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本編

第20話_5人で造る"最適解"

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エピドートがアズライトへ鉄壁の防御を施す中、攻撃手である他3人で[異形]への攻撃がしばらく続く。
無数の敵の中にあって余裕さえみられる連携と、優位性のある属性攻撃により、難なく対処できている風であったが、セイバーたちの間に焦燥感が生まれ始めていた。
「…数が減らないな」
[異形]は次々と地面から顔を出し、仕留める速度とほぼ同速で湧き上がってくる。[異形]の側に際限が無いように感じられる一方で、セイバーたちには否応なしに疲れが溜まっていく。
中でも後発装具である『陽光』を駆るサルファーのスタミナ切れが迫る中、額に汗を浮かべる彼から怒号があがった。
「新人!! 特定はまだなんか!?」
「…すみません、まだ…」
そう答えるアズライトも、『索敵』に全神経を注ぎ続けているためか、少しずつ疲労の色を濃くしていく。
「わかりそうなんですが…ぼやけてよく見えないんです」
サルファーにケツを叩かれる前から既に、アズライトは焦り始めていた。
…この前の[異界のもの]はすごくクリアだったのに…、なんで…!
彼の心情を盗み見たかのように、再び頭上から[鉛鎖エンサ]の、抑揚に乏しい声が響いて届く。
「お前たちは、最初から至極無意味な真似をし続けている。…俺が想定した通り、やはり低能の集まりだったな」
「!! あの野郎…!」
周囲の[異形]数体を光弾で蹴散らしてから、サルファーは怒気を噴出しながら空中を見上げる。
「そっちこそさっさと顔出しやがれ!! 生憎、お前の狙う『水使い』には手は届かねぇぜ…ちまちまとペット使ってねぇで、自力で仕留めにこいや!!」
彼の過剰な煽りにエピドートとオニキスが顔色を変える中、押し殺したような低い笑い声が木霊した。
「…お前たちは本当に愚かだな。俺が高みの見物でもしてると思っているのか」
「……!?」
その口上に、すぐさまロードナイトは辺りを警戒する。が、やはり[鉛鎖]の姿は見えない。
…どこだ、どこにいる…!?
「…!!」
『索敵』をし続けていたアズライトは何かに気付き、両眼から『水面』を外す。
「…[異形]と…、融合してる…!?」
「正解だ」
彼の呟きに空間が答えると、[異形]の頭頂部から鈍色の鎖が伸び、風の防御壁へと一斉に放たれた。
すぐさま攻撃手たちが迎撃するが、圧倒的に手数が足りず、数多が暴風へと突入していく。弾き出されるかと思われたそれらはそのまま風の渦に乗って、ぐるぐると周囲を流れだす。巡りながら鎖同士が干渉して軌道を変え、じわじわと壁の内側へ進んでいく。
「エピドート! 鎖が中に入る、一旦壁を解除しろ!!」
ロードナイトがそう指示を送ると同時に、鎖が数本内側に入りきり、先端の銛が壁の中を走った。
「…っ!」
的確にアズライトへ狙いを定めるそれらを、エピドートは『雷嵐』で迎撃する。
「エピドート!!」
「駄目だっ…今解除は出来ない! [奴]の思うつぼになる…!」
迫りくる銛を防ぎつつ、エピドートは内で考えを巡らせていた。
…出力を上げられれば、おそらくは…、でも、そんな余裕は…っ!
