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本編
第4話_変調
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それから、どれくらい時間が経ったかわからない。
階下からインターホン音が聞こえてくる。
いまだトイレに篭っていた蒼矢は聞き流そうとしたが、間をあけて二度目が鳴り、緩慢な動作で腰を浮かす。
か細い声でモニター越しに応答すると、表情を硬くした葉月が立っていた。
「楠瀬です。…荷物を」
しばらくして開かれたドアの向こうに見えた、憔悴しきった面持ちの蒼矢を目にした葉月は一瞬眉をひそめたが、すぐ平静に戻して蒼矢の通学バッグと靴の入った手提げ袋を上げてみせる。
「…ここ、置いておくね」
突っ立ったまま動けない彼を気遣うように声をかけ、荷物を玄関脇に置いた。
「…怪我は?」
葉月の問いかけにふるふると首を横に動かすと、蒼矢はふと気付いたように目を見開きながら顔を上げた。
「っ先生! お…僕、まだ通報とか…何も出来てなくて…っ…」
「あぁ、大丈夫だよ。僕から全部やっておいたから。君が気に病むことは何もないよ」
「! …っあの……」
「…心配しないで。あれは敷地内への不法侵入、ということにしておいた。…君のことは誰にも話してない」
「……はい」
青ざめた顔で着衣を乱し、明らかに"悲惨なことがあった"であろう彼が、それでもなお素を出すまいと取り繕い現状を省みて問いかけてくる。その痛ましいほどの健気さに、葉月は胸が詰まった。
今すぐにでもその肩を抱き寄せてやりたかったが、かえって刺激してしまうかもしれないとためらい、動かしかけた手を堅く握った。
触れないでおこうと思っていたが、思い切って口を開く。
「…申し訳ない。僕がいながら…君がこうなってしまったのは、僕の責任だ。謝って済むことじゃないことはわかってる。でも…、…本当に申し訳ない」
頭を下げながら低い声で呟かれる彼の懺悔に、蒼矢は黙ったまま首を横に振る。
葉月は、ひと気の感じられない薄暗い玄関奥へ視線を注ぐ。
「…一人なの? ご両親は仕事に?」
「…はい…。今日は帰ってきません」
「そう…なんだ」
うつむく蒼矢の顔を覗けるまで身体をかがめると、葉月はゆっくりと語りかけた。
「…一人で大丈夫かな?」
努めて気遣い、柔らかく笑みを浮かべながら視線を合わせていると、見つめ返していた蒼矢の大きな目から涙が零れた。
「…!」
「…あっ…」
目を見開く彼に見守られる中、蒼矢は自分でも思わぬ落涙に動揺してしまったのか、顔を紅くしながらうつむく。
その反応を見、葉月は決意した。
「髙城君、今日…僕の家に泊まらないか? …今の君をここに一人きりで残していきたくないんだ」
驚いた風に視線を返してくる蒼矢に、葉月は真っ直ぐな面差しで言葉を続けた。
「戻る形になってしまうから、無理にとは言わない。でも…安全は保障する。僕がずっとついてる」
「……」
少しの間、蒼矢はその真剣な表情を見ていたが…やがて再び涙を床に落としながら、こくりと頷いた。
「…泊めて…下さい」
「…うん」
安心したように大きく頷き返し、彼の濡れた頬をぬぐってやると、葉月は姿勢を戻す。
「明日の分の着替えだけ取ってこれるかな?」
「はい…、…っ!」
きびすを返そうとした蒼矢は足元に違和感を感じたのか、顔を歪めながら立ち止まる。
「どうしたの?」
「…足の裏が…」
玄関に座らせて確かめると、汚れたままの足の裏にやや深い切り傷ができてしまっていた。
「とりあえず洗って…治療は僕の家でしよう」
バスルームで砂汚れを流し、ついでにリビングにあったブランケットを拝借して身体をぐるりと包むと、葉月は蒼矢を抱き上げる。
そして彼に施錠してもらい、髙城家の脇に付けていた車の後部座席に座らせると、一路楠瀬家へと走らせた。
葉月宅へ着くと、ひとまず蒼矢を風呂に入れて足の治療をしてから、二人で少し遅い夕食をとった。
蒼矢は葉月お手製の食事を笑顔を浮かべながら食べていたもののあまり進まず、口数は少ないままで、顔色もすぐれない。
そんな彼の様子を、葉月は注意深くうかがう。熱は無いようだったが、目に見えて身体のどこかに不調をきたしていた。
「具合良くないね…どこがどういう感じかな」
「…気持ち悪いです」
「…今日は早めに寝ようか」
力無さげに頷く蒼矢を、二階の寝室へ案内する。
「僕の寝室を使おう。内鍵がかかるから、好きに使っていいからね」
「! いえ…大丈夫です」
そうして彼を床につかせると、葉月はゆっくりと階下へ降りていく。その表情は階段を一段一段下がる度に険しくなっていき、降りきったところで足を止めると、思案するように口元に手を当てた。
「……」
気分が悪い…か。疲れからか、心から来るものだったら、まだ対処しようはあるけど…
そう考える一方で、最悪な事態も想定し始めていた。
…いや、おそらく奴はそんなに巧妙じゃない。力が尽きかけて衝動的に襲ってたように見えた…弄んでる場合じゃなかっただろう。
しかし、更衣室で凌辱以外の"何か"があったと仮定しなければ、その後の彼のあの様子はやはりおかしい。
「今晩は、逐一見守らないと…」
