12 / 23
本編
第11話_静と動の邂逅
しおりを挟む
そして土曜日を迎え、烈と蒼矢は連れ立って件のショッピングモールへ向かう。
小規模ではあるものの10時開店の週末の敷地内はすでに人で溢れかえり、丸くひらけた中広場のフリーマーケット会場にも売り主らの色とりどりのパラソルやレジャーシートが敷き詰められ、道行く人が次々に広場へ吸い込まれていっていた。
蒼矢でも口を半開いたままに、少し高揚した面持ちになっていたが、烈のテンションの上がり様はひとしおで、目を輝かせながら広場を食い入るように見つめていた。
「…すげー! めっちゃ色んな物ある!! どうする、どっから見る!?」
「待てって。端から順にいって、良さそうなのがあったら止まって見てみればいいだろ」
蒼矢は、興奮を抑えきれずに広場内へ走っていきそうになる烈のリュックを掴んで落ち着かせると、二人揃ってフリマ会場へと足を踏み入れていく。
「あっこれ、前中古屋で見てから欲しかったやつ…! すごい、あん時よりだいぶ安いぞ! …あぁっ、これも前から狙ってたやつだ…、ああぁっ、これも…!!」
「そんなに手に取って、予算大丈夫なのか? まだ見始めたばかりだけど」
「心配すんな、あとでちゃんと厳選するぞ! 母ちゃんからひとつ千円以内・計3つまでとお達しが出てるんだ!!」
「…おばさん、賢明だな」
二人はしばらくの間、蒼矢が烈のウィンドウショッピングに付き合う形で行動する。元々烈の要求に応える体で来ていたため、興味惹かれるものはあったものの、蒼矢はそれほど注視せず流し見して歩いていた。
が、とある売り場スペースに差しかかると、蒼矢の足が初めてぴたりと止まった。
「! どした? …おー!」
立ち止まる蒼矢に気付いて振り返った烈も、その光景に歓声をあげる。
その売り場には隅に置かれたレコードプレイヤーからの音楽が流れ、ブルーシートの上にその青地を埋め尽くす大量のアナログ盤がざらっと並べられていた。
年代物であろうレコードの数々は、普通のレコード店にあってもおかしくないくらいにどれも装丁状態が良く、シートがあるとはいえこのような地べたに雑多に並べるには勿体無い代物ばかりだった。
「すげぇ…! こんな数のレコード見たことねぇぞ…!?」
立ち尽くしたままの蒼矢の横でしゃがみ込むと、烈は一つ一つ無作為に手をのばし始め、ふと何かに気付いたように一枚を手に取ると蒼矢へ差し出した。
「ほらこれ、お前CDでよく聴いてなかったっけ?」
手渡されたクラシック盤を眺め、蒼矢は緩慢な動作で頷いた。呆けたような表情の中でほんのりと頬を染める彼を見、烈は柔らかく笑った。
「…俺もそれだけはタイトル覚えてる。お前それ聴きながら受験勉強頑張ってたもんな」
「……」
「――よぅ。お前らこんなのに興味あんのか?」
すると、ふいに奥からぬぅっと人が現れ、レコードプレイヤーの隣に並べられた折りたたみ椅子に腰かけた。
売り主らしきその男に気付き、視線をあげた蒼矢は一瞬ぎょっと目を見開いた。アロハチックな花柄シャツにラウンド型のサングラスに金髪という風体の男は、アンティークな雰囲気の漂う売り場の景色にはそぐわず、このレコードエリアとはまた別の意味で会場の空気から浮いていた。
蒼矢は思わず口をつぐんでしまったが、烈は全く気にせずに男へ人懐っこく話しかけていく。
「あんちゃん、ここの売り場の人?」
「おう、売り始めてから人っこひとり止まってくれねぇから寝落ちしそうになってたわ。やっと見てくれる渋好みが現れたと思ったら、ガキんちょだったもんで驚いてる。こんな数のアナログ盤見たことねぇだろ?」
「うん、無い。何書いてあるかもわかんねぇし」
「あー…洋曲にクラシックしかねぇからな。いやでもちったぁ読めんだろ? 授業でやってんだろ?」
