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本編
第10話_看過-7
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髙城邸のドアに鍵がさされ、開くと同時に玄関から続く廊下に間接照明が灯った。
土間に足を踏み入れた、スーツにビジネスコート姿の男は、靴を脱ごうと足許に視線を落としてから、その姿勢のまま一時動きを止めた。
やがて顔をあげ、廊下の先に延びる階段を辿り、視界に見えないその先へと視線を流していった。
「……」
邸内は静まり返っていて、生活音はほとんど聞こえてこない。
そして、確かにあってしかるべき会話音さえも、耳には届いてこなかった。
無言で2階のリビングの方を見やっていた男――髙城 静矢は、再び視線を足許へ戻す。
土間には見慣れた息子の靴と、それよりひと回り大きい見慣れない靴が、仲良く並べて置かれていた。
"見慣れない靴の主"にはすぐに当たりがついたが、その存在があってのこの静けさは、"彼"を知るものであれば大抵の者が違和感を覚えることだった。
「…」
静矢は浅くため息をつき、土間の上がり口脇に準備していたスーツケースを引き寄せて持ちあげ、音をたてずに身を翻し、再び玄関ドアを開ける。
ドアが閉じられ施錠される極小の音が、土間だけに響く。
廊下を灯していた間接照明が消え、誰もいなくなった髙城邸1階は薄闇を取り戻した。
蒼矢を自室に寝かせてから、烈は髙城邸を後にする。
夜道を歩きながら、蒼矢と交わした一連のやりとりの余韻に浸っていた。
いつも物静かで所作が基本落ち着いていて、感情の起伏も浅い蒼矢の、"もうひとつの顔"ともいうべき姿―― 取り乱しながら玄関から飛び出てきた所作や、大胆に自分の欲求を主張してくる言動、そしてもの欲しげに憂う表情、その全てに烈は驚かされた。
一方で、そんな蒼矢らしくない一部始終が実は彼の一面だったと思うと、新鮮にも思えた。
彼の期待に応えられなかったことへの申し訳なさを感じつつも、それ以上に、普段およそ見せない彼の姿を見ることが叶った、という事実に心が躍った。
"横に並んでいる"ことを表しているかはわからないが、内気で控えめな蒼矢が激しく自己主張したり、余裕なく欲しがったりする相手は、きっと自分だけなんじゃないだろうか、という独占欲的な感情が、烈の胸中に膨らんでいった。
…俺が蒼矢に感じてるのと同じように、蒼矢にとっての俺も、出会ってから今まで長い時間かけて、特別な存在になってたのかもしれない。
…もしかしたら俺も、今までのどこかにあったあいつの人生の転機に、そばにいてやれてたのかもしれない。
…蒼矢の支えになってやれてた時があったんなら、それだけでも俺は、自分に価値を見出せる。
烈は、今の自分が幸せであることをはっきりと自覚できた気がして、胸中に心地良い温かさを感じた。
そして顔をあげ、満ち足りた面持ちを浮かべながら帰路についた。
土間に足を踏み入れた、スーツにビジネスコート姿の男は、靴を脱ごうと足許に視線を落としてから、その姿勢のまま一時動きを止めた。
やがて顔をあげ、廊下の先に延びる階段を辿り、視界に見えないその先へと視線を流していった。
「……」
邸内は静まり返っていて、生活音はほとんど聞こえてこない。
そして、確かにあってしかるべき会話音さえも、耳には届いてこなかった。
無言で2階のリビングの方を見やっていた男――髙城 静矢は、再び視線を足許へ戻す。
土間には見慣れた息子の靴と、それよりひと回り大きい見慣れない靴が、仲良く並べて置かれていた。
"見慣れない靴の主"にはすぐに当たりがついたが、その存在があってのこの静けさは、"彼"を知るものであれば大抵の者が違和感を覚えることだった。
「…」
静矢は浅くため息をつき、土間の上がり口脇に準備していたスーツケースを引き寄せて持ちあげ、音をたてずに身を翻し、再び玄関ドアを開ける。
ドアが閉じられ施錠される極小の音が、土間だけに響く。
廊下を灯していた間接照明が消え、誰もいなくなった髙城邸1階は薄闇を取り戻した。
蒼矢を自室に寝かせてから、烈は髙城邸を後にする。
夜道を歩きながら、蒼矢と交わした一連のやりとりの余韻に浸っていた。
いつも物静かで所作が基本落ち着いていて、感情の起伏も浅い蒼矢の、"もうひとつの顔"ともいうべき姿―― 取り乱しながら玄関から飛び出てきた所作や、大胆に自分の欲求を主張してくる言動、そしてもの欲しげに憂う表情、その全てに烈は驚かされた。
一方で、そんな蒼矢らしくない一部始終が実は彼の一面だったと思うと、新鮮にも思えた。
彼の期待に応えられなかったことへの申し訳なさを感じつつも、それ以上に、普段およそ見せない彼の姿を見ることが叶った、という事実に心が躍った。
"横に並んでいる"ことを表しているかはわからないが、内気で控えめな蒼矢が激しく自己主張したり、余裕なく欲しがったりする相手は、きっと自分だけなんじゃないだろうか、という独占欲的な感情が、烈の胸中に膨らんでいった。
…俺が蒼矢に感じてるのと同じように、蒼矢にとっての俺も、出会ってから今まで長い時間かけて、特別な存在になってたのかもしれない。
…もしかしたら俺も、今までのどこかにあったあいつの人生の転機に、そばにいてやれてたのかもしれない。
…蒼矢の支えになってやれてた時があったんなら、それだけでも俺は、自分に価値を見出せる。
烈は、今の自分が幸せであることをはっきりと自覚できた気がして、胸中に心地良い温かさを感じた。
そして顔をあげ、満ち足りた面持ちを浮かべながら帰路についた。
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