葉月は蒼矢のいる二階を見上げ、居間へと再び歩きだした。
階下からインターホン音が聞こえてくる。
いまだトイレに篭っていた蒼矢は聞き流そうとしたが、間をあけて二度目が鳴り、緩慢な動作で腰を浮かす。
か細い声でモニター越しに応答すると、表情を硬くした葉月が立っていた。
「楠瀬です。…荷物を」
しばらくして開かれたドアの向こうに見えた、憔悴しきった面持ちの蒼矢を目にした葉月は一瞬眉をひそめたが、すぐ平静に戻して蒼矢の通学バッグと靴の入った手提げ袋を上げてみせる。
「…ここ、置いておくね」
突っ立ったまま動けない彼を気遣うように声をかけ、荷物を玄関脇に置いた。
「…怪我は?」
葉月の問いかけにふるふると首を横に動かすと、蒼矢はふと気付いたように目を見開きながら顔を上げた。
「っ先生! お…僕、まだ通報とか…何も出来てなくて…っ…」
「あぁ、大丈夫だよ。僕から全部やっておいたから。君が気に病むことは何もないよ」
「! …っあの……」
「…心配しないで。あれは敷地内への不法侵入、ということにしておいた。…君のことは誰にも話してない」
「……はい」
青ざめた顔で着衣を乱し、明らかに"悲惨なことがあった"であろう彼が、それでもなお素を出すまいと取り繕い現状を省みて問いかけてくる。その痛ましいほどの健気さに、葉月は胸が詰まった。
今すぐにでもその肩を抱き寄せてやりたかったが、かえって刺激してしまうかもしれないとためらい、動かしかけた手を堅く握った。
触れないでおこうと思っていたが、思い切って口を開く。
「…申し訳ない。僕がいながら…君がこうなってしまったのは、僕の責任だ。謝って済むことじゃないことはわかってる。でも…、…本当に申し訳ない」
頭を下げながら低い声で呟かれる彼の懺悔に、蒼矢は黙ったまま首を横に振る。
葉月は、ひと気の感じられない薄暗い玄関奥へ視線を注ぐ。
「…一人なの? ご両親は仕事に?」
「…はい…。今日は帰ってきません」
「そう…なんだ」
うつむく蒼矢の顔を覗けるまで身体をかがめると、葉月はゆっくりと語りかけた。
「…一人で大丈夫かな?」
努めて気遣い、柔らかく笑みを浮かべながら視線を合わせていると、見つめ返していた蒼矢の大きな目から涙が零れた。
「…!」
「…あっ…」
目を見開く彼に見守られる中、蒼矢は自分でも思わぬ落涙に動揺してしまったのか、顔を紅くしながらうつむく。
その反応を見、葉月は決意した。
「髙城君、今日…僕の家に泊まらないか? …今の君をここに一人きりで残していきたくないんだ」
驚いた風に視線を返してくる蒼矢に、葉月は真っ直ぐな面差しで言葉を続けた。
「戻る形になってしまうから、無理にとは言わない。でも…安全は保障する。僕がずっとついてる」
「……」
少しの間、蒼矢はその真剣な表情を見ていたが…やがて再び涙を床に落としながら、こくりと頷いた。
「…泊めて…下さい」
「…うん」
安心したように大きく頷き返し、彼の濡れた頬をぬぐってやると、葉月は姿勢を戻す。
「明日の分の着替えだけ取ってこれるかな?」
「はい…、…っ!」
きびすを返そうとした蒼矢は足元に違和感を感じたのか、顔を歪めながら立ち止まる。
「どうしたの?」
「…足の裏が…」
玄関に座らせて確かめると、汚れたままの足の裏にやや深い切り傷ができてしまっていた。
「とりあえず洗って…治療は僕の家でしよう」
バスルームで砂汚れを流し、ついでにリビングにあったブランケットを拝借して身体をぐるりと包むと、葉月は蒼矢を抱き上げる。
そして彼に施錠してもらい、髙城家の脇に付けていた車の後部座席に座らせると、一路楠瀬家へと走らせた。
葉月宅へ着くと、ひとまず蒼矢を風呂に入れて足の治療をしてから、二人で少し遅い夕食をとった。
蒼矢は葉月お手製の食事を笑顔を浮かべながら食べていたもののあまり進まず、口数は少ないままで、顔色もすぐれない。
そんな彼の様子を、葉月は注意深くうかがう。熱は無いようだったが、目に見えて身体のどこかに不調をきたしていた。
「具合良くないね…どこがどういう感じかな」
「…気持ち悪いです」
「…今日は早めに寝ようか」
力無さげに頷く蒼矢を、二階の寝室へ案内する。
「僕の寝室を使おう。内鍵がかかるから、好きに使っていいからね」
「! いえ…大丈夫です」
そうして彼を床につかせると、葉月はゆっくりと階下へ降りていく。その表情は階段を一段一段下がる度に険しくなっていき、降りきったところで足を止めると、思案するように口元に手を当てた。
「……」
気分が悪い…か。疲れからか、心から来るものだったら、まだ対処しようはあるけど…
そう考える一方で、最悪な事態も想定し始めていた。
…いや、おそらく奴はそんなに巧妙じゃない。力が尽きかけて衝動的に襲ってたように見えた…弄んでる場合じゃなかっただろう。
しかし、更衣室で凌辱以外の"何か"があったと仮定しなければ、その後の彼のあの様子はやはりおかしい。
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葉月は蒼矢のいる二階を見上げ、居間へと再び歩きだした。
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