「英語めちゃくちゃ苦手なんだよねー。毎度赤点ギリギリ」
「おいおい、俺かよ。お前の将来不安だわ」
「でしょ? テスト前はこいつにいっつも助けてもらってんの。英語得意なんだ」
意外と和やかに二人で会話が盛り上がる中、サングラス男は隣の蒼矢へ目を移す。
「あぁ…確かにそっちの方が出来良さげだな。どう? 洋楽もこいつより話できそうに見えるけど」
「! あ、あの…」
烈が見上げる中話を振られた蒼矢は、二人からの視線を浴びて少し動揺し、手に持っていたクラシック盤にはたと気づいてあわてて売り場に戻しかける。
「すみません、勝手に…、あ」
しかし男は手を伸ばしてそれを受け取ると、ケースを傾けてレコードを滑り出させた。
「かけてやるよ、聴きたいんだろ?」
男は蒼矢へ向けてニッと口角を上げ、慣れた手つきでレコードを傍らのプレイヤーに乗せる。針が溝に合わさり、ゆっくり回転し始めると、二人の聴き馴染みのあるピアノ曲が流れだす。
「…あぁ、これ! んー、なんかちょっと懐かしさが増すなぁ」
「どうだよ、CDの音源と全然雰囲気違うだろ? LPならではの聞き応えってか、味が出るんだよ」
「…はい、聴いてて心地が良いです」
それぞれに嬉しそうな表情を浮かべる二人を満足気に見やっていた男は、にわかに烈の肩を掴んで自分に引き寄せ、小声で囁きかけた。
「…おい、お前気ぃ利かせろよ」
「? どういうこと?」
「だからぁ、レコードの一枚くらい買ってやれっての。…ついでに売り上げにも貢献しろ!」
「えぇ、何で俺が?」
「あ? あっち彼女なんだろ? ただの女友達にしては凸凹過ぎる」
「…! あぁ違うよ、あいつは…」
と、烈が言いかけた瞬間、地震とは違った感覚の地鳴りが伝わり、大きな構造物が崩れるような轟音に次いで、ショッピングモール建物中央辺りから土煙が数メートルにも膨れ上がった。
フリマ会場に溢れていた人々の動きが一瞬止まり、一斉に音のした方角へと振り返る。周囲がざわつきだす中、二人とサングラス男も売り場から顔を出す。
「? なにごとだ…っぷ」
烈は反射的に土煙があがった方へ走りだそうとするが、サングラス男の腕に止められた。
「やめとけ、ありゃなんかの事故か…下手したらテロかもしれねぇぞ」
「…テ…!?」
その言葉に、羽交い絞めにされる烈と棒立ちになっていた蒼矢が、揃って彼を見上げた。
急に固まってしまった二人の表情を見、男は緊張を和らげようとしたか、にやっと笑ってみせた。
「…まぁ、早いとこ逃げとこうぜ。安全な場所まで送ってやるからさ」
「で、でも…売り場は!?」
「あー、これはいいや放っておいて。どうせ俺のじゃねぇし」
「ん、えぇ!? いやそれにしたって――」
そう男の言い草に思わず突っ込む烈の隣で、蒼矢が鳩尾辺りを押さえながら座り込む。
「? どした、蒼矢…!?」
腕から逃れ、烈はその肩に手をかけるが、蒼矢は顔を地面へうつむかせたまま動かない。
胃にこみ上げてくるような不快感と、景色が大きく揺れるような眩暈。
…この感じ…、もしかして……
「……!」
霞む視界に、淡く発光する自分の胸元が映る。
徐々に増す悪寒を覚える中、ペンダントを隠すように、シャツ越しに手をかけた。
「おい、蒼矢…!?」
「っ…大丈夫…、ちょっと…立ちくらみが…」
案じるように声をかけてくる烈へ、途切れとぎれに返答するが、簡単には立ちあがれそうにない。
…どうしよう、このままじゃ烈が危険だ…、先生と影斗先輩に…連絡…、しなきゃ……
「――おい」
と、しゃがむ二人を囲うように、サングラス男が後ろから声をかけてきた。
男は先ほど見せた余裕のある表情からがらりと変わり、振り返った烈を真顔で見据えていた。
「お前は動けそうだな?」
「! あぁ、うん…」
