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本編
第4話_静寂のためらい
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その日の大学からの帰り、蒼矢は帰路から少し逸れ、住宅街にある小さな神社へと向かっていた。
質素で年季の入った鳥居をくぐり、清掃の行き届いた参道を少し行き、境内の一角に構えられた住居の呼び鈴を鳴らす。
「おや、蒼矢」
「こんにちは、突然すみません」
「いいよいいよ、あがって」
玄関に出てきた葉月は、いつものようににこやかに蒼矢を招き入れてくれた。
この神社の宮司である葉月は、それだけが理由でもなく常に和装で、どこか浮世離れしたような、独特な空気感をまとっている。家と大学を行き来するだけの生活を日々淡々と送っている蒼矢にとっては、心の拠りどころのようになっていて、自宅から近いこともあり、こうしてたまに葉月を訪ねている。
「最近ぐっと冷えてきたね。体調は大丈夫?」
「はい」
「そういえば週末、影斗が来るって言ってたよ。もう聞かされてると思うけど」
「はい」
「部屋に換気扇付けるように頼まれちゃってさ、今度リフォームするんだよ。いつも表行って吸ってくれてるけど、冬はやっぱり寒いんだろうね」
背中に流れる長髪を揺らしながら廊下を歩き、のほほんと話しかける葉月だったが、いつもより更に口数が少なくなっている蒼矢の様子には既に気を留めていた。
歩みを止め、蒼矢の方へ振り返る。
「…今日は大学早かったんだね。何かあった?」
「…」
答えられなくなった蒼矢の背中に手を添え、葉月は居間へ通した。
「お茶用意してくるから、座ってて」
落ち着いた雰囲気の和室に座り、葉月が見えなくなると、蒼矢は手元に視線を落とす。
今日大学で…図書館であったことが、思い起こされてくる。
…『趣味嗜好に合う』。
記憶をあまり辿りたくはないが、今までの生い立ちの中で、同性に好意を向けられることは少なくなかった。
あまつさえ女性に間違えられることも多々あったが、その方がまだ気分的にましだ。同性であることがわかった上で性的な興味を注がれることの方が、数倍苦痛だった。成長すればそういう視線が減るかと思ったが、自身の意図とは真逆に、歳を重ねる度に色香を増してくる身体がそれを許さず、同性の同級生や先輩から必要以上にボディタッチを受けたり、誘うような言葉をかけられたりすることが幾度もあった。
そういう類には嫌悪感しか抱かない蒼矢は、自分の容姿にもコンプレックスを感じていて、視力が低下してからは、およそ秀麗な顔立ちに似合わない黒縁眼鏡をかけ続けている。
そんな、疑わしい前例を数多経験してきた蒼矢であったが、蔓田の言動を思い返してなお、肯定できずにいた。
…会って一緒にいた間だけで換算すればまだ数時間だし、単純な興味なだけかもしれない。
…誰か憧れの人物がいて、その人に投影しているだけかもしれない。
基本自分自身に否定的になりがちな蒼矢だったが、今回はそう考える方が正しいと感じ始めていた。
…きっとそうだ…多分、勘違いだ。
「おまたせ」
葉月がお茶セットを手に戻ってくる。
「ありがとうございます」
「熱いからね」
ゆったりとした動作でお茶を差し出し、葉月は蒼矢の斜め前に座る。口元に笑みを浮かべつつ視線は蒼矢へ注いでいたが、何も話さないでいるとやがて手元の本に移り、静かに読み始める。
葉月は自分から聞き出すことはめったにしない。多くはただ黙って、こちらが話し始めるのを待っている。蒼矢もそんな彼だから気が許せるし、何かがあるとこうして相談しに来るようにしている。
でも…今日は言い出すことが出来なかった。なんとなく、恥ずかしさの方が前に出てしまっていた。
しばらく沈黙が続くと、葉月が口を開く。
「…手遅れにならないのなら、もう一度考えてから来るといいよ」
「…!」
蒼矢が顔をあげると、葉月も本から顔をあげ、にっこりと笑う。
その包み込まれるような笑顔に、蒼矢の思考が揺れた。
「っあの…葉月さん」
蒼矢が口を開きかけた時、双方の胸元が淡く光り出す。
「!」
「…こんな時に。話は後にしよう」
二人はほぼ同時に立ち上がり、急ぎ表へと向かった。
玄関を出ると、ひとまず鳥居の前まで走り出る。
「蒼矢、場所はわかる?」
「…多分T運動場です」
「近くて良かった。車を出すからちょっと待ってて」
家の裏に行きかける葉月のスマホに、タイミングよく着信が入る。
「烈からだ」
「俺、先に拾ってきます」
蒼矢は駆け出し、急ぎ烈のいる酒屋へ向かう。店構えを視界に捉えると、ヘルメットを片手に入り口から飛び出してくる烈の姿が見えた。
「じゃ、かーちゃん店宜しく!!」
「烈!」
「! おうっ!」
烈は慣れた手つきで店脇の駐輪スペースからバイクを引きずり出し、後ろ向きに停める。
そして葉月から何か指示を受けたのか、走り来る蒼矢にヘルメットを投げて寄越した。
