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本編
第7話_神域を侵す禍(わざわい)-4
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陽から怒声混じりに促され、葉月は全速力で階段へと向かう。
そして長着の裾をたくし上げると、無我夢中で階段を駆けあがった。
苡月の部屋のドアを開け放った葉月は、前方に見えた光景に全身を凍らせた。
「…おや、見つかってしまったね」
固まる視界の正面には、自分より少し上背のある男が立っていた。
男は、濃い褐色の肌を上から下まで黒ずくめの着衣に包み、ふり返った姿勢で止まって、葉月へ視線を寄越す。
暗がりの中に溶け入るようなシルエットのなかで、少し開かれた口元から、"ひと"であればありえないほど発達した犬歯だけを光らせる。
男の腕に抱えられた苡月は、その黒々しい体躯に首から下を覆われ、目を閉じていた。
葉月は瞬きもできず硬直し、しだいに全身に鳥肌を帯び、冷や汗を流していく。
それは、目の前で実弟を獲物のように捕える不審者への激情ゆえなのか、世界線を越えてやってきた人外なるものへの本能的な恐怖ゆえなのか、自認できなかった。
目を見張ったまま動けなくなる葉月を見、黒い男は淡々と続ける。
「状況が飲み込めずに思考が止まったかな? それとも、[俺]に恐れをなして体が竦んでしまったかな? その反応は正しい。"狩られる側"の本能ともいうべき挙動だ。…もっとも、『この世界』の一般的な小動物であれば、既にこの場から逃げ去ってると思うけどね」
少しかさつく声でそう言い、男――侵略者[犲牙]は、ばさばさに伸ばした黒髪の間から、血のように赤い双眼を葉月へ流す。
「…聞こえていると仮定して一応言っておくと、今の俺はこの"子犬"以外に興味はない。昨日試しに接触するまでは仕留めるつもりだったけど、思いのほか好ましい容貌だし、絡んでみたらなかなか愛で甲斐のありそうな性質だったから、持ち帰って愉しもうかと気が変わったんだ」
男の長い指先が、気を失う苡月の柔い頬や顎を撫で、鋭い鉤爪が唇を弄ぶ。
「子犬は[異界]で大事に可愛がってあげるから、お互いこの場は見なかったことにしようじゃないか。…お前にとっても、それが最善のはずだよ」
そう実に軽い声色で言い残し、[犲牙]は部屋の窓を開け、するりと外へ出ていく。
そして長着の裾をたくし上げると、無我夢中で階段を駆けあがった。
苡月の部屋のドアを開け放った葉月は、前方に見えた光景に全身を凍らせた。
「…おや、見つかってしまったね」
固まる視界の正面には、自分より少し上背のある男が立っていた。
男は、濃い褐色の肌を上から下まで黒ずくめの着衣に包み、ふり返った姿勢で止まって、葉月へ視線を寄越す。
暗がりの中に溶け入るようなシルエットのなかで、少し開かれた口元から、"ひと"であればありえないほど発達した犬歯だけを光らせる。
男の腕に抱えられた苡月は、その黒々しい体躯に首から下を覆われ、目を閉じていた。
葉月は瞬きもできず硬直し、しだいに全身に鳥肌を帯び、冷や汗を流していく。
それは、目の前で実弟を獲物のように捕える不審者への激情ゆえなのか、世界線を越えてやってきた人外なるものへの本能的な恐怖ゆえなのか、自認できなかった。
目を見張ったまま動けなくなる葉月を見、黒い男は淡々と続ける。
「状況が飲み込めずに思考が止まったかな? それとも、[俺]に恐れをなして体が竦んでしまったかな? その反応は正しい。"狩られる側"の本能ともいうべき挙動だ。…もっとも、『この世界』の一般的な小動物であれば、既にこの場から逃げ去ってると思うけどね」
少しかさつく声でそう言い、男――侵略者[犲牙]は、ばさばさに伸ばした黒髪の間から、血のように赤い双眼を葉月へ流す。
「…聞こえていると仮定して一応言っておくと、今の俺はこの"子犬"以外に興味はない。昨日試しに接触するまでは仕留めるつもりだったけど、思いのほか好ましい容貌だし、絡んでみたらなかなか愛で甲斐のありそうな性質だったから、持ち帰って愉しもうかと気が変わったんだ」
男の長い指先が、気を失う苡月の柔い頬や顎を撫で、鋭い鉤爪が唇を弄ぶ。
「子犬は[異界]で大事に可愛がってあげるから、お互いこの場は見なかったことにしようじゃないか。…お前にとっても、それが最善のはずだよ」
そう実に軽い声色で言い残し、[犲牙]は部屋の窓を開け、するりと外へ出ていく。
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