「駐車場の手前にこのフリマの管理本部がある。そこ行きゃ簡単な救護所が置かれてたはずだ。この状況で、今機能してるかわからねぇが…お前、先行って話通して来い」
「えぇ…!?」
やにわに投げられた男からの指示に、烈は戸惑うように眉根を寄せた。
「っでも…俺、蒼矢を置いては…」
「心配すんな、悪いようにはしねぇよ。本部行って誰もいなかったらさっさと家に帰れ。あとでこいつから必ずお前に連絡させるようにするから」
「…、わかった」
「走ってけ。くれぐれも戻ってくんなよ」
「了解! …そいつのこと頼むな!!」
「おう、任せとけ」
男に説得された烈は意を決し、手を振りながら混乱し始める人波をするすると抜け、あっという間に消えていく。
「…ったく、前見て走れっての」
烈を見送ると、サングラス男はため息を一つつき、蒼矢のすぐ隣に腰を落とす。
「急に具合悪くなったみたいだな?」
青ざめたまま、蒼矢はゆっくりと男へ顔を向ける。サングラスを少しずらした男は鋭く射貫くような視線を投げて腕を伸ばすと、胸元を掴む蒼矢の手を上から覆った。
「――こいつの仕業か?」
「……!!」
突然の男の言に、うつろ気だった蒼矢の両眼が瞬時に見開かれる。咄嗟に逃れようとしたが、もう片方の腕で身体を押さえられた。
瞬きもできずに凝視してくる蒼矢を見、男は目元を少し緩めた。
「悪ぃ悪ぃ…まぁそう警戒すんなって、だいたい把握したから。ちょっと俺の中で倍驚いちまっただけだ」
そう言われてもいまだ動揺したままの彼へ向けて、男はおもむろに自分の胸元を探る。アロハシャツの襟から指に絡まりながら出てきた銀色の鎖の先には、黄色に光り輝く鉱石がぶら下がっていた。
見開かれた蒼矢の視線が彼の鉱石へ移り、またすぐに男へと戻っていく。男はサングラスを外し、にやりと笑いかけた。
「…これでもう安心だろ? ――俺はお前の仲間だ」
男のハーフパンツから携帯が鳴る。画面を見て軽く舌打ちすると、蒼矢を支えながら応答した。
「おう、場所はK町のショッピングモールだ。…うるせぇ、葉月は? …まじかよ。…わーった」
手短に話を終え、男は蒼矢を再びのぞき込んだ。
「動けるか?」
「はい…なんとか」
「よし。ひとまず人の通らねぇ場所行って、待機だ。すぐもう一人合流する」
蒼矢は頷き返し、二人で場所を移動していく。ほぼ抱えられるように歩く中、蒼矢はサングラスを外した男の顔をじっと見上げていた。
…この人の顔って……
小規模ではあるものの10時開店の週末の敷地内はすでに人で溢れかえり、丸くひらけた中広場のフリーマーケット会場にも売り主らの色とりどりのパラソルやレジャーシートが敷き詰められ、道行く人が次々に広場へ吸い込まれていっていた。
蒼矢でも口を半開いたままに、少し高揚した面持ちになっていたが、烈のテンションの上がり様はひとしおで、目を輝かせながら広場を食い入るように見つめていた。
「…すげー! めっちゃ色んな物ある!! どうする、どっから見る!?」
「待てって。端から順にいって、良さそうなのがあったら止まって見てみればいいだろ」
蒼矢は、興奮を抑えきれずに広場内へ走っていきそうになる烈のリュックを掴んで落ち着かせると、二人揃ってフリマ会場へと足を踏み入れていく。
「あっこれ、前中古屋で見てから欲しかったやつ…! すごい、あん時よりだいぶ安いぞ! …あぁっ、これも前から狙ってたやつだ…、ああぁっ、これも…!!」
「そんなに手に取って、予算大丈夫なのか? まだ見始めたばかりだけど」
「心配すんな、あとでちゃんと厳選するぞ! 母ちゃんからひとつ千円以内・計3つまでとお達しが出てるんだ!!」
「…おばさん、賢明だな」
