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本編

第15話_霧がかる水の戦士

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騒ぎの起きたショッピングモールの敷地内は、利用客の避難があらかた終わっているようだった。
途中介入したオニキスの固有能力『放逐』によって[侵略者]を一旦退けたセイバー達は、『現実世界』へと戻ると人の目の及ばないところへ一旦移動する。『転異空間』から抱えられてきた蒼矢ソウヤは、芝生の上に静かに降ろされた。
人外の[侵略者][異形]と対峙する『セイバー』は、対等に戦えるくらいのやはり人間離れした体力や防御力などを備えているが、それを上回る攻撃を受けてしまった場合は損傷として蓄積し、それが十分癒えないままに変身解除すると、人間に戻った時にも残ってしまう。蒼矢は攻撃を受けた左上半身をかばうように身じろぎし、口元と頬を赤く腫らした顔を少し歪ませた。アカリは彼の背後に腰を落とし、ゆっくり抱き寄せると自身の身体に寄り掛からせた。
影斗エイトは蒼矢と一つ二つ言葉を交わし彼の容態が確認できると、残る二人を睨む。
「…こいつのことは傷つけんなって言ったよな?」
そう凄まれ、灯はやや表情を強張らせるが、晃司コウシは片眉をあげて睨み返した。
「俺はそんなん聞いてねぇよ。…なんだお前、知り合いだったのか?」
「…同じ高校に通ってるらしい」
「ふーん」
灯の注釈に間延びした感嘆を漏らし、再度影斗へ視線をやる。
「お前らの関係には興味ねぇ。…そもそも『俺らの仕事』に傷はつきもんだろ。現に灯だって怪我してんだぞ」
そう鼻を鳴らしながら口上を述べると、晃司は何事か思い出したように面様を変えた。
「! そういやお前、なんであそこで『放逐』使ったんだ! あの[金属野郎]を取り逃がしちまったじゃねぇか!!」
「蒼矢が[奴]の手の内にあったのに、あんたらがゴリ押しで仕掛けたからだろ!!」
「じゃあお前、そいつがあのまま[異界]にお持ち帰りされるとこを黙って見送ってりゃよかったってのか!?」
「あれはそんなん頭にあるようなやり口じゃねぇ! [奴]を倒すことしか考えてなかったんだろうが!!」
「後輩の癖にVIP出勤してきた奴がわめくな!! そんなにそのチビが大事なら、俺らに任せてねぇで最初から顔出せや!!」
「…ってめぇ…!!」
「やめろお前ら、声が高い」
ヒートアップしていく2人のやり取りを、灯は一旦制する。
「手数が足りなくて…あの場はああするしかなかった。いや、俺には判断出来なかった。だから晃司の仕掛けに乗った」
そして地面へと目を落としたままそう静かに漏らした後、影斗へ視線を送った。
「…お前が言うようにあのまま俺たちが攻撃していたら、蒼矢と[奴]のどちらが先に倒れるかの瀬戸際だっただろう。あのタイミングの『放逐』は正解だった。…来てくれて助かった」
「……」
真剣さの中に後悔の念を帯びる灯の言葉を聞き、影斗は気まずげな表情を浮かべると、顔をそらした。
「…すみませんでした、俺…何も出来なくて」
ふいに、彼らの会話を黙って聞いていた蒼矢がぽつりと漏らす。灯の腕の中で痛みにやや顔を引きつらせながら、3人を見上げた。
「灯さんに守ってもらってたのに、お二人の足を引っ張っていただけで…」
「! そういや、『索敵』ってのは? [侵略者]の急所だかを特定するんだっけ?」
「…はい」
「で、結局[あの野郎]のどこなのかわかったんか?」
「……」
晃司に問われた蒼矢は、視線を落としながら首を横に振った。
「…おい、収穫無しかよ! [あいつ]をほぼ無傷で還しちまったのに!? こっちは被害出してんのにまた振り出しじゃねぇか!」