エピドートがひとりそう手をこまねいていると、[異形]の攻撃を振り切ったオニキスが暴風壁の中へ戻り、彼に代わって銛を弾き返し始めた。
「…オニキス…!」
「手を貸して欲しい時は口で言え!! 空気読まされる方の身になってみろ!!」
「……っ!」
"今まで"の思いを吐き出すかのような彼の台詞に、エピドートは気付いたように息を飲み、ついで深く頷いた。
「…ごめん。アズライトを頼む」
「了解」
エピドートは呼吸を整えると装具を地に垂直に突き立て、意識を集中させる。回転数の上がっていく暴風は帯電し、周囲に雷が降り注ぐ。内側からの圧と電流により軌道を逸らされた鎖は、少しずつ防御壁外へ押し出されていく。
その後方では、オニキスが次々に襲い来る銛からアズライトを守っていた。完全に防御壁内へ侵入した鎖は、意思を持つかのようにうねり、執拗にアズライトを狙う。『暗虚』では鎖を切断することは出来ず、絡みつくそれらを振りほどき、銛を叩き落とす防衛が繰り返される。
二人の必死の攻防のただ中、アズライトは『索敵』に集中し続けていた。
しかし、戦闘開始から一貫して[鉛鎖]の急所を探る彼の中で、ある一つの結論に行き着こうとしていた。
…このまま『索敵』し続けても、きっとこれ以上はわからない…
疲労を重ねるオニキスの脇から、一本の鎖がアズライトを襲う。
「! あぅっ…」
上半身を横切ったそれに投げ倒され、はずみで身体から離れた『水面』がかき消える。銛の攻撃は深く入り、断たれた胸部の戦闘スーツから一筋に紅く染まる肌が露出した。
「アズライト!!」
「っう…」
立ち上がれずにいる無防備な身体に、畳みかけるように鎖が襲いかかる。アズライトは転がったまま夢中で前を庇うように縮こまった。が、ふいに彼の視界が暗くなり、攻撃がぴたりと止む。恐るおそる目を開けると、装具とみずからの手足に防御壁内の鎖を全て絡ませ、動きを封じるオニキスの姿があった。
「っ…! せん、ぱ……」
驚愕の表情で見上げるアズライトを背中に仁王立ちになり、オニキスが吼えた。
「サルファー!! ロード!! やれ!!」
一瞬後、視界の中心に映る暴風壁の一点が夕焼け色に染まり、内部へ向けてレーザーのように光が注ぎ込まれた。光線はオニキスの身体へ届くと爆発し、全身に絡んでいた鎖が崩れてばらばらと飛散する。爆風に巻き込まれたオニキスは大きく吹き飛ばされるが、『暗虚』の鉤爪を上手く地面に引っ掛けながら数回転して降り立つ。
銛の刃先がかすめて全身を負傷したもののすぐに立ち上がり、体勢を整えると恨めし気にレーザー光の射出元を睨んだ。
「危ねぇなっ…加減しろよ」
彼が視線をやる暴風壁の外側にいたサルファーが、『陽光』を構えながら鼻を鳴らす。
「目上に指図するガキ相手に、加減なんざするわけねぇだろ」
その傍らにいたロードナイトも、ひとつ息をついた後、にやりと笑った。
「お前なら、俺たちが本気で仕掛けても受けとめきれる。…そう買ってるつもりだが?」
「…そりゃ、ありがてぇことだな」
そう吐き捨てると、オニキスはアズライトへ駆け寄る。上体を起こしたアズライトは深手を負った胸を押さえながらも再度『水面』を呼び出すが、柄を握った手を地に落とす。
「…!? 痛むのか?」
声をかけるオニキスへ、ゆっくり首を横に振ってみせ、うつむいたまま声を漏らした。
「…これ以上『索敵』し続けても、俺に判ることはありません」
脳内に届くアズライトの声に、全員が眉をひそめた。
「…[侵略者]は姿を消してるわけではなく、[異形]と融合しています。そして…[異形]の数が減らないのは、多分融合した[異形]を除いた全てが偽物…大元を模して造られた、"複製"だからだと思います」
「…!? こいつら全部コピー…」
「複製に急所は見当たらないし、倒しても意味はありません。…融合した大元の[異形]を仕留めなければ、この戦闘は終わらない」
「……っ!!」
覚醒して間もない少年の口から流れるロジックに、全員が目を見開きながら聞き入っていた。
「コピー元…"オリジナル"をつきとめれば、倒せるってことか…!?」
セイバーたちは突破口が見えたことに歓喜しかけたが、アズライトはやはり首を横に振る。
「でも…[侵略者]と融合した[異形]がどの個体なのかまでは、判別出来ないんです。…もう少し近寄れば判るかもしれませんが…」