二人はしばらくの間、蒼矢が烈のウィンドウショッピングに付き合う形で行動する。元々烈の要求に応える体で来ていたため、興味惹かれるものはあったものの、蒼矢はそれほど注視せず流し見して歩いていた。
が、とある売り場スペースに差しかかると、蒼矢の足が初めてぴたりと止まった。
「! どした? …おー!」
立ち止まる蒼矢に気付いて振り返った烈も、その光景に歓声をあげる。
その売り場には隅に置かれたレコードプレイヤーからの音楽が流れ、ブルーシートの上にその青地を埋め尽くす大量のアナログ盤がざらっと並べられていた。
年代物であろうレコードの数々は、普通のレコード店にあってもおかしくないくらいにどれも装丁状態が良く、シートがあるとはいえこのような地べたに雑多に並べるには勿体無い代物ばかりだった。
「すげぇ…! こんな数のレコード見たことねぇぞ…!?」
立ち尽くしたままの蒼矢の横でしゃがみ込むと、烈は一つ一つ無作為に手をのばし始め、ふと何かに気付いたように一枚を手に取ると蒼矢へ差し出した。
「ほらこれ、お前CDでよく聴いてなかったっけ?」
手渡されたクラシック盤を眺め、蒼矢は緩慢な動作で頷いた。呆けたような表情の中でほんのりと頬を染める彼を見、烈は柔らかく笑った。
「…俺もそれだけはタイトル覚えてる。お前それ聴きながら受験勉強頑張ってたもんな」
「……」
「――よぅ。お前らこんなのに興味あんのか?」
すると、ふいに奥からぬぅっと人が現れ、レコードプレイヤーの隣に並べられた折りたたみ椅子に腰かけた。
売り主らしきその男に気付き、視線をあげた蒼矢は一瞬ぎょっと目を見開いた。アロハチックな花柄シャツにラウンド型のサングラスに金髪という風体の男は、アンティークな雰囲気の漂う売り場の景色にはそぐわず、このレコードエリアとはまた別の意味で会場の空気から浮いていた。
蒼矢は思わず口をつぐんでしまったが、烈は全く気にせずに男へ人懐っこく話しかけていく。
「あんちゃん、ここの売り場の人?」
「おう、売り始めてから人っこひとり止まってくれねぇから寝落ちしそうになってたわ。やっと見てくれる渋好みが現れたと思ったら、ガキんちょだったもんで驚いてる。こんな数のアナログ盤見たことねぇだろ?」
「うん、無い。何書いてあるかもわかんねぇし」
「あー…洋曲にクラシックしかねぇからな。いやでもちったぁ読めんだろ? 授業でやってんだろ?」
「英語めちゃくちゃ苦手なんだよねー。毎度赤点ギリギリ」
「おいおい、俺かよ。お前の将来不安だわ」
「でしょ? テスト前はこいつにいっつも助けてもらってんの。英語得意なんだ」
意外と和やかに二人で会話が盛り上がる中、サングラス男は隣の蒼矢へ目を移す。
「あぁ…確かにそっちの方が出来良さげだな。どう? 洋楽もこいつより話できそうに見えるけど」
「! あ、あの…」
烈が見上げる中話を振られた蒼矢は、二人からの視線を浴びて少し動揺し、手に持っていたクラシック盤にはたと気づいてあわてて売り場に戻しかける。
「すみません、勝手に…、あ」
しかし男は手を伸ばしてそれを受け取ると、ケースを傾けてレコードを滑り出させた。
「かけてやるよ、聴きたいんだろ?」
男は蒼矢へ向けてニッと口角を上げ、慣れた手つきでレコードを傍らのプレイヤーに乗せる。針が溝に合わさり、ゆっくり回転し始めると、二人の聴き馴染みのあるピアノ曲が流れだす。
「…あぁ、これ! んー、なんかちょっと懐かしさが増すなぁ」
「どうだよ、CDの音源と全然雰囲気違うだろ? LPならではの聞き応えってか、味が出るんだよ」
「…はい、聴いてて心地が良いです」
それぞれに嬉しそうな表情を浮かべる二人を満足気に見やっていた男は、にわかに烈の肩を掴んで自分に引き寄せ、小声で囁きかけた。
「…おい、お前気ぃ利かせろよ」
「? どういうこと?」
