」
前述の流れを断ち切るようにカレンはテーブルのケーキスタンドへ視線を誘導し、不慣れな蒼矢のカップへ紅茶を注いで差し出した。
カレンは母・結子から前もって聞かされていた通り、行動的で快活な女性だった。
好奇心が強く何事にも能動的で、加えて頭の回転も速いのか、言葉数が少なめで基本受け身姿勢・観光スポットにもあまり明るくない蒼矢のプロフィールもすでに見抜いていて、彼のペースに合わせて緩急をつけられる機転のよさまで持ち合わせていた。
事前に組んでいた行程も名所を巡る順路もほぼ完ぺきで、もはや先方の要望通り"つき添い"だけの存在と化してしまっていた蒼矢だったが、双方それで満足し、心地良い空気感で観光が進んでいた。
「――ごめんなさい、化粧室行くわね」
華やかなティータイムが終わると、カレンは席を立ってレストルームへと離れていく。
ひとりテーブルに残された蒼矢は、カップに残った紅茶を飲み干し、窓から見える港の風景を眺めた。
普段の生活では触れない景色を目にし、色とりどりな料理や茶菓子を味わって、いつもとは違う高揚感と多幸感に満たされていたが、ふいに現実に戻されたように表情を止める。
「…」
蒼矢の脳裏に思い出されていたのは、烈の面影だった。
旅行へ行けなくなったと打ち明けた時、電話越しの彼の声色はいたっていつも通りの明るい調子で、こちらを気遣うような口振りも感じられた。
しかし、こちらが話題を出した直後の反応と一時の沈黙からは、急な展開に虚を突かれて戸惑う様子が伝わった。
その時烈がどんな表情をしていたか、顔色や纏う空気の変化までも、容易に想像できた。
ふたりでの旅行よりも自分の家庭の事情を優先し、烈からの誘いを一度引き受けた後から断ってしまったことが、頭の中に考える隙間ができる度に思い起こされ、ずっとくすぶり続けていた。
母にきちんと断りを言い出せなかった己の弱さ、自分本位さを恥じた。
同時に、後悔を残しながらもこうして母側の予定に従って動いた結果、素直に状況を楽しんでいることも自覚していた。
初対面であるはずのカレンとの交流は、人見知り気質の蒼矢にもすぐ受容でき、居心地のよさが感じられていた。
彼女の持つ自然体な雰囲気は、烈と通じるものがあった。
だから余計に、同日同時間に本来過ごしていただろう彼との時間を無意識に夢想し、後悔が膨らんでいった。
…本当なら今頃、烈とこういう気持ちを共有してるはずだったんだ…
予定を反故にしたこと、そして自分が今ここにいることが選択肢として間違っているかどうかはわからない。
しかしいずれにせよ、烈と過ごすはずだった今日という時間は二度と戻らない。
…烈の優しさに甘えてしまった。
…あいつに報いるためにも、今はカレンに精一杯誠実に向き合うしかない。
…帰ったら、ちゃんと面と向かって謝ろう。
窓の外から視線を店内へ戻すと、カレンが丁度テーブルへ戻り、どこかぼんやりとしている蒼矢へにこりと笑いかけた。
「――お待たせ。そろそろお暇しましょうか」
「…うん」
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