「葉月さん直行するって。乗れ!」
蒼矢はヘルメットをかぶり、後席にまたがった。烈のバイクが勢いよく走り出す。
質素で年季の入った鳥居をくぐり、清掃の行き届いた参道を少し行き、境内の一角に構えられた住居の呼び鈴を鳴らす。
「おや、蒼矢」
「こんにちは、突然すみません」
「いいよいいよ、あがって」
玄関に出てきた葉月は、いつものようににこやかに蒼矢を招き入れてくれた。
この神社の宮司である葉月は、それだけが理由でもなく常に和装で、どこか浮世離れしたような、独特な空気感をまとっている。家と大学を行き来するだけの生活を日々淡々と送っている蒼矢にとっては、心の拠りどころのようになっていて、自宅から近いこともあり、こうしてたまに葉月を訪ねている。
「最近ぐっと冷えてきたね。体調は大丈夫?」
「はい」
「そういえば週末、影斗が来るって言ってたよ。もう聞かされてると思うけど」
「はい」
「部屋に換気扇付けるように頼まれちゃってさ、今度リフォームするんだよ。いつも表行って吸ってくれてるけど、冬はやっぱり寒いんだろうね」
背中に流れる長髪を揺らしながら廊下を歩き、のほほんと話しかける葉月だったが、いつもより更に口数が少なくなっている蒼矢の様子には既に気を留めていた。
歩みを止め、蒼矢の方へ振り返る。
「…今日は大学早かったんだね。何かあった?」
「…」
答えられなくなった蒼矢の背中に手を添え、葉月は居間へ通した。
「お茶用意してくるから、座ってて」
落ち着いた雰囲気の和室に座り、葉月が見えなくなると、蒼矢は手元に視線を落とす。
今日大学で…図書館であったことが、思い起こされてくる。
…『趣味嗜好に合う』。
記憶をあまり辿りたくはないが、今までの生い立ちの中で、同性に好意を向けられることは少なくなかった。
あまつさえ女性に間違えられることも多々あったが、その方がまだ気分的にましだ。同性であることがわかった上で性的な興味を注がれることの方が、数倍苦痛だった。成長すればそういう視線が減るかと思ったが、自身の意図とは真逆に、歳を重ねる度に色香を増してくる身体がそれを許さず、同性の同級生や先輩から必要以上にボディタッチを受けたり、誘うような言葉をかけられたりすることが幾度もあった。
そういう類には嫌悪感しか抱かない蒼矢は、自分の容姿にもコンプレックスを感じていて、視力が低下してからは、およそ秀麗な顔立ちに似合わない黒縁眼鏡をかけ続けている。
そんな、疑わしい前例を数多経験してきた蒼矢であったが、蔓田の言動を思い返してなお、肯定できずにいた。
…会って一緒にいた間だけで換算すればまだ数時間だし、単純な興味なだけかもしれない。
…誰か憧れの人物がいて、その人に投影しているだけかもしれない。
基本自分自身に否定的になりがちな蒼矢だったが、今回はそう考える方が正しいと感じ始めていた。
…きっとそうだ…多分、勘違いだ。
「おまたせ」
葉月がお茶セットを手に戻ってくる。
「ありがとうございます」
「熱いからね」
ゆったりとした動作でお茶を差し出し、葉月は蒼矢の斜め前に座る。口元に笑みを浮かべつつ視線は蒼矢へ注いでいたが、何も話さないでいるとやがて手元の本に移り、静かに読み始める。
葉月は自分から聞き出すことはめったにしない。多くはただ黙って、こちらが話し始めるのを待っている。蒼矢もそんな彼だから気が許せるし、何かがあるとこうして相談しに来るようにしている。
でも…今日は言い出すことが出来なかった。なんとなく、恥ずかしさの方が前に出てしまっていた。
しばらく沈黙が続くと、葉月が口を開く。
「…手遅れにならないのなら、もう一度考えてから来るといいよ」
「…!」
蒼矢が顔をあげると、葉月も本から顔をあげ、にっこりと笑う。
その包み込まれるような笑顔に、蒼矢の思考が揺れた。
「っあの…葉月さん」
蒼矢が口を開きかけた時、双方の胸元が淡く光り出す。
「!」
「…こんな時に。話は後にしよう」
二人はほぼ同時に立ち上がり、急ぎ表へと向かった。
玄関を出ると、ひとまず鳥居の前まで走り出る。
「蒼矢、場所はわかる?」
「…多分T運動場です」
「近くて良かった。車を出すからちょっと待ってて」
家の裏に行きかける葉月のスマホに、タイミングよく着信が入る。
「烈からだ」
「俺、先に拾ってきます」
蒼矢は駆け出し、急ぎ烈のいる酒屋へ向かう。店構えを視界に捉えると、ヘルメットを片手に入り口から飛び出してくる烈の姿が見えた。
「じゃ、かーちゃん店宜しく!!」
「烈!」
「! おうっ!」
烈は慣れた手つきで店脇の駐輪スペースからバイクを引きずり出し、後ろ向きに停める。
そして葉月から何か指示を受けたのか、走り来る蒼矢にヘルメットを投げて寄越した。
「葉月さん直行するって。乗れ!」
蒼矢はヘルメットをかぶり、後席にまたがった。烈のバイクが勢いよく走り出す。
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