「だからぁ、レコードの一枚くらい買ってやれっての。…ついでに売り上げにも貢献しろ!」
「えぇ、何で俺が?」
「あ? あっち彼女なんだろ? ただの女友達にしては凸凹過ぎる」
「…! あぁ違うよ、あいつは…」
と、烈が言いかけた瞬間、地震とは違った感覚の地鳴りが伝わり、大きな構造物が崩れるような轟音に次いで、ショッピングモール建物中央辺りから土煙が数メートルにも膨れ上がった。
フリマ会場に溢れていた人々の動きが一瞬止まり、一斉に音のした方角へと振り返る。周囲がざわつきだす中、二人とサングラス男も売り場から顔を出す。
「? なにごとだ…っぷ」
烈は反射的に土煙があがった方へ走りだそうとするが、サングラス男の腕に止められた。
「やめとけ、ありゃなんかの事故か…下手したらテロかもしれねぇぞ」
「…テ…!?」
その言葉に、羽交い絞めにされる烈と棒立ちになっていた蒼矢が、揃って彼を見上げた。
急に固まってしまった二人の表情を見、男は緊張を和らげようとしたか、にやっと笑ってみせた。
「…まぁ、早いとこ逃げとこうぜ。安全な場所まで送ってやるからさ」
「で、でも…売り場は!?」
「あー、これはいいや放っておいて。どうせ俺のじゃねぇし」
「ん、えぇ!? いやそれにしたって――」
そう男の言い草に思わず突っ込む烈の隣で、蒼矢が鳩尾辺りを押さえながら座り込む。
「? どした、蒼矢…!?」
腕から逃れ、烈はその肩に手をかけるが、蒼矢は顔を地面へうつむかせたまま動かない。
胃にこみ上げてくるような不快感と、景色が大きく揺れるような眩暈。
…この感じ…、もしかして……
「……!」
霞む視界に、淡く発光する自分の胸元が映る。
徐々に増す悪寒を覚える中、ペンダントを隠すように、シャツ越しに手をかけた。
「おい、蒼矢…!?」
「っ…大丈夫…、ちょっと…立ちくらみが…」
案じるように声をかけてくる烈へ、途切れとぎれに返答するが、簡単には立ちあがれそうにない。
…どうしよう、このままじゃ烈が危険だ…、先生と影斗先輩に…連絡…、しなきゃ……
「――おい」
と、しゃがむ二人を囲うように、サングラス男が後ろから声をかけてきた。
男は先ほど見せた余裕のある表情からがらりと変わり、振り返った烈を真顔で見据えていた。
「お前は動けそうだな?」
「! あぁ、うん…」
「駐車場の手前にこのフリマの管理本部がある。そこ行きゃ簡単な救護所が置かれてたはずだ。この状況で、今機能してるかわからねぇが…お前、先行って話通して来い」
「えぇ…!?」
やにわに投げられた男からの指示に、烈は戸惑うように眉根を寄せた。
「っでも…俺、蒼矢を置いては…」
「心配すんな、悪いようにはしねぇよ。本部行って誰もいなかったらさっさと家に帰れ。あとでこいつから必ずお前に連絡させるようにするから」
「…、わかった」
「走ってけ。くれぐれも戻ってくんなよ」
「了解! …そいつのこと頼むな!!」
「おう、任せとけ」
男に説得された烈は意を決し、手を振りながら混乱し始める人波をするすると抜け、あっという間に消えていく。
「…ったく、前見て走れっての」
烈を見送ると、サングラス男はため息を一つつき、蒼矢のすぐ隣に腰を落とす。
「急に具合悪くなったみたいだな?」
青ざめたまま、蒼矢はゆっくりと男へ顔を向ける。サングラスを少しずらした男は鋭く射貫くような視線を投げて腕を伸ばすと、胸元を掴む蒼矢の手を上から覆った。
「――こいつの仕業か?」
「……!!」
突然の男の言に、うつろ気だった蒼矢の両眼が瞬時に見開かれる。咄嗟に逃れようとしたが、もう片方の腕で身体を押さえられた。
瞬きもできずに凝視してくる蒼矢を見、男は目元を少し緩めた。
「悪ぃ悪ぃ…まぁそう警戒すんなって、だいたい把握したから。ちょっと俺の中で倍驚いちまっただけだ」
そう言われてもいまだ動揺したままの彼へ向けて、男はおもむろに自分の胸元を探る。アロハシャツの襟から指に絡まりながら出てきた銀色の鎖の先には、黄色に光り輝く鉱石がぶら下がっていた。
見開かれた蒼矢の視線が彼の鉱石へ移り、またすぐに男へと戻っていく。男はサングラスを外し、にやりと笑いかけた。
「…これでもう安心だろ? ――俺はお前の仲間だ」
男のハーフパンツから携帯が鳴る。画面を見て軽く舌打ちすると、蒼矢を支えながら応答した。
「おう、場所はK町のショッピングモールだ。…うるせぇ、葉月は? …まじかよ。…わーった」
手短に話を終え、男は蒼矢を再びのぞき込んだ。
「動けるか?」
「はい…なんとか」
「よし。ひとまず人の通らねぇ場所行って、待機だ。すぐもう一人合流する」
蒼矢は頷き返し、二人で場所を移動していく。ほぼ抱えられるように歩く中、蒼矢はサングラスを外した男の顔をじっと見上げていた。
…この人の顔って……
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
拾った駄犬が最高にスパダリ狼だった件
竜也りく
BL
旧題:拾った駄犬が最高にスパダリだった件
あまりにも心地いい春の日。
ちょっと足をのばして湖まで採取に出かけた薬師のラスクは、そこで深手を負った真っ黒ワンコを見つけてしまう。
治療しようと近づいたらめちゃくちゃ威嚇されたのに、ピンチの時にはしっかり助けてくれた真っ黒ワンコは、なぜか家までついてきて…。
受けの前ではついついワンコになってしまう狼獣人と、お人好しな薬師のお話です。
★不定期:1000字程度の更新。
★他サイトにも掲載しています。
かつみさんは、ねこがすき
にっきょ
BL
「産毒症」あるいは「トキシック」。
人間が体内で毒を生産するようになる病気だ。
産毒症患者の作る毒は他人だけでなくそれを作り出す本人の体も蝕んでいき、やがて当人すらも毒で死亡する。
産毒症である克己は、他人に直接触れることができない。
だが、ある日どうしても人恋しくなりデリヘルで「コウ」というボーイを呼んでしまう。
克己の病気への無知故に気さくに接してくれるコウに恋心を抱くものの、「優しくしてくれるのは仕事だからだろう」と一線を引いた距離を保つ——つもりだったものの、ある日デート先でコウからキスをされたことでその関係が崩れ、コウを避けるようになる克己。
その命の限界が、すぐ近くにあることを隠して。
行動力が怖いデリヘルボーイ×猫好きだけど触れない寂しがりや
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
秘めやかな愛に守られて【目覚めたらそこは獣人国の男色用遊郭でした】
カミヤルイ
BL
目覚めたら、そこは獣人が住む異世界の遊郭だった──
十五歳のときに獣人世界に転移した毬也は、男色向け遊郭で下働きとして生活している。
下働き仲間で猫獣人の月華は転移した毬也を最初に見つけ、救ってくれた恩人で、獣人国では「ケダモノ」と呼ばれてつまはじき者である毬也のそばを離れず、いつも守ってくれる。
猫族だからかスキンシップは他人が呆れるほど密で独占欲も感じるが、家族の愛に飢えていた毬也は嬉しく、このまま変わらず一緒にいたいと思っていた。
だが年月が過ぎ、月華にも毬也にも男娼になる日がやってきて、二人の関係性に変化が生じ────
独占欲が強いこっそり見守り獣人×純情な異世界転移少年の初恋を貫く物語。
表紙は「事故番の夫は僕を愛さない」に続いて、天宮叶さんです。
@amamiyakyo0217
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる