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本編
第10話_看過-1
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影斗との情報共有を済ませ楠神社を後にし、烈は蒼矢の自宅へ向かった。
途中歩きながら、影斗からかけられた言葉を思い出す。
―― お前はとっくに蒼矢の横に並んでるよ ――
そう言われたものの、烈ははたして本当に自分が蒼矢と肩を並べられているのか、助言通りには素直に受けいれられていなかった。
影斗の指摘通り、蒼矢に対して引け目を感じるようになったのは、"幼馴染"から想いが通じて"恋人"という関係に変わって以降だ。
もっと掘れば、彼が父を亡くした自分を慮って、当時に一切触れずに見守っていてくれたことを知った時――自分が彼に対して幼馴染以上の感情を抱いていると、明確に自覚し始めた時からだった。
家族を失った喪失感を精算するには、長い時間を要した。
烈は、1年以上もの間ひとり悲しみを胸にしまい、大きな歯車を失った家業を立て直すために、がむしゃらに働いた。
―― …少しは落ち着いたのか? ――
―― 一年半経ったな ――
数ヶ月前、彼からそう含みのある問いかけをされた時に烈の胸中を真っ先に支配したのは、驚きと自己嫌悪だった。
周りを見る余裕もなくただ毎日を過ごすばかりで、事が起きた当初から彼に見守られ、気遣われ続けていたことにつゆほども気付けなかった自分を、心底情けなく思った。
しかし、戸惑いながらも応える自分へ、蒼矢は心から安堵したような、穏やかな面差しを浮かべた。
―― …良かった ――
蒼矢の顔を見た烈は、澱む空気を押し流す風が、頭のてっぺんから胸へ通り抜けていくような錯覚に陥った。
多くは語らない彼の短い同調が、柔らかな微笑みが、燃えかすのように残り続けていた喪失感も、膨らみかけた負の感情も、すべて真っ白に塗り替えてくれた。
これから先も、彼に常に隣に寄り添っていて欲しい。
彼を、自分の傍から片時も失いたくない。
蒼矢の笑顔を目にした時に内に湧きあがった熱情は、烈に独占欲に似た思慕を抱かせるようになった。
しかし同時に、ひたむきな彼の思慮深さとおのれの浅慮さとを比べてしまい、素直にこの思慕を向けてよいものか、自分が彼を欲しがってよいものか、悩みを抱えるようにもなった。
思えば、小さい頃から蒼矢には度々支えられ、救われてきた。
特に印象深いのは、小学校5年生で児童会長になった時だ。
周りに持ちあげられて深く考えもせずに立候補してしまった烈は、そもそも児童会長とは何なのか、何をすればいいのか、右も左もわからない状態だった。
候補者選挙中は勢いある言動で校内を行脚してめぐり、注目と期待を集めたものの、いざ受かって会長の座に就いてみたら中身がなにもなく、初期は集会に出席しても議題を読みこんでこない、決まったことを忘れて周りに投げっぱなしにする、などの失態が続き、一度担任教員から重めの注意を受けるまでに至った。
そんな烈を見留めたのは、やはり蒼矢だった。
途中歩きながら、影斗からかけられた言葉を思い出す。
―― お前はとっくに蒼矢の横に並んでるよ ――
そう言われたものの、烈ははたして本当に自分が蒼矢と肩を並べられているのか、助言通りには素直に受けいれられていなかった。
影斗の指摘通り、蒼矢に対して引け目を感じるようになったのは、"幼馴染"から想いが通じて"恋人"という関係に変わって以降だ。
もっと掘れば、彼が父を亡くした自分を慮って、当時に一切触れずに見守っていてくれたことを知った時――自分が彼に対して幼馴染以上の感情を抱いていると、明確に自覚し始めた時からだった。
家族を失った喪失感を精算するには、長い時間を要した。
烈は、1年以上もの間ひとり悲しみを胸にしまい、大きな歯車を失った家業を立て直すために、がむしゃらに働いた。
―― …少しは落ち着いたのか? ――
―― 一年半経ったな ――
数ヶ月前、彼からそう含みのある問いかけをされた時に烈の胸中を真っ先に支配したのは、驚きと自己嫌悪だった。
周りを見る余裕もなくただ毎日を過ごすばかりで、事が起きた当初から彼に見守られ、気遣われ続けていたことにつゆほども気付けなかった自分を、心底情けなく思った。
しかし、戸惑いながらも応える自分へ、蒼矢は心から安堵したような、穏やかな面差しを浮かべた。
―― …良かった ――
蒼矢の顔を見た烈は、澱む空気を押し流す風が、頭のてっぺんから胸へ通り抜けていくような錯覚に陥った。
多くは語らない彼の短い同調が、柔らかな微笑みが、燃えかすのように残り続けていた喪失感も、膨らみかけた負の感情も、すべて真っ白に塗り替えてくれた。
これから先も、彼に常に隣に寄り添っていて欲しい。
彼を、自分の傍から片時も失いたくない。
蒼矢の笑顔を目にした時に内に湧きあがった熱情は、烈に独占欲に似た思慕を抱かせるようになった。
しかし同時に、ひたむきな彼の思慮深さとおのれの浅慮さとを比べてしまい、素直にこの思慕を向けてよいものか、自分が彼を欲しがってよいものか、悩みを抱えるようにもなった。
思えば、小さい頃から蒼矢には度々支えられ、救われてきた。
特に印象深いのは、小学校5年生で児童会長になった時だ。
周りに持ちあげられて深く考えもせずに立候補してしまった烈は、そもそも児童会長とは何なのか、何をすればいいのか、右も左もわからない状態だった。
候補者選挙中は勢いある言動で校内を行脚してめぐり、注目と期待を集めたものの、いざ受かって会長の座に就いてみたら中身がなにもなく、初期は集会に出席しても議題を読みこんでこない、決まったことを忘れて周りに投げっぱなしにする、などの失態が続き、一度担任教員から重めの注意を受けるまでに至った。
そんな烈を見留めたのは、やはり蒼矢だった。
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