防御壁から出る必要がある。
背後の彼の話を聞くエピドートの面差しが険しくなる。
平静を取り戻したロードナイトが、アズライトへ問いかけた。
「…[侵略者]の弱点属性は、何か判ったのか?」
アズライトは一時沈黙した後、小さく口を開く。
「……『水』です」
「…!」
「急所が特定できる前に、判ってたんですが…言い出せなくて」
全員が動揺し、反応できずにいる中、アズライトは伏せる顔を腕にうずめた。
「水属性の技を使うことを頭で意識しても、感覚が掴めなくて…どうしたらいいかわからないんです」
「……」
「すみません。…今の俺には、『索敵』以外は出来ません」
小さな彼の抱える胸の内に、他セイバーたちは黙ったまま耳を傾けていた。
「…すみません」
みずからの口から漏れる弁明が、言い訳になって自分に返って突き刺さった。
気持ちを吐露する度に、自分が惨めになっていった。
…何の役にも立てないなら…、こんな思いをするくらいなら、やっぱり自分は『ここ』にいない方が――
「――オニキス、俺と代われ」
と、沈みゆく空気を断ち切るように、サルファーが口を開いた。
「…あ?」
「交代だ、交代。俺が防御壁入ったら外が手薄になるだろうが。さっさとこっち戻ってこい」
サルファーの粗野な調子は至っていつも通りで、理解できないながらも、オニキスは彼の指示通り防御壁を離れていく。
入れ替わりで壁内に跳んできたサルファーは、うつむいたままのアズライトの正面にしゃがむと、腕に埋もれた頭を持ち上げて、両頬を手のひらで挟みながら自分に向かせた。
「…っ…!」
「おい、べそかくのは万策尽きてからにしろ。まだ戦闘中だ」
そして彼へそう言い放つと、引っ張り上げるように立たせて腕を引く。そのまま暴風壁の外へ連れて行こうとするその挙動を目の端で見、壁の制御で手が離せないエピドートがぎょっとして声をかける。
「サルファー…? どうするつもりだ!?」
「こいつへの守りはここで仕舞だ。お前も解除していいぞ、攻撃に加われ」
「っ、でも…、狙われている彼を戦場に出すのはっ…」
サルファーは振り返り、止めようとするエピドートと困惑顔で見上げるアズライトを見やった。
「距離が離れててわからねぇんなら、近寄りゃいい話だ。技が使えねぇんだったら、得物で直接攻撃すりゃいい。『装具』には属性・・の力が備わってんだからな」
「……!」
「お前の役目はまだ終わっちゃいねぇ、むしろ今からだ。…売られた喧嘩は買うもんだ、てめぇのかたきはお前自身で葬ってやれ」
セイバーたちが見守る中、サルファーはアズライトの腕を離して両肩に手を乗せると、かがんでずいっと顔を近付けた。
「来い。…俺がお前の手足になってやる」
その言葉に、見上げていたアズライトが無言のまま、しかし大きく頷いたのを確認すると、サルファーはにやりと笑い返し、彼を片腕に持ち上げる。
「援護宜しく。オニキスは『毒』禁な」
そう言うや否や、サルファーは『陽光』を頭上に配して[異形]がうごめく壁外へ飛び出していった。
「了解」
ロードナイトは即応答し、彼の後を追う[異形]を『灼熱』の壁で妨害し、爆炎で退かせる。エピドートとオニキスもそれぞれ攻撃態勢を整え、ロードナイトへ続いた。
セイバーたちの陣形の変化に、"どこか"から覗う[鉛鎖]が喉の奥で嗤った。
「…愚かな奴らだ。この数から俺を探し出せるとでも思っているのか」
「アズライト、君が言うように[侵略者]と[異形]が融合しているとして、[侵略者]の弱点属性が『水』ならば、頭頂部の鎖に対しては君の攻撃は有効なはずだ。俺たちとしても、あの厄介な鎖は優先して落として欲しい」
[鉛鎖]の口上をさえぎるように、ロードナイトが脳内から指示を出す。
「…なるほどな。忙しいな、出来るか?」
「…やります!」
「いい返事だ」
しっかりと返してきたアズライトの声を聞き、サルファーが『陽光』の出力を上げ、辺りの[異形]一帯へ光弾を浴びせる。一時的に硬直する[異形]へ急接近し、体躯の頭頂部へ向けてアズライトが『水面』を振るうと、簡単に断たれた鎖が液状になって崩れ、ぼたぼたと降下していった。
「…おぉー、効果テキメンじゃねぇか。どんどんいこうぜ」
