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本編

第7話_盲を穿つ牙-2(R18)

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★R18表現(暴力描写)あり
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友人たちと分かれた蒼矢ソウヤは、約束を取りつけた助教の待つ研究室へと歩を進めていた。
閑散とした廊下を足早に歩きながら、先ほどの彼らとの会話を思い浮かべる。

――先輩にとって、お前だけが特別なんだって――

"特別"の意味を深く考えずにいたとしても、影斗エイトには出会ってから色んな面で気遣われているし、こちらが無意識の部分でも度々支えられているんだろうとは自覚している。それは私生活だけでなく『セイバー』としての活動の中でも感じている。反面、そういったあらゆる場面で指摘を受けたり注意されたりが多いのも彼で、蒼矢にとって同年代でそういう立場にいる人物は他にいない。
葉月ハヅキは指導はしてくれるが全てが優しさで出来ているような人物なので、こちらに落ち度があってもそれごと包んで許すような気質だが、影斗は割とシビアで、こちらが理解して答えを出すまで許すことはない。でもそういうところが厳しいだけでない、彼の優しさなのだということも承知している。
ふと、この間の伊豆での旅行中に、影斗へ向けて自分が問いかけた言葉を思い出した。

――先輩は、何でそんなに俺に優しいんですか?――

我ながら見当違いな質問をしたと、今でも後悔している。案の定影斗にははぐらかされたが、厳しくも優しいというのが彼のスタンスなのに、4年も付き合って今更再確認するようなていになってしまった。
蒼矢にとっての影斗は、自分の人生において唯一と言っていい"先輩"という立場の人間なのだ。彼の方も自分を"後輩"と認めて接し、常に気にかけてサポートしてくれる。
…それ以外に、何があるっていうんだ?
そう頭の片隅で答えを出した更に極小の領域で、彼と出会って間もない時に交わした会話が、ぼんやりと輪郭だけ思い出されてきた。

――……。――

…? あれ…、あの時俺、先輩になんて言われた…?
思考と共に足を止めた蒼矢の腕が、後方から強く引かれた。
「――っ!!」
目撃者が誰もいないまま、蒼矢は研究棟の一室へ吸い込まれていった。



何の身構えもなく腕を取られ、明かりのつかない一室へ引きずり込まれた蒼矢は、足もとを何とかこらえて姿勢を整え直す。
「……!!」
瞬時に異様な空気を感じ、暗がりの中目を見開いた。
部屋一杯に充満した、むせ返るくらいの甘ったるい臭い。この世の何にも例えようのない、しかし、間違いなく嗅ぎ覚えのある・・・・・・・臭い。
反射的に胸元を確認するが、[異界のもの]に反応するはずの『起動装置』は、無言のまま彼の襟の中に収まっている。
…? どういうことだ…!?
注意が逸れた隙に両腕が後ろに取られ、きつく締めあげられた。
「っ! あくっ…!!」
痛みに顔を歪める彼の前に人間らしき影が近寄り、痩身の蒼矢より2まわりは大きく見える男が、眼前に立ちはだかる。後ろ手に取る者も同じくらいの体格らしく、こめかみの上から熱い吐息がかかる。
逃れようと蒼矢はもがくが、思うように力が入らない。そこで初めて、自分の身体が既に変調していたことに気付く。
「…っ!」
手足が痺れて動かない。
…これは、あの時『転異空間』でわずかに感じた違和感…やっぱり[異界]に関係するものだ。
なのに…なぜ鉱石が光らない…!?
少しずつ自らの置かれた状況の危うさに気付いていく中、脇腹を鈍い痛みが襲う。
「ぐぅっ…」
正面の男の蹴りをまともに喰らい、蒼矢の身体は崩れ、衝撃で眼鏡が床に落ちる。骨が歪むような痛みに息が出来ないまま無理やり立たされ、霞む視界と口が布で覆われ、後ろへ乱雑に結び付けられる。両腕は頭の後ろに回され、男の太い腕に拘束される。
背後の男の体に固定されたまま腰が床に落ちると、正面にいる男は蒼矢の脚を広げて体を割り入れるように近付き、ジャケットの前を広げ、シャツのボタンを全開にする。
男たちは無言のまま、機械的に蒼矢の身体を剥いていった。吐息だけは終始フゥフゥと短く荒げ、興奮によるものかあるいは疲れているのか、判別が出来ない。
「……っ」
視界と上半身の自由を奪われ、人数でも体格でも敵わない。
間違いなく[異界]性の異変なのに、『セイバー』になろうにも起動装置が光らないため変身できない。
打てる手が無い蒼矢は、ほぼ無抵抗のまま、肌蹴させられていく自分とこれから起こる惨劇を受け入れていくしかなかった。
ベルトへ手が掛けられて引き抜かれる感触が伝わり、次いでズボンのボタンが外されファスナーが全開する。ボクサーパンツに覆われた秘部が外気に触れ、蒼矢は目隠しの中できつく目を閉じた。
このまま事が進むと思われた時、布越しに一瞬わずかに視界が明るくなった後すぐにより暗度を増す。正面の男が離れていき、それがすぐに別の何か・・・・に入れ替わる気配を感じ取る。
一帯に漂う臭いが、より一層濃くなる。
「……!」
刹那、身体にごく僅かな震えを覚えた。今ここで起動装置を確認出来たなら、間違いなく発光しているだろう、明らかな空気の変化。
目の前に、[異界のもの]がいる。
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