呆れたトーンで声高に不満を垂れると、晃司は続けて蒼矢を軽く睨んだ。
「あとさお前、その『索敵』以外はできねぇの?」
「以外…?」
「『索敵それ』は『アズライト』の固有能力だろ? 基本的な攻撃とか、防御手段だよ。水属性の何かがあるだろ普通は」
晃司から問い質され、蒼矢は先ほどの戦闘中、晃司であるサルファーからアズライトの"属性技"を使うよう指示を受けたことを思い出す。あの時はそれを使う手段と考え、一刻も早く装具を呼び出そうとしていた。とはいえ、蒼矢はいまだに索敵以外・・の能力を使うという真意を理解できていなかった。
「…わかりません」
よってこう回答するしかなかったわけだが、それを聞いた晃司の眉がひそめられた。
「わからねぇってのはどういうことだ? お前何戦目だっけ?」
「…今日で二回目です」
「おかしいだろそりゃ。もう何らかのスキルが備わってるはずだ。しかもさっきあれだけピンチになっといて、何もないのはやばくね?」
「晃司…!」
徐々に責めるような口調になっていく晃司を止め、戸惑う蒼矢へ灯から説明する。
「君の『索敵』は、アズライトだけが使える能力だ。それとは別に、俺の火炎や晃司の光弾みたいな、それぞれのセイバーが持つ属性に即した攻撃性、防御性の能力が使える。…ようになるはずなんだが」
「…まだ二戦目だろ。これからいくらでも覚えてくだろうが」
影斗が横から口を挟むが、苛立ちを隠さない晃司は彼を睨みつけた。
「お前、自分じぶん時思い出してみろ。覚醒が遅かった葉月でさえ初戦から使えてたんだぞ?」
「……」
「勘違いしねぇ内に言っとくけどな、俺たちは仲良しこよしで適当に[侵略者あいつら]と戯れてるんじゃねぇんだ。サポートし合うのは当たり前だが、守ってやることを前提に仕事はできねぇ。あくまで"チーム"なんだからな」
そう影斗を黙らせると、視線を蒼矢へ戻す。
「『アズライト』がそもそもどの程度なのかは知らねぇが、今のところお前は"お荷物"でしかねぇな。早く使える・・・ようになってくれ。…俺たちもこの先いつまでお前を守ってやれるかわからねぇぞ」
「…『索敵』は、有用だ」
「俺は見てねぇけど、それは了解した。今後の楽しみにしとくわ、どうせすぐまた次があるしな」
灯からの精一杯の評価を軽くスルーすると、晃司は解散の音頭を取る。が、銘々が帰り支度をし始める中、早々に背を向けて歩いていく影斗の背中に声をかけた。
「おい影斗、お前は居残りだ」
「…あ?」
低い呼び掛けに、影斗は気だるげに振り返る。目線の先にいた晃司は仁王立ちで、金髪の間から鋭い眼光を覗かせていた。
「お前にゃ言いてぇことが山程ある。…面貸せ」
「……」
あからさまな怒気を放つ彼の形相を受け、影斗は敵対するように睨み返す。そのまま二人は距離を取りつつ敷地の外を目指し、その場を後にしていった。
灯は彼らの背中を見送り、大きくため息をついた後、スマホを手に連絡を取る。その顎の下で、蒼矢は黙ったまま地面へ目を落としていた。
「――立てるか?」
肩を軽く揺り動かされ、蒼矢ははたと気づいて身体を大きく動かしてしまい、脇腹に走った痛みに顔をしかめる。
「っ……!」
「! …大丈夫か? 君さえよければ担いでいくが」
「いえっ…、歩けます」
そうはっきり返答し、支えられながら立ちあがったものの、うつむいた表情は硬く、暗い。灯は、[侵略者]から受けた傷だけが理由ではないだろうその心境を察しながらも、言葉をかけることなく話題を移した。
「こっちの『転送』を受けて、葉月ハヅキが戻ってきてるそうだ。もうすぐ神社に到着する。…一旦彼の家に行って治療しよう」
「…はい」
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