想像以上の手応えに、放心しかけるアズライトの横でサルファーは感嘆の声をあげ、高揚していく気分を発散させるように、光弾を八方に散らしながら空間を漂う[異形]の間を飛び回る。そして絶妙な距離まで詰め、タイミングを見計らってアズライトが鎖を断ち切っていく。
二人の周囲を落雷で援護するエピドートが声をかける。
「『索敵』は出来てる?」
「はい、さっきよりクリアです。…やっぱり"複製"に急所は見当たりません」
「おそらく、"オリジナル"はお前たちの射程に入ってないだろうな。かつ、今までで一度もちてない個体だ」
「…不自然な動きをしてる[奴]が、必ずいる」
セイバーたちはそう脳内で結論づけ、引き続きエピドートは援護を、ロードナイトとオニキスは各個撃破する中で、目視でオリジナルの当たりをつけていく。
やがて、目星をつけた[異形]を順に『索敵』していっていたアズライトが、『水面』の奥の両眼を見開いた。
「…見つけた」
その呟きに全員が反応すると同時に、オリジナルの[異形]から数多の鎖が放射状に射出される。
「!! っ…」
急襲に、援護していた3人が後退させられる最中、中央から1本の鎖がまっすぐアズライトへ放たれ、首に巻きつくとサルファーが妨害する間も無く引き剥がした。宙に浮かんだアズライトの身体が、[侵略者]の潜むオリジナルへ一気に引き寄せられていく。
「くそっ…!!」
ロードナイトが[異形]の体躯へ火球を当てて爆散させるが、直前に融合を解いていた[鉛鎖]は的から外れ、姿を現すと両腕を鋼鉄の刃に変え、迫る獲物へ振り被る。
「…終わりだ」
「アズライト!!」
セイバーたちの叫び声が響く。
「……っ!」
双方が当たる瞬間、アズライトは大きく開眼し、[鉛鎖]をまっすぐに捉えていた。引かれるままに身体を縮め、[敵]の胸部へ向かって突入する。
硬直する4人の眼前で、[鉛鎖]の両刃は空間を斬り、同時にその体を貫くようにアズライトが背面へ飛び出す。浮力を失って落ちる寸前、オニキスが抱きとめた。
振り返る彼の視界に、胸部から融解し溶け崩れていく[鉛鎖]の最期が映る。
呆然とその光景を眺めてから、再び手元に視線を落とした。
「…っ無事か!?」
「…はい、大丈夫です」
腕の中におさまり、そう返答するアズライトの両手には、『水面』が硬く握られていた。
疲弊しているものの薄く笑顔を見せる彼に、オニキスは胸をなでおろし、それを見守るセイバーたちも、呼吸を思い出したかのように深く息を吐き出した。

『転異空間』の[脅威]は消え去った。

[異界のもの]が一掃された無の景色の中、全員が地表に着地する。
怪我の回復にエピドートへ手渡したものの、オニキスは抑えきれずにアズライトへ向けて、取り乱すようにがなった。
「…無茶すんなよっ…、心臓止まるかと思ったぞ!!」
「すみません…、サルファーの言う通りにしたかったんです」
「……。」
自分の手元から引き剥がされてからずっと放心状態になっていたサルファーは、アズライトのその言葉にはっと我に返る。他セイバーたちの顔をキョロキョロと見回してから、腰に手をあててふんぞり返った。
「…だろー! 全ての想定通りだ。及第点ってところだな、これからも精進しろよ!」
「自分の手柄みたいに言うんじゃない。不用意な発破かけやがって…」
ロードナイトが、その後頭部を後ろからフルスイングではたく。
「だが、俺たち全員が助かったことは確かだな。よくやってくれた」
そしてそう言いながらアズライトの傍らに膝をつき、目元を緩めた。
後からばつが悪そうに歩み寄ってきたサルファーも、自身の頭をさすっていた手をアズライトの頭に乗せ、ぐしゃぐしゃと撫でた。
「…右に同じだ。ありがとな、アズライト・・・・・
「皆さんのおかげです。…お役に立てて良かったです」
可愛らしい容貌から思いのほか素直に笑顔を返され、気恥ずかしくなったのかサルファーは赤く染まった顔をごまかすように彼から離れ、そっぽを向いた。
「…っ、勘違いしそうになるから、やめろよ…」
「安心しろ、お前のその反応はわりと正常範囲だと思うぞ」
「…還る前にみんな回復していこうね。今回はみんな"勲章"だらけだから」
少し不自然な言動を交わし合う二人を見て少し噴き出してから、エピドートが柔らかく微笑んだ。
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