ガイアセイバーズ4 -狭間に咲く蒼の華-

独楽 悠

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本編

第9話_もつれた二つの糸

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『現実世界』へ戻ってきた一行は、[異形]が現れた余韻の残る大学キャンパスを少し離れ、小さなコインパーキングへ移動した。
ひとまず落ち着いたところで、アカリ蒼矢ソウヤへ声をかける。
「そういえば、お互いまだ名乗ってなかったな。俺は咲原サキハラ 灯」
「…髙城タカシロ 蒼矢です」
「歳は?」
「15です」
「誕生月は?」
「…? 2月です」
「…まだ3か月か、早いな…。葉月ハヅキ、やっぱり彼はかなり適合性が高いみたいだな。文字通り"選ばれた"人間なのかもしれない」
灯の言葉に話が見えないといった風の表情をする蒼矢へ、葉月が補足を入れる。
「『セイバー』は、15歳以上になるとどこかのタイミングで覚醒するものらしい…最大5人で、男子だけ。で、15歳の誕生月から覚醒するまでの間が短いほど、適合性が高い…要は強い能力を発揮できるんだ」
「"強い"っていうのは、各セイバーによるけどな。特性がある。俺や影斗エイトは攻撃寄りだが、葉月は防御の方が得意だ。…今日見てもらった感じだとイメージが湧かないかもしれないな」
「…そのあたりはこれから少しずつ理解できると思う。今は聞き流してくれてもいいよ」
苦笑する灯をやはり黙ったまま見上げるしかない蒼矢へ、彼の気持ちをわかってか葉月は笑顔で続けた。
「で、覚醒したセイバーは6,7年から10年くらいで役目を終えて、新しいセイバーに代替わりする。代替わりまでの期間…つまり"空席"期間が長いとどうしても戦力が落ちるから、だいたいはあまり間を置かずに次の若い子に引き継がれていくんだけど…君の『アズライト』は、少なくとも過去7年ほどさかのぼっても先代がいなかったんだ」
「…ずっと、"空席"だった」
「今のセイバーである俺たちの中で、一番長いのは俺だ。俺が覚醒した時に『アズライト』はいなかった。その時にいた、こいつらの先代のセイバーの間でも、話は挙がらなかった。…空席期間はおよそ7年・・じゃ済まないだろう」
そう言いながら、次第に観察するような視線を送り始める灯の表情を見、戸惑った蒼矢は目をそらした。
そんな彼の様子に、葉月は灯へ注意を送りながら努めて優しく話を続けた。
「…君が覚醒して『アズライト』が埋まったことが、すごく喜ばしいことに変わりはない。ようやく5人揃ったわけだしね。ただ…長いこと空席だったから、情報がほぼ無いんだ。僕は『回想』っていう、過去世代の『エピドート』の記憶から戦闘記録を呼び出せる能力があるんだけど、それでもほとんど出て来なくて…」
「『索敵』が固有能力であることは間違いないだろう。今日見た限りではまだ攻撃性か防御性かは知れないが、覚醒初日で付随する能力の方があれだけ使えたんだから、伸び代は期待できそうだ。…これから少しずつわかっていけばいい、俺たちも含めて」
仕舞にすまなそうに肩を落とす葉月を気遣いつつ、灯は話を締めた。
話の区切りが見えたところで、後方から眺めていた影斗が蒼矢へ声をかける。
「…蒼矢、お前具合大丈夫なんか?」
「! そういえば…ごめん、長話になってしまって…」
「大丈夫です。あちらの…『転異空間』に入ってから少しずつ良くなっていって、今はもうなんともありません」
慌てて葉月が顔をあげると、蒼矢は影斗へも視線で応えながら首を横に振った。
少し笑顔を見せる蒼矢だったが、葉月は眉をひそめ、怪訝そうに彼を見やった。
「君の能力が『現実世界ここ』でも使えるらしいことは、『転異空間』へ転送する前の様子でわかった。[異界のもの]の気配を感じ取れるようだけど、多分…同時にそれにあてられて、身体が不調になっていたのかもしれない」
「……!」
「! そうなのか。それは、すごく有用だが…厄介でもあるな」
「…実は昨日、今回の[侵略者]の"[片割れ]"に、彼は接触していて…それで、より過敏に反応してしまったのかも…いや、そうであって欲しい」
「すべて推測だ。『現実世界』でセイバーの能力が使えること自体、結構眉唾物だしな…しばらく様子を見るしかないだろう」
彼らの話に一転して不安げな面持ちになる蒼矢へ、灯は手を差し出した。
「…なににしろ今後とも宜しく、蒼矢。当分不慣れだろうが、必ずバックアップする。一緒に『アズライト』を解っていこうな」
「ずるいな、灯。僕も蒼矢って呼ばせてもらうよ。セイバーは共同体みたいなものだから…不安かもしれないけど、心細く感じることはないよ。いつでも頼ってね」
「…はい。宜しくお願いします」
蒼矢は表情を幾分か強張らせながらも、彼らと握手を交わした。年長者の包まれるような大きく厚みのある手のひらに、曇りの残る心情が少しだけ安堵した。

話が終わると、一行は流れ解散になった。
灯が去り、葉月が蒼矢へ付き添うように歩み寄る中、影斗はきびすを返して逆方向へ歩いていこうとする。
「…先輩!」
蒼矢が呼びかけると、視線だけちらりと彼へ向けてから、何も言わないままに歩き去っていった。
戸惑うような表情でその背中を見つめ続ける蒼矢へ、葉月は小さく声をかける。
「蒼矢、僕らも戻ろう。君も疲れただろうし――」
「俺…、影斗先輩の気に障ることをしてしまった…というか、そうなってしまったような…」
か細くつぶやきながらうつむく蒼矢を見、はっとした葉月は少し言いよどみかけたが、ひとつ息をつくと蒼矢の顔をのぞき込んだ。
「…それは違う。確かに、今日の彼は君の知ってるいつもの様子じゃなかったかもしれない。でも、それは君のせいじゃない。…転送前から『転異空間あっち』でも、戻ってきてからも、彼は君のことだけはずっと気にかけていた」
「……」
「彼の様子がいつもと違うのは、僕の前でだから…僕のせいで、ああなってしまっていただけだよ」
「…? どういうことですか…」
その言い草に蒼矢は怪訝な視線を向けるが、見上げた葉月と目が合うことはなく、悲しそうな顔で地面を見やっていた。その表情に、蒼矢は問いかけていた言葉を飲み込んだ。
「…ごめんね、いつか話せるといいんだけど…今は、彼のためにも」
「…すみません」
「謝らなくていいよ。…行こうか」
葉月は元の穏やかな表情に戻し、蒼矢の背に手を置いて駐車場をあとにした。



次の日の昼休み、蒼矢は終鈴が鳴ると同時に教室を駆けだして温室へ向かう。
半端に開いている戸を引くと、奥のテーブルで影斗が座って待っていた。
「よー。…そんな慌てて来なくても逃げねぇよ」
息を切らして立ち尽くす蒼矢へ、影斗は至って落ち着いた様子で笑ってみせた。
「それだけ走れりゃ、体調はもう良いみたいだな」
「…はい。ご心配をおかけしました」
軽く会釈しながら蒼矢がテーブルに着くと、影斗から話を切り出した。
「『起動装置』は?」
「?」
「ペンダントだよ。昨日持ってたやつ」
「! あ、はい…ここに」
蒼矢は制服のポケットから、アズライト鉱石のはまったペンダントを取り出し、影斗へ差し出した。
「…あぶなっかしいなぁ」
影斗はそれを手に取ると、彼の首にかけ、襟元を少し引っ張ってワイシャツの中に落としてやった。
「でも先輩、アクセサリーは…」
「お前なら見えやしねぇよ。着替えん時だけ注意しな」
「…はい」
「そいつは『セイバーあれ』になる『起動装置』だ。鉱石が光ってる時に握ると変身できる」
「そういう仕組みなんですね…」
「逆を言えば、それが無けりゃただの人だ。…まぁ、常にそうやってぶら下げといた方が…いいかもな」
「わかりました…、! 先輩、あの…」
「ん?」
「あと…、昨日からここ・・に痣みたいな模様が出来て…消えなくて」
そう言いながら、左胸あたりを押さえる仕草を見、影斗は軽く頷いた。
「そりゃ『刻印』だ。覚醒してから役目終わるまで消えねぇよ。俺も腰んとこにある」
「…そう、ですか…」
特に驚きもしない彼の表情に、大方そんな反応が返ってくると予想がついていたのか、蒼矢は肩を落としながら小さくつぶやいた。
「体の正面は結構面倒だな。心配ならランシャツとか着るようにした方がいいかもな」
「はい…そうします」
憂いを込めながらも、こちらの言うことにひとつひとつ素直に頷く蒼矢の仕草を確認すると、影斗はため息をつきながら頬杖をついた。
「――まさか、お前が仲間・・になるとはなぁ…」
「…すみません」
「いや、謝って欲しいわけじゃなくってさぁ…、むしろ俺が悪かったな…昨日は」
その言い草を受けてじっと見返す蒼矢の視線に、きまりが悪くなったのか影斗はテーブルへとそらす。
「ちょっと…あってさ、葉月と。…悪ぃ、お前の耳に入れても気分いいもんじゃねぇから、勘弁してくれ」
「いえ、先生にも話せないと言われましたので、聞くつもりはないんです。ただ…」
影斗が顔をあげて目線を戻すと、蒼矢は少し頬を染めながら彼を見つめていた。
「…俺にとっては、影斗先輩も、先生も…大切な人なので」
「……」
眼鏡の奥から注がれるその真摯な瞳に、何も返せないまま影斗は再び目を落とし、黙